【37話】カーテの後悔
オレはカーテ・バリナ。
商人だ。
この町では、自称商人… と、言われているが…
まぁ、それは仕方ない。
町に来た時、オレは商品を持って無かった。それに、武器は置いてきたとは言え、装備は革鎧だったのだから…
それはともかく、目的地であるイルージュの屋敷に着く前に、オレの心臓は今にも止まりそうになっていた。
なぜ、こんな事になってしまったのか…
―――――――――
町に着いて、ホニードというこの町の自警団団長の誤解が解けてホッとしたオレは、後ろで待機させていたセミコフ達を呼んだ。
セミコフ達は武器をホニードに渡すと、自分達が無害であると証明し、セミコフとホニードが握手を交わしていた。
ホニードは「ノブナガの仲間なら、信用する。 が、町の者達の目があるので武器はこちらで預からせてもらう」と言い、部下に荷車を持って来させてそれに武器を乗せた。
オレ達はホニードの案内でイルージュが住むという屋敷に案内されると思っていたが、まずはこの町の町長ソレメルに挨拶する事になった。
イルージュに会いに来たと説明すると、ソレメルは怪訝な顔でオレ達を見る。
(やはり、オレ達は信用されていないのか…)
それも仕方ない。
と、オレは考え、ただひたすら下手に出てソレメルの機嫌を取ることに集中していた。
なんとかソレメルの承認をもらい、イルージュが住む屋敷に向かう事になった。
ソレメルも付いて行きたそうだったが、公務が溜まっていたようで秘書から止めらていた。
オレたちはホニードとその部下、うさぎ耳の少女チカムの案内でイルージュの屋敷に向かっていた。
イルージュが住む屋敷はメルギドの町を出て、川沿いに南にしばらく歩いた場所だそうで、ハーゼ村というらしい。
ハーゼ村への道… と、言うより立派な街道はきれいに整備されており、とても歩きやすい道だった。
ハーゼ村への道は意外と人通りが多く、ヒト種族に混じってネコやウシ、イヌなどの獣人が一緒に歩いていた。
彼らはヒト種族と和気藹々と談笑しながら歩いていた。
オレ達は夢でも見ているのか? と、お互いの顔を見合わせていた。
「ホニード殿、この町では普通に獣人達が生活しているのか?」
オレはこの夢のような現実が信じられず、ホニードに聞いてみた。
「当たり前だろ? ヒトも獣人もみんな同じ人間なんだから…」
ホニードはニヤリと笑いながら答えていた。
「 同じ… 人間…」
ホニードの言葉に感動していると
「はははは。 まぁ、それはソレメル町長の受け売りなんだがな。 実は、オレ達も獣人… いや、月女族の皆さまを虐げていた時期があったんだ…」
ホニードは苦笑いしながら話し出した。
「それが、なぜ?」
オレはそんな状況から、どうして今のメルギドに変化したのか分からなかった。
「あぁ、まぁ、いろいろあったんだよ。 その辺はまた今度話してやるさ」
ホニードは苦笑いしながら誤魔化していた。
後で聞いたのだが、ホニードは今この場にいるチカムにあまり思い出して欲しくない記憶だったそうだ。
チカムはまだ子供だ。
出来ることなら忘れて欲しい…
何も知らずに、幸せに育ってほしい…
だが、それはムリな話しだった。
だから、ホニードは言葉を濁していたのだった。
「まぁ、それでだ。 いろいろあって、うちのソレメル町長が月女族 族長のイルージュさまに惚れてしまったんだ。 それから一気にこの町は変わった。 ヒトも獣人も住みやすい町にすると、ソレメル町長が張り切ってるのさ」
「なるほど。 しかし、町のヒトはそう簡単に変わらないだろう?」
いくら町長が変わっても… しかも、自分の色恋沙汰が原因だったら町のヒトは反発するのではないのか?
