【35話】フルークの生態
「そもそも、フルークとは100年くらい前に発見された魔獣なのです」
ヤールガは手に持っていたグラスをテーブルに置いて話し出した。
「とは言っても、フルークはずっと昔から居たのですが、我々、人間がそれを認識していなかった… と、言う方が正しいですね」
「認識していなかった…じゃと?」
「ええ、『あの時』にもお話ししましたが、昔はフルークを『悪魔の本』と呼んでいたのです」
ヤールガの言葉に、アネッサは興味深く耳を傾けていた。
「ところで、ノブナガ殿はフルークがどこからやって来るのかご存知ですか?」
「いや、知らん」
ノブナガの答えに、ヤールガは「ふむ」と考えてからフルークの説明を始めた。 その話しとは次のようなものだった。
フルークは森や湿地、墓場などに出来る魔素溜りから発生すると言われている。
発生したばかりのフルークは直径1cm程度の目玉のような魔獣で、目玉に蜘蛛の足ような足が4本生えている姿をしている。
この状態のフルークはとても弱く、小さな魔虫にすら食われてしまう存在なのだ。
そんな弱いフルークには共通する本能が備わっていた。
それは、ヒトや獣人、エルフ、ドワーフなどの生命力や魔力を喰らい、自身の体を強靭なものに進化させるのだ。そして、進化した体で更に生命力を喰らい尽くす。それがフルークが生きる目的でもあるのだ。
しかし発生したばかりのフルークは『無機物』にしか、それも自身の足を根にして絡ませる為『繊維質の物』にしか寄生できなかった。
そこでフルークはその小さく軽い体を利用して、空を舞う葉や小鳥にしがみ付き様々な場所へ移動を始める。
やがて人が住む町や村に辿り着いたフルークは『繊維質の無機物』である『本』や『布』に寄生し、獲物が近寄るのを何年も何年も静かに待ち続けるのだ。
当時、本に使われる紙は貴重であるため何年も大切に保存されるのだが、布は使い古され処理されていた。
だから、何年も待ち続けられるフルークのほとんどは『本』に寄生したものだった。
稀に布に寄生したフルークも人間を捕まえる事ができたが、それはごく少数のフルークだけだった。
そしてフルークが狙う『獲物』とは、全てに絶望した人間なのだ。
フルークは絶望した人間を見つけると囁くように声をかける。その囁きは正に悪魔の囁きなのだが、絶望し心が弱ってしまった人間には神の声に聞こえるだろう。
いつしか人間はフルークの声を信じて疑わなくなり、フルークの思い通りに行動を始めるようになるのだ。
それはフルークによる強力な『洗脳』であり、周りの人間が止めようとしても、止められないのだった。
洗脳された人間の行動は正気の沙汰ではなくなり、手には必ず『本』を持っていた。
この姿から、人々は『悪魔の本』に取り憑かれてしまった。
と、考えるようになったのだ。
ヤールガはここまで話すと、一息ついてノブナガ達の顔を見た。
「みなさん、フルークはなぜ『人間』を狙うのか分かりますか?」
ヤールガの問いにノブナガ達は顔を見合わせるが、答えは出なかった。
「それは、ゴブリンやオークなどの魔獣や、動物では生命力を集められないからなのです。 魔獣や動物は獲物を『食う』ために活動します。 ですが、それはフルークが求める生命力や魔力ではく、血や肉なのです。 それに対して知性を持ったヒトや獣人達は己の欲望の為に、食糧とは別に『生命力』や『魔力』を集めようと行動するのです。
早く生命力を集めたい人間は、様々な人間を集め効率的に生命力を集めようと考えるようになります。それがフルークにとっても都合が良かったのでしょう」
(確かに… 生命力や魔力を集めるのに戦う事も、相手を殺す必要もなかった。 ただその体から溢れる生命力や魔力を吸い出すだけでよかったわ)
アネッサはヤールガの言葉がよく理解出来ていた。
アネッサはティア達、月女族から生命力を少しずつ吸い出して、長い時間をかけて生命力を集めていた。
それは生命力を吸い過ぎると、相手が死んでしまう恐れがあったからだ。
巫女であるアネッサは生命力を集めたかったが、その為に相手が死ぬ事は許せなかったのだ。
反面、ザスサールは相手が死ぬ事をなんとも思っていなかった。しかし、仲間である半獣人達からは生命力を奪いたくはなかった。
だが、自分の周りには半獣人しかいない。
考えたザスサールは、ヒトや獣人達から生命力を集める事にしたのだ。
フルークは自分で生命力や魔力は奪えない。だが、新しい死体に残った生命力や魔力なら吸い取れるという特性を持っていたのだ。
そこで、ザスサールは獣人とヒトを戦わせて死体を作り、一気に生命力と魔力を集める事を考えたのだ。
それが、今回の獣人解放軍と辺境防衛騎士団の戦いだったのだ。
