【42話】父と娘
「ちょっとノブナガ! 国を興すって… あんた本気?」
アネッサは叫ぶようにノブナガに問いかけていた。
それは一般的には当たり前の反応だろう。
キシュリもアネッサに同意し、コクコクと頷いている。
「ワシは初めから天下布武を成す… と、言っておろう。 とりあえずはこの世界を知ってからと思い、王都や騎士団を見て回ろうと考えていたが、どうやらどこも変わり映えのせん国らしいからの。 ヤールガ団長を見て、騎士団とやらもなんとなく分かったことじゃし。 なにより、あちこちで民が苦しんでおるのじゃ。 なんとかしてやりたいと思うのが当然じゃろう」
ノブナガはティアやキシュリを見ながら説明する。
「でも… そんな事、本当にできるの?」
アネッサが真剣な目でノブナガを見ると
「ワシに考えがある。 そして、ワシにはお主らがおる。 出来ぬはずがなかろう?」
ノブナガは、ニヤリと笑う。
「 必ずやご期待に応えてみせます!」
ミツヒデにとって、これほど嬉しい言葉は無いだろう。ミツヒデは口元を緩ませながらも、それを隠すように頭を下げて答えていた。
「うむ。 ミツヒデ頼むぞ」
「ははぁ!!」
「それで、ノブナガ。 考えって?」
アネッサはドアを閉めると、辺りに注意するように声を潜めて尋ねた。
「うむ、まずはメルギドじゃ。 ソレメルを落とす。まぁ、これはイルージュに任せておけばよいじゃろう。 あの男はイルージュに惚れておるからの。 その後、メルギドの土地を整備し町を広げるのじゃ。 そうじゃな… ハーゼ村もメルギドに取り込むくらいがよかろう」
「ハーゼ村も…? ねぇ、ノブナガ。 ハーゼ村、無くなるの?」
ティアは不安そうにノブナガを見る。
「安心せい。 ハーゼ村は無くならん。メルギドの町の一部になるだけじゃ。 そしてミツヒデよ。 メルギドとハーゼ村の間に城を建立せよ。 かつての安土城を越える城を建てるのじゃ。 それと同時に武将を選出し兵を纏め上げるのじゃ」
ノブナガはかつて共に戦った武将達と、安土城を思い出し懐かしむような目で中空を見つめていた。
「はっ。 きっとノブナガさまもご満足する城と兵をご用意してみせます」
ミツヒデの中ではすでに新しい城を中心とした町や、ノブナガに相応しい軍隊のイメージが出来上がっているようで、子供のような楽しそうな顔をしていた。
「うむ。 任せたぞ」
ノブナガは満足そうに頷きながらミツヒデを見ると、次にティアに視線を移した。
ティアはピクっと反応すると、深く頭を下げてノブナガの言葉を待つ。
「ティアよ。 お主はミツヒデと共に月女族を統率せよ。 お主ら月女族は個々の能力が非常に高い。 お主らはワシ直属の部隊として働いてもらうぞ」
「は… ははぁ!」
ティアは不慣れながらも、ミツヒデのようにノブナガの家臣として礼をとる。
「キシュリは月女族 族長イルージュの指示に従うのじゃ。 お主には戦う事はできんじゃろう? イルージュの庇護下に入り町で平穏に暮らすがよい」
ノブナガが優しい目でキシュリに『平穏な暮らし』を薦めると、キシュリは少し俯いて下唇をキュっと噛んで考えているようだった。
「どうした?」
ノブナガが不思議そうに尋ねると
「うち… うちには戦う力も、魔力も何も無いし… ノブナガさまに付いて行っても、役に立てないかもしれない…。 だから、うちは『平穏な暮らし』をするのがいいのかもしれない…」
キシュリは言葉を選ぶように、ゆっくりと話していた。ノブナガもミツヒデ、ティアもアネッサも何も言わずに黙ってキシュリの言葉を聞いていた。
「ノブナガさま… 『平穏な暮らし』ってどんな『暮らし』なんだろ? うちには、それが分からない… そして、そんな子供達がこの王国にたくさん居ると… うちは思う。 だから、ノブナガさま。 うちにそんな子供達を助ける… ううん、そんな子供達が居なくなる… そんな手伝いをさせて欲しい」
キシュリは強い意志を持った目でノブナガを見つめる。
「ふむ、キシュリよ。 お主の心意気は見事じゃ。 じゃがな、それは茨の道となるぞ? それにお主はもう十分に茨の道を歩んで来たではないのか? お主は民として町で暮らし、好いた男と子を成す未来もあるのじゃぞ? それを捨て、ワシらと共に修羅の道を歩むと言うのか?」
ノブナガは真剣な目でキシュリを睨むように見返す。
「うち… 今まで死んでいたのだと思う。 ただ、息をしていただけで、好きでもない男に身体を預けて… ただ、命を繋いでいただけだったと、ここにいる皆さんを見てて、そう思った。 うちも『生きたい』。命を輝かせたい。 うちに出来る事なんて無いのかもしれないけど… でも、お願いします。ノブナガさま、うちを『生かせて』。 『生きる』ためなら、この身体を使っても、これまでとは違うと思うから」
キシュリは、これまでは命を繋ぐ為に抱かれていた。しかし、これからは『生きる』為に抱かれるとしたら、それは全く違う意味を持つと考えたのだ。
真剣なキシュリを前に、ノブナガは腕を組んで暫く瞑目する。
そして、ゆっくりと目を開けキシュリを正面に見た。
「………ふむ。 わかった。では、キシュリ、お主はワシの娘になれ」
「…むすめ?」
キシュリはノブナガの予想外な言葉に混乱する。隣でティアもアネッサも「?」と首を傾げていた。
「そうじゃ、お主はワシの娘として気高く、そして美しく生きるのじゃ。 将来、お主にはワシの娘として役にたってもらう」
ノブナガはそう言ってキシュリの頭をポンと、軽く叩き微笑んでいた。その微笑みにキシュリは、なぜか幼い頃の父との思い出を見てしまうのだった。
「……はい。 父さま」
キシュリは両膝をつき、頭を垂れる。
自然と涙が溢れ床にポタポタと落ちていたが、キシュリは涙を拭く事もせず、ただ黙って頭を垂れて思いを馳せていた。
(うち… 生きててよかった…)
理想を語るノブナガに不安を隠せないティア。
次回 理想と現実
ぜひご覧ください。
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