と、だれでも考えるだろう。
「まぁ、普通はそうだろうな… だが、この町はノブナガと月女族に救われたんだ。 あんなに酷く虐げていたオレ達を… 月女族の皆さんは救ってくれた…」
ホニードは少し俯きながら、まるで涙を堪えているかのように言葉を紡いでいた。
そんなホニードを、チカムは優しい笑顔で見ていた。
それはまるで母のようだった。そうだ、あの頃のオレが当たり前に続くと信じて疑わなかった、あの母の優しい微笑み… 子供であるチカムが、そんな笑顔でホニードを見ていた。
オレは月女族の海よりも深い愛を、見ていたのかもしれない。
そんな事を考えていると、ホニードが小声で話しかけてきた。
「お前たちにひとつだけ忠告しておかなければならない事がある」
ホニードが急に真剣な顔で話しかけてきた事で、オレは背筋を伸ばしホニードの一言一句を聞き逃さないようにしていた。
隣では同じように背筋を伸ばすセミコフもいた。
「この町では暗黙のルールがある」
「暗黙のルール?」
「あぁ、それだけは絶対に犯してはならねぇ。 もし、そのルールを破ると、死よりも… いや、この世の終わりよりも恐ろしい目に遭うことになるだろう…」
ホニードの言葉に、オレ達は緊張して生唾を飲み込んでしまう。
「それで、その暗黙のルールとは?」
「ルールは1つ。『月女族には手を出すな』だ。 月女族の皆さんを愛して止まない巫女がいるんだ。 その巫女だけは怒らせてはいけない」
「…巫女?」
「あぁ、アネッサ・ルートハイムさまと言う巫女だ。 以前、この町が襲撃にあったことは知っているか?」
ホニードの問いに、ただ頷くオレとセミコフ。
「その時、月女族の娘が盗賊に襲われた。 盗賊は月女族の娘を犯そうとしていたそうだ。 娘はなんとか族長の娘ティアさまが助け出すことに成功したんだが、町で治療をしていたアネッサさまが、娘を助けようとやって来たらしい」
ホニードの話しを聞いていると、なぜかチカムが少し険しい顔をしていた。
ホニード(ホニードは襲われた娘がチカムだとは知らないらしい)は、チカムの様子に気がつく事もなく話を進める。
「アネッサさまは、犯されそうになった娘を見て激昂した。 アネッサさまについて救援に向かった町の男達の話しでは、アネッサさまが激昂した途端、辺りが真冬になったかと思う程の冷気を感じたそうだ」
「…冷気?」
アネッサが何か魔法を使おうとしていたのだろうか?とオレは考えていた。
「あぁ、とにかく凍てつくほどの冷気だったらしい。 男達は激昂したアネッサさまに声をかける勇気が出ずに様子を見ていると、アネッサさまは盗賊の男に何か魔法をかけた。その途端、盗賊は気が狂ったようにもがき苦しみ始めたそうだ」
ホニードは自分の腹を撫でながら、少し身震いすると
「そして、アネッサさまはゾンビを召喚し盗賊を何処かへ連れて行ってしまったそうだ」
「………ゾンビ…」
オレは思い出した。
ノブナガと一緒にいたヒト種族の女は、アネッサと名乗っていた。
そして、アネッサは異常な数のゾンビやスケルトンを召喚していた。
「それで、その盗賊はどうなったんだ?」
オレの質問にホニードは少し言葉を詰まらせ、周りの部下達は青い顔をしていた。
「その盗賊はゾンビになったよ。いまもお腹の中を虫に食われ続けているって、姉さま達が話しているのを聞いたよ」
チカムがホニードの代わりに答えていた。
「腹を虫に??」
「あぁ、盗賊はアネッサさまの魔法で永遠に腹の中を虫に食い散らかされる幻術をかけられたそうだ。 そして、ゾンビとなり気が狂う事も死ぬ事も許されず、今もどこかを彷徨っているらしい」
ホニードの言葉に、オレは商人の仲間から前に聞いた話を思い出した。
『メルギドに向かう途中で、2体のゾンビに出くわした事がある。 そのゾンビが襲ってくる事はなかったが、なぜかゾンビ達は自分の腹の中に手を突っ込んで、何かを掻き出しているようだった』
(あの話しは、コレか…)
オレは一気に血の気が引いていくのを感じていた。
「まぁ、そのルールさえ破らなければアネッサさまは、素晴らしい巫女さまとして、オレ達を守ってくれるさ」
ホニードは笑いながら、オレの背中を叩いていた。
オレは引き攣った笑いを浮かべてホニードを見ていた。
(やばい… オレはティアさんを攫い、ノブナガ達を殺そうとした…)
オレの心臓がギューーーっと締め付けられるような感覚になる。
(今回はドサクサに紛れてアネッサさんと、ほとんど関わらずに戦場を離れてきたけど… アネッサさんはオレがティアさんを攫ったことは知っているはず…)
ヤバいヤバいヤバいヤバい…………
オレの心臓はすでに限界を越えそうだった…
(ティアさんは、族長の娘だって言ってたな… そんなティアさんをオレは攫ったのか… まて! 今、その族長の屋敷に向かっているんだった)
どんどん挙動不審になるオレ。
(オレがティアさんを攫ったなんてバレたら…)
想像しただけでも恐ろしい。
「着いたぞ。 ハーゼ村だ」
オレの心臓が限界を越える寸前、オレ達はハーゼ村にに着いたのだった。
そして、冒頭に戻る…
急に体調を崩したカーテに代わり、セミコフがイルージュと話しをすることになったのだが…
初めて見た月女族 族長イルージュは魔性の女だった。
次回 魔性の女
ぜひご覧ください。
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