【36話】『自称』商人カーテ
チトナプでの戦いから数日後、カーテ達はメルギドに到着した。
メルギドの町の中央を通過するように街道が続いており、旅人や商人達の宿場町として発展している事がよくわかる町だった。
ただノブナガが初めて来た時とは違い、町の入り口とも言える場所には衛兵が2人と、うさぎ耳の女が1人立っていた。
町を囲う壁は無いものの、街道を通って町に入るには必ず衛兵の前を通過しなければならない。
衛兵を迂回して、街道から離れた場所から入ろうとするならば衛兵を見る前に行動すべきだったが、カーテらはすでに衛兵を目視している。
当然、向こうもこちらを認識しているだろうから、今、迂回するなどすれば不審者として扱われるのは目に見えていた。
更には、うさぎ耳の女が辺りの音を拾うように、常に耳をピクピクさせている。
おそらく衛兵を目視する前に行動したとしても、あのうさぎ耳の女にはバレてしまうだろう。
「セミコフ殿、ここはオレに任せてくれないか? あんた達が行くと、変に誤解されるかもしれない」
カーテはセミコフにそう言うと、後ろの獣人達を見た。
そこには明らかに戦闘する為に準備した獣人達が並んでおり、とても冒険者や商人には見えなかった。
「たしかに… そう言うお前は大丈夫なのか? がんばって冒険者に見えるかもしれないが… それに、その頭のツノ。ターバンはあの女に渡してしまったのだろう?」
セミコフはカーテの頭のツノを指差しながら答える。
「あぁ、オレはもう自分を偽らない。 オレには誇り高いオヤジと、最愛の魔牛の母親の血が流れているんだ。 それを隠す必要なんてない。 …ノブナガなら、きっとそう言ってくれる」
カーテはニッと笑い、親指を立てる。
「そうか… そうだな。 ノブナガのアニキならそう言うに違いねぇ」
セミコフは笑うと、すぅっと真顔になり短剣をカーテに差し出した。
「これは?」
「念のため、持っておけ。 お前、丸腰で行くのか?」
セミコフは心配そうにカーテを見ていた。
「ありがとう… だが、それは要らない。 オレは商人なんだ。オレの武器はこの口と頭さっ」
カーテは笑ってひとり、街道を進んでいった。
セミコフは「気をつけろよ」と小さく呟くと、獣人達と共にその場で待機していた。
カーテが町に近づくと衛兵2人が持っていた槍を交差してカーテの歩みを止める。
「止まれ」
衛兵は2人とも屈強な戦士風の男だった。
「こんにちは、衛兵さん。 オレはカーテ。カーテ・バリナ。商人だ」
カーテはニコっと微笑んで挨拶をする。
「ウソをつくな。 この町になんのようだ?」
衛兵のひとりが答え、もう1人はカーテと後ろで待機している獣人達を警戒していた。
「あー… ウソではないんだが…」
カーテが苦笑いしなが頭を掻いて答えると
「お前は向こうで待機しているヤツらの仲間だろう? この町になんの用事があって来た?」
衛兵はカーテを睨みながら質問していた。
(まぁ、あんな集団が町にきたら警戒するよな…)
カーテは衛兵の態度は仕方ないと、初めから分かっていた。
「オレ達は、この町に住むイルージュさんに用事があって来たんだ。 ここを通してくれないだろうか?」
カーテが愛想笑いを浮かべながら説明すると、衛兵の背後にいたうさぎ耳の女かピクッと反応する。
「イルージュさまに…? イルージュさまはこの町でも町長に次ぐ重要なお方だ。 はいそうですか…と通せるわけがなかろう」
衛兵が答えていると、町の方から武装した男たちが集まってきた。
集まった男達の中から、ひとりの男が衛兵達に声をかけた。
「何事だ?」
「はっ。 このカーテと名乗る自称商人が、イルージュさまに会わせろと言っています。 ですが、この男は向こうにいる武装した集団の仲間だと思われます」
衛兵が簡潔に報告すると、男はギロリとカーテを睨み
「カーテ… と、言ったか? オレはこの町の自警団 団長を務めるホニードだ。 そして、イルージュさまはこの町の重要なお方。 そう簡単に会わせる訳にはいかない。 お前達のような物騒な輩は特にな…」
ホニードはまた新しく手に入れたであろう両手剣を背中に装備していた。
カーテが緊張しながらホニードと話しをしようとしていると、いつの間に集まったのか複数のうさぎ耳の女が辺りを包囲するように配置されていた。
カーテはチラッと背後にいるセミコフの方を見ると、セミコフは武器を構え立ちあがろうとしていた。
「セミコフ!! 動くな!!」
カーテが叫びセミコフを制止すると、セミコフ達はその場に座り武器を手放した。
「申し訳ない。 確かにあんた達から見れば、オレ達は警戒すべき相手だと思う。 だが、信じてくれ。 オレ達は、ここにいるイルージュさんの下に行けと言われて来たんだ。 あんた達も知っているだろう? この町の英雄ノブナガだ。 オレ達はノブナガに忠誠を誓ったんだ」
カーテが必死に説明すると
「ノブナガ… お前達はノブナガの仲間なのか?」
ホニードから緊張の色が消え、問いかける。
周りにいるうさぎ耳の女達からも緊張の色が消えて、少し嬉しそうな声でヒソヒソと話しあっていた。
「ああ、そうだ。 オレ達はノブナガに忠誠を誓った。 間違ってもイルージュさんや、この町に危害を加えることはしない」
カーテは両手をあげて丸腰である事をアピールする。
「ふぅ… そうか。 ノブナガの仲間か…」
ホニードはため息を吐くと、自警団の男達に武装解除を手で合図した。
「ありがとう」
カーテも緊張がとけ、ホニードに握手を求めた。
「ノブナガの仲間なら、オレ達の仲間だ。 ようこそ、メルギドへ!」
ホニードも笑い、カーテと握手を交わした。
自称商人のカーテは、人生最大とも思える苦境に直面していた。
カーテの心臓は、今にも止まりそうになっていたのだった…
次回 カーテの後悔
ぜひご覧ください。
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