【39話】助けて
本来なら商人でもあるカーテが話しをした方が良いと考えていたのだが、相変わらずカーテは調子が悪そうだったので、獣人代表として俺が話しをする事にした。
だが、イルージュさまと何を話したのか…
俺ははっきり覚えていない。
目の前にいるイルージュさまが微笑むと、ただそれだけで心が躍り、真剣な目で見られるとそれに応えなければ…と思ってしまう。
俺はイルージュさまが悲しむ事や、怒る事だけは絶対にしないだろう。
それだけがはっきりと覚えている事だった。
俺たちはイルージュさまのご好意で、この町に留まることが許された。
「そもそも、私が許可する事ではないのですが…」
と、イルージュさまは苦笑いしていたが、ホニードの話しでは、イルージュさまが少しでもイヤな顔をすれば、ソレメル町長が絶対に許してくれないそうだ。
結果的にイルージュさまがOKすれば、全てOKとなるらしい…
イルージュさまは、「半獣人の女性や子供達は、避難場所にも指定されている、ここハーゼ村に住んでください。あと、家族は離れて暮らしてはいけませんので、そのご家族もご一緒に…」
と言ってくれたため、半獣人の女や子供と、その男親はハーゼ村に住む事になった。
俺たち獣人や、独身の半獣人はメルギドに住む事になり、ホニード団長の下、町の自警団『獣人部隊』として働く事になった。
ホニード団長は、「魔法使いがいる自警団なんて、ここメルギドくらいしかないんじゃないか?」と、興奮していた。
自警団の仕事が無い時はハーゼ村を囲む砦の整備などを受け持つことになった。
また、ソレメル町長は将来的はハーゼ村もメルギドも囲む擁壁を立てる計画を進めているそうで、俺たちはその建設作業も行う事になり、忙しい毎日を過ごす事になる。
メルギドの人も、ハーゼ村の人も皆が協力し、お互いに尊重しあって生活していた。
ここには俺たち獣人や半獣人を見下すヒトはいない。
この町ではヒトも獣人も同じ仕事をして、仕事が終われば一緒に酒を飲み、愚痴を言ったり、バカみたいに笑ったり…
この町は、正しく俺たちが夢見ていた理想の世界だった。
この町で過ごすようになり何日か経った頃、俺たち獣人や半獣人は全員が幸せだと、生きていて良かったと心から言えるようになっていた。
「全てはノブナガさまと、月女族の皆さまのおかけなんですよ」
以前、町の中央広場にあるノブナガのアニキとイルージュさまの銅像を見ているとき、ソレメル町長がぽつりと呟いていた事を俺は忘れないだろう。
ところでカーテだが、あまりにも調子が悪そうだったのでイルージュさまにハーぜ村にある教会へ連れて行ってもらっていた。
そこはメルギドの町にある教会よりも立派な教会で、ナープールという司祭が、この教会を取り仕切っていた。
ちなみに、メルギドの教会はポテカという男が最近司祭となり、前司祭と引き継ぎをしている最中らしい。
ナープール司祭はとても人当たりが良く、治癒術師としても有能な男で、ハーゼ村だけでなく、メルギドからも訪ねてくるそうだ。
「カーテさん、ここのナープール司祭さまに見てもらってください。 きっとすぐに良くなりますよ」
イルージュさまは心配そうにカーテに声をかけると、カーテは「あ… いや… 体調が悪いわけでは…」とか小声で言っていた。
「カーテ、早く行って診てもらってこい」
まごまごしているカーテに若干イラつきながら、俺はカーテを無理矢理教会へ放り込む。
イルージュさまには「後は、俺が見ておきますので」とお礼を言って屋敷に帰ってもらった。
結果的にカーテはどこも異常がなく、おそらくは疲労だろうという事で帰ってきた。
こうして俺たちはハーゼ村とメルギトで暮らす事になったのだった。
その頃、チトナプではノブナガ達はヤールガ騎士団長と共に行動していた。
とは言っても、アクロチェア王国や近隣諸国との関係などを聞くためにノブナガやミツヒデがヤールガ騎士団長が滞在している寄宿舎に出入りしているだけなのだが…
そんなある日、アネッサはルートハイム家について調べる為に教会へ出掛けたので、ノブナガとミツヒデ、ティアはチトナプの町を散策していた。
チトナプの町はあちこちで、先日の争い後片付けに忙しそうにしていた。
「どこの世も一番迷惑を受けるのは、そこに住む民達じゃな…」
ノブナガはそう呟きながら町を歩く。
「左様でございますね。 我らは命をかけて戦いますが、それはあくまでもこちらの都合。 その戦場となった民にとっては迷惑な話しでございますな…」
ミツヒデも町の様子を見ながら、ため息を吐くように話していた。
「みんな仲良くできたらいいのにね…」
耳を隠したティアも寂しそうに町のヒト達を見ている。
この町では獣人とバレると、いったいどの様な迫害を受けるか判らない。 アネッサがそう言ってティアに耳を隠すように強く言っていたのだ。
「そうじゃな。 ヒトも獣人も、半獣人も、皆同じ人間であるのにのぉ」
ノブナガがため息を吐いていると
「あの…」
背後から女が追いかけてきて、ノブナガに声をかけてきた。
「なんじゃ?」
ノブナガは刀の柄に腕を置き振り返る。
刀の柄の先には相変わらず美しい鳥『マナ』が長い尾羽を振りながら止まっていた。
女は麻のローブを着ており、フードを目深に被っていた。
目は少しつり目の美しい女で、黄色みがかった長い髪がフードから出ていた。
「あの… ノブナガ…さまでいらっしゃいますか?」
女はノブナガと少し距離を取ったまま、小声で話しかけてくる。
ミツヒデはノブナガと女の間に体を滑り込ませ女を警戒し、ティアはノブナガの横で女の行動に注意を払っている。
「うむ。 ワシがノブナガじゃ。 お主は?」
ノブナガは一見普段と変わらずリラックスしているように見えるが一分の隙も無かった。
「あ… あの、うちはキシュリ。 ノブナガさまにお願いがあって参りました」
キシュリと名乗る女は、フードの中からノブナガを上目遣いで見ていた。
「…キシュリ? え? あのキシュリさん?」
ティアが声をあげる。
「知っておるのか?」
「うん。 ザスサールはキシュリさんを通じてノグロイと連絡を取っていたの」
ティアがノブナガに説明すると、キシュリは驚いた顔でティアを見ていた。
「あ、あたしの事は知らないよね。 キシュリさんとは初めてだし… あたしも名前を聞いて知っていただけだから…」
ティアは苦笑いを浮かべる。
「そう… あなたも… だったら話しは速いわね。 ノブナガさま、うちを助けて」
キシュリは真剣な目でノブナガに訴えかけるのだった。
キシュリはノブナガに助けを求めてきた。
それがキシュリの過酷な過去からの経験によって身についた生きる為の術なのだ。
そんなキシュリにノブナガは…
次回 怯える女
ぜひご覧ください。
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