【38話】魔性の女
俺はセミコフ。
俺たちはホニードの案内でハーゼ村にやってきた。
「着いたぞ。ハーゼ村だ」
ホニードの言葉に、俺は目を疑った。
目の前には村を囲うように擁壁が立てられ、街道(もう、道ではない。街道だ)部分には立派な門が設置され、閉ざされていたのだ。
村と言うのだから、俺たち獣人が集まって住んでいたようなモノをイメージしていたのだが、ここはまるで砦だった。
その様子に緊張したのか、突然、体調が悪くなったらしく顔色が悪くなったカーテを後ろに下がらせ、後の話しは俺が請け負う事にした。
街道を進み、村の入口の門に着くと門の脇にある隙間からうさぎ耳の女が2人顔を覗かせた。
「やあ、キーノさん。パルさん。 こんにちは、ホニードです」
ホニードは和やかに挨拶する。
「あら、ホニードさま。 今日はどうしたのですか?」
金髪を後ろで纏めた、中年のうさぎ耳の女が返事をした。
「キーノさん、『さま』はやめて下さいよ…」
ホニードが苦笑いしていると
「あらあら、すいません。つい、クセで…」
キーノと呼ばれた女も苦笑いして答えていた。
2人はどこかギクシャクしているようだが、仲が悪いわけではなさそうだった。
「それで、ホニードさん。 今日はどうされましたか?」
キーノはニコっと笑い、手でもう1人のうさぎ耳の女パルに門を開けるように指示していた。
「はい、イルージュさまと面会したいと言う者を連れてきました。 彼らはノフナガの仲間だそうです。 あ、それと、念のため武器は全てこちらで預かっています」
「あら、ありがとうございます。 今、門を開けていますので、少しお待ちください」
そう言うとキーノは門から離れていった。
しばらくするとゆっくりと門が開き、ハーゼ村が目に入ってきた。
それは、『村』ではなかった。
メルギドと同じか、それよりも立派な家が並び、正面には大きな噴水のある広場が見えていた。
噴水の周りでは子供が走り、うさぎ耳の女やヒトが談笑している。
村の中央を通る道には商店が並び、さまざまな獣人やヒトが商いをしている。
(ハーゼ村? これは立派な町… いや、規模が小さいが都市とも言えるのでないか?)
俺は目の前に広がる光景に、呆気にとられていた。
俺が呆気に取られて立ちすくんでいると、ホニードはキーノ達と挨拶をしながらハーゼ村に入って行く。
慌てて俺もついて入って行き、周りを見るとそこはやはり『村』とは呼べない立派な『町』だった。
「これが… ハーゼ村?」
思わず呟いた言葉に、キーノが振り向き微笑む。
「ここはつい最近まで、寂れた… 何もない村だったんですよ。 メルギドのソレメル町長がたくさんのヒト達を連れて来て、このような立派な村にしてくれたのです」
キーノは村の賑わいを見回しながら微笑んでいた。
「あぁ、ここハーゼ村は、いざと言うときのメルギドの住民達の避難場所でもあるんだ。 以前、町が襲われた話しをしただろ? その経験から、メルギドに住む者達の避難場所としてソレメル町長が指定したのだ」
ホニードは村を囲む擁壁を見ながら説明する。
「避難場所… ですか」
「そうだ。この村へは街道を通って来る以外に、村の裏手にある川を下って来る方法がある。 町の住民で足腰が弱い者や子供、女は主に船で川を下って避難するようになっているんだ。 男達は街道を通って避難するのだが、その際はオレたち自警団が殿を務める手筈となっている」
ホニードは不敵な笑みを浮かべながら、説明してくれた。
「なるほど… それでこの村はまるで砦のような作りになっていたのか…」
「あぁ、ただの盗賊団や野盗ごときに、この砦は攻略できんよ」
ホニードは豪快に笑いながら、「さぁ、行くぞ」と言って村の中を歩き出す。
この砦で戦い大敗を喫したホニードだからこそ、誰よりもこの砦の強さを知っていたのだが、それはホニードにしか分からない事だった。
ご機嫌なホニードについて歩いて行くと、一際立派な屋敷が見えてきた。
正に『屋敷』と言えるその建物は、白を基調とした美しい2階建ての建物で、鳥が羽を広げるように横に広がっており贅沢に空間を使っていた。
「………すげぇ」
俺達は屋敷を見上げて、ただ「すげぇ」しか言えなかった。
「……だろ?」
ホニードは苦笑いしながら建物を見上げる。
「ここにイルージュさまが?」
「あぁ、イルージュさまはここに住んでいる。 ………1人でな」
「はぁ? 1人で? こんな屋敷に?」
「あぁ、ソレメル町長がイルージュさまの為に建てたんだ。 出来上がった時は、さすがにオレも驚いたよ…」
ホニードは苦笑いし、キーノとパルも「わたし達も驚きました…」と苦笑いしていた。
すると正面の扉がゆっくりと開き、胸元をレースで飾った白いマーメイドドレスを着た美しい女性が現れた。
女性はおそらくキーノと同じくらいの年齢だろうが、見た目はとても若く、美しかった。
女性は長い金髪をふんわりと縦巻きし、薄化粧でその小さな唇には赤いルージュを引いていた。
「皆さま、よくおいで下さいました。 キーノお茶の用意をお願いしてもいいかしら?」
女性はニコっと笑い、俺たちを迎えてくれた。
「こんにちは、イルージュさま。 今日もお美しいですね」
ホニードが挨拶する。
「まぁ、ありがとうございます。 ホニードさまもいつも逞しく頼り甲斐がありますわ」
イルージュが微笑んで返すと、ホニードは少し頬を赤らめて「いやいや…」と、照れていた。
「この者はセミコフ。 この獣人達のリーダーで、ノブナガの仲間です。 どうやらノブナガに言われて、イルージュさまに会いに来たようです」
ホニードは俺の背中に手を当てて紹介した。
「はじめまして。 俺はセミコフ。俺達はノブナガのアニキに忠誠を誓った。 よろしく頼む」
「まぁ! ノブナガさまの! それでは私達とは仲間となりますね。 さぁ、どうぞお入り下さい。ノブナガさまのお話しを聞かせて下さいな」
イルージュはニコニコしながら、俺たちを屋敷に迎え入れてくれた。
「ありがとうございます。 ところでイルージュさま、まるで俺達がここに来る事を知っていたかのように出て来てくれましたが… 俺達が来る事をご存知だったのですか?」
俺は不思議だった。イルージュはあまりにもタイミングよく屋敷から出て来た。
それはまるで、俺達が来るのを見ていたかのようなタイミングだったのだ。
もしかして、他の用事があってたまたま出て来た?
とも思うのだが、口振りからは俺達の為に出てきた風だった。
「ふふ、私は月女族ですよ? あなた達がメルギドの町に着いた時から知っていました」
「ええ? 町に着いた時から…? ど…どうやって?」
「ふふ、女に秘密は付き物ですよ。 さぁ、お茶が冷めてしまいますわ。どうぞこちらへ」
イルージュは妖しく笑い屋敷に入っていった。
その笑顔は魔性の魅力を感じ、俺の心を鷲掴みするのだった。
セミコフたちは無事、メルギドで暮らせる事になった。
その町はセミコフ達にとっては夢のような町だった。
その頃、ノブナガ達はチトナプで情報を集めながら過ごしていた。
ある日、ノブナガの前に女が現れた。
次回 助けて
ぜひ、ご覧ください。
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