【41話】決意
「獣人はこの町では生きていけない」
キシュリはそう言ってから話し出した。
キシュリはザスサールと共に戦場にいた。
最初はザスサールの機嫌も良く、高台から眺めるように戦況を見ていた。
しかし、町の方から子供が参戦してきてから一気に戦況が変わり、ザスサールはうちに「戦え」と強要しようとしてきた。
でも、キシュリに戦う力なんてない。
「うちは籠絡専門」
と、断ると突然ザスサールはうちから紫色の結晶を引きちぎる。
その時、キシュリは正気に戻ったのだ。
キシュリは、なぜこんな場所にいるのか? なぜザスサールに媚を売っているのか分からなかった。
(そもそも、汚らわしい半獣人にうちが媚を売るはずがない)
ヒト種族が獣人を差別するように、獣人はヒトと混ざった半獣人を差別していたのだ。
(なにかの魔法にかかってた?)
キシュリはザスサールを警戒して距離を取るが、暴力を振るわれると勝てる要素なんて何もない。
だから、キシュリにある選択肢は『逃げる』の一択だったのだ。
そうと決まれば、逃げる事に躊躇しているヒマはない。キシュリはすぐにその場から逃げた。
だが、ここで問題があった。
キシュリには戦う力も離れた町に行く余力も装備も何もなかったのだ。
「仕方ない… 危険かもしれないけど、チトナプに行こう。 チトナプにだって獣人は居るんだから…」
キシュリは誰に言う訳でもなく、ひとり呟いてチトナプへ向かうことにした。
チトナプに着いたキシュリは、そこで恐ろしい光景を目撃してしまう。
複数の男達が手に棒等を持って、何かを取り囲んで騒いでいた。
キシュリは異様な事態に危機感を感じて、物陰に身を潜めて様子を伺うと、男達は1人の獣人を取り囲んでいるのが見えた。
獣人は頭から血を流していた。獣人は頭を両手で守りながら必死で体を小さく丸めている。
「てめぇだろ! てめぇがあいつらを手引きしたんだろ!」
男はそう騒ぎながら手に持った棒で獣人を殴る。
「ち! 違います! ボクはそんな事しません!」
獣人は泣きながら弁明するが、誰も聞く耳を持たずに殴る蹴るを繰り返していた。
しだいに獣人の声は弱々しくなり、やがて丸めていた体も力なく横たわるようになった。
男達は肩で息をしながら、獣人にツバを吐き
「クソがっ」
と、まだ蹴りを入れる。
獣人は蹴られた衝撃で仰向けになるが、その両手両足は大地に広げられたまま動かなかった。
その様子を見た男達は、その場を離れて町の奥へ消えていく。
キシュリはそっと獣人に近づき、声をかける…が、獣人が返事をする事はなかった。
(…死んでる)
すると、また離れた場所から男達の怒声のような声が聞こえてきた。
(また、獣人が殺されている…)
キシュリはキュっと下唇を噛むと、町の裏通りの方へ走り影に潜むように隠れた。
キシュリは理解した。
いまこの町では獣人狩りが行われている。
ノグロイ達を扇動したのはザスサールだが、うちもそれに関わっている。
(バレたら殺される… いや、バレなくても獣人というだけで殺される…)
キシュリは辺りをキョロキョロと見渡すが、今は誰もいない。
でも、誰かに見つかればそこでキシュリの人生は終わってしまう。
(そんなのイヤだ。 こんなゴミみたいな人生で終わるなんて絶対にイヤ!)