ザスサールの思惑通り両軍に多数の死者が発生し、フルークが進化するのに必要な生命力と魔力を一気に集める事が出来たのだった。
「なるほどのぉ…」
ノブナガはアゴを撫でながら、ヤールガの説明を聞いていた。
「ところで、ヤールガ殿。 フルークはどうやって人間に生命力を集めさせるのじゃ?」
ノブナガの問いにアネッサがピクッと反応したが、アネッサはそのまま黙っていた。
「フルークは魔力の結晶を出すのです。 それは紫色した水晶のようなモノなのです。 人間はその魔力の結晶を媒介にして生命力や魔力を吸い出せるようになると言われています。 そして集められた生命力や魔力は結晶の中に蓄えられ、フルークが進化する際に使われる… と、言われています」
「あぁ、アレか…」
ノブナガは、かつてアネッサが持っていた紫水晶を思い出し納得していた。
「ノブナガ殿は見た事があるのですか?」
ヤールガの質問に、ノブナガは「昔の…」と答えるだけだった。
「しかし、ヤールガ殿は博識でございますなぁ」
ミツヒデは感心したようにヤールガを見ていると
「いやぁ、騎士たる者、当たり前の事でございますよ」
ヤールガは照れ笑いしながら答えていた。
「ヤールガ殿、よくわかった。 感謝致す」
ノブナガはヤールガに礼を言い話しがひと段落すると、周りで様子を見ていた騎士や戦士、魔法使い達が酒を持って集まってきた。
「ぼうず! おめぇ、最高だな!」
顔に傷がある壮年の戦士がノブナガの背中をバンバンと叩いて豪快に笑う。
「私は貴殿の背中に憧れてしまった。 私の剣は王国の為にある。 だが、貴殿の為なら私は剣を振るう事に躊躇いなど生まれはしないだろう」
キザな騎士が自分の前髪を払い、ノブナガの手を取り勝手に握手を交わす。
「キミ、ノブナガって言うんだよね? ボクと友達になってよ。 ボク、呪い系なら得意だよ? 誰か呪いたいヤツいない? とっておきの呪いがあるんだ」
ニコニコとしながら青白い顔をして、頬がこけた若い男がノブナガに言い寄ってくる。
魔法使いはローブを脱げば、普通の人と変わらない… と、聞いた事があるが、コイツを『普通の人』とは誰も思わないだろう…
ノブナガは若干引き気味で男を見ていた。
ノブナガの周りには代わる代わる人がやって来ては、背中を叩いたり、強引に握手を交わしたり、肩に手を回されて酒を勧めたり… 大騒ぎになってしまった。
ノブナガはいつも大勢の武将達に囲まれていた。武将達は酒を飲み大騒ぎし、ノブナガもそれを見て楽しんでいた。
それは、なんだかんだ言っても、武将達は信長をお館様として崇めており、ある程度の節度は守られていたからだ。
だが、今回は違った。
戦士達はノブナガを子供扱いし、騎士達は礼節を弁えながらも『仲間』として接しており、魔法使いに至ってはクセのある者が多すぎた。
「ええい!! やかましい!! お主ら! ワシは子供ではないと言っておろうが!!」
ノブナガがキレるのも仕方ないと言うものだった。
だが、屈強な戦士や騎士達、しかも酒が入った状態ではノブナガの叫びも届かなかった。
「ついてくるな!」
ノブナガはズンズンと歩いてバルコニーへ行ってしまった。
ミツヒデはヤールガ達に頭を下げてから、ノブナガを追ってバルコニーへ向かう。
ティアとアネッサも、「すみません…」と皆に謝ってからノブナガを追いかけて行った。
「ノブナガ殿は、本当に子供扱いされるのがキライなんだな……」
ヤールガはノブナガの背中を苦笑いしながら見送っていた。
―――――――――
「ふぅ…」
ノブナガはバルコニーで夜空を見ていた。
ミツヒデはノブナガの横にそっと現れ、膝をつき頭を下げていた。
「ミツヒデか…」
「はっ」
「あやつら… ワシを子供扱いしおってからに」
ノブナガはフンッと鼻から息を勢いよく吐いて、怒りを表す。
「左様でございますな」
ミツヒデはそう言いながら、くくくと笑っていた。
「何がおかしい?」
ノブナガが睨むと
「ノブナガさまとこの世界に来て、初めてノブナガさまの楽しそうなお顔を見ましたので…」
ミツヒデはニコニコしながら答えていた。
「楽しそう……じゃと?」
「はい。 とても」
「ちっ」
ノブナガは夜空を見ながら、舌打ちしていた。
ミツヒデはノブナガの横に立ち一緒に夜空を見上げ、2人を見守るようにティアとアネッサが微笑んでいた。
ノブナガに忠誠を誓ったカーテとセミコフは、無事メルギドに到着した。
しかし、先日襲撃されたメルギドから見たカーテ達は、あまりにも受け入れ難い格好をしていた。
次回 『自称』商人カーテ
ぜひご覧ください。
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