キシュリは裏通りを辺りに警戒しながら慎重に進み身を隠すモノを探していると、運良く麻のローブを拾った。
それは誰かが落としたのか、洗濯物が風に飛ばされたのか分からないが、いまのキシュリには必要なアイテムだった。
(これで耳と尻尾を隠せば…)
キシュリは迷う事なくローブを羽織り、フードを目深に被った。
少し鼻につく臭いがするローブだったが、今はそんな事を気にしている余裕はなかった。
そうして獣人である事を隠したキシュリは、これからどうすればいいか必死で考えた。
(チトナプから離れるにしても準備がいるし… 買い物なんてできるとは思えない… と、言うよりヒトに話しかけて獣人だとバレたら… でも、町から離れるには準備が…)
キシュリは答えの出ない思考に囚われながら、町の比較的人通りが少ない道を歩いていた。
そんな時、おそらく今回の戦いに参加していだであろう戦士2人が話しながら歩いている場面に出会った。
(ノブナガ… もしかしたらノブナガならうちを助けてくれるかもしれない…)
――――――――――
キシュリは一気に話すと、肺の中の空気と一緒に不安を吐き出すように息を吐き出した。
「確かに今、この町のヒトは獣人を目の敵にするじゃろう。 ノグロイはそれだけの事をしでかしたのじゃからな」
ノブナガは腕を組み、キシュリが見てきた事が起こるであろうと予見していた。
だからこそ、カーテやセミコフにメルギドの町に行くように指示したのだ。
そしてソレを心配したアネッサは、ティアに耳を隠させたのだ。
「ノブナガさま、如何いたしますか?」
ミツヒデの問いにノブナガは「ふむ…」とだけ答えて瞑目していた。
ノブナガはしばらくして、ゆっくりと目を開けてキシュリに質問を投げかける。
「キシュリよ、お主はいろいろな町を見てきたのか?」
急に話しを振られてあわあわしたキシュリだが、落ち着いて質問に答える。
「ええ、うちはいくつかの町で暮らした事があるわ。 まぁ、暮らしたと言っても、屋敷で飼われていただけだけど…」
キシュリは寂しげな目で自笑していた。
「では、お主から見てどの町も同じようなものなのか? 獣人はみな、虐げられているのか?」
「そうね… どこも変わらないと思う。 どこの町でも獣人は奴隷かそれ以下の扱いを受けているところしか見た事がないわ」
「では、獣人達はヒトに叛旗を振りかざさないのか? みな、ただヒトに従うだけなのか?」
ノブナガの質問にキシュリはキッとノブナガを睨み
「バカにしないで。 うちらだって抵抗しない訳じゃ無い。 ただ、抵抗してもダメだったのよ… あの時の村のお兄さん達みたいにね…」
「ふむ、なるほど。 では、キシュリよ。 お主はこれからどう生きる? これまで通りヒトに良いように使われて生きるつもりか?」
ノブナガの言葉はキシュリの心を深く抉った。
それはキシュリも理解しているのだ。
このままではダメだと…
自分らしく、心から笑って生きたいと…
だが、それはムリだと無理矢理、心の奥底に押し込んで蓋をしていたのだ。
「うち… うちは… うちらしく生きてみたい… 」
キシュリの目から自然と涙が流れる。
「人間五十年 下天のうちをくらぶれば 夢幻の如くなり…」
突然、ノブナガが敦盛の一節を歌うと、キシュリはキョトンとしてノブナガを見ていた。
「人生はあっという間ぞ? やりたい事はすぐに行動に移さねばならぬ」
ノブナガは微笑んでキシュリをみると、ポンっと膝を叩きミツヒデを見る。
「はっ」
ミツヒデは膝をつき、頭を下げてノブナガの言葉を待っていた。
「ミツヒデ、戦の準備を始めよ。 ワシは国を興す事にした。 まずはキシュリをメルギドへ連れて行け。ティアを共とするがよい」
「はっ」
ミツヒデは頭を下げて、ノブナガの命令を受諾した事を示す。
突然の事にオロオロしているのはティアだ。
「え? あたし?」
「ああ、お主はミツヒデと共にメルギドへ向かい、ミツヒデの指示にしたがうのじゃ。 そしてキシュリ。お主はメルギドでイルージュの下につくのじゃ」
「え? あ… はい。承知しました」
ティアは自分の主人が誰かを思い出したのか、慌てて膝をついて頭を下げる。
「ノ… ノブナガさま? 国を興す……って?」
キシュリはあまりの話しの飛躍について行けず混乱している。
「ん? そのままの意味じゃが?」
ノブナガが当たり前のように答え、ミツヒデとティアも当たり前のように受け入れていた。
その時、部屋のドアがノックされ返事を待たずにドアが開く。
「ただいまー」
アネッサが満足したかのような顔で帰ってきたが、ノブナガの前でミツヒデとティアが膝をついて頭を下げ、見知らぬ獣人の女がオロオロしている状況に混乱する。
「な… なに? どうしたの?」
「アネッサか。 ワシは国を興す事にした」
ノブナガはフンっと鼻から息を吐く。
「は? なんて?」
アネッサがますます混乱していると
「む? 聞こえなんだか? ワシは国を興す事にした… と、言ったのじゃ」
まるでバカを見るような目でアネッサを見るノブナガ。
「はぁぁぁ???」
アネッサの声が部屋中に響いていた。
国を興すと宣言したノブナガは、ミツヒデ達に指示を出し具体的に行動を始めようとしていた。
そんな中、キシュリは自分の考えをノブナガに訴える。
次回 父と娘
ぜひご覧ください。
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