【34話】背中
結局、ノブナガとミツヒデは温泉を諦めた。
しょんぼりしていたところにやって来たアネッサに、生活魔法で服と体の汚れを落としてもらい、見た目だけはサッパリさせたのだった。
相変わらずノブナガの刀の柄の先には、マナが長い尾羽をリズミカルに振りながら止まっていた。
建物の2階は全フロアを贅沢に使ったパーティ会場となっていた。
ここは舞踏会や式典、パーティなどがイベントされる部屋で華美ではないが、華やかに彩られた部屋になっていた。
会場からバルコニーへ出る事もできる。バルコニーでは夜風に当たって酔いを覚ます… と、見せかけて女性を口説く場所として活躍していた。
今回はこの部屋にたくさんの食事と酒などの飲み物が用意され、立食パーティーの準備がされていた。
壁際には控えめにだが、着飾った若い女性が20名ほど並んでおり、ヤーガル団長をはじめ騎士や戦士、魔法使い達を物静かに待っていた。
部屋の奥には、オメニード町長と役員達が椅子に座っていた。
ノブナガ達は部屋の端に移動し、全体を見ていた。
しばらくするとヤールガ団長が、おそらく副団長であろう男と共に部屋に入ってきた。
2人とも鎧を脱ぎ、立派な礼服を着ており、腰には騎士剣を携えていた。
「ほぉ、さすがヤールガ殿じゃな。 戦場とはまた違って勇ましさを感じるのぉ」
ノブナガは素直に称賛し、ミツヒデも頷いていた。
ヤールガと副団長らしき男はそのまま部屋の奥へ向かうと、オメニード町長達が立ち上がりヤールガ達を迎えていた。
オメニード町長はヤールガ達と軽く挨拶を交わすと、会場の正面辺りに移動し会場をゆっくりと見渡す。
会場の騎士達も食事会の開始を察して、オメニード町長の言葉を待つように静かになっていた。
オメニード町長はひとつ咳払いをすると、よく通る声で挨拶を始めた。
「みなさま、わたしはチトナプ町長のオメニードでございます。 この度は我がチトナプの町を救って頂き、誠にありがとうございました。 町の者を代表してお礼申し上げます」
オメニード町長は会場に居る騎士達の顔を一通り見て、深くお辞儀をする。
それに合わせて後方にいる役員達もお辞儀をしていた。
「みなさま、我が町名物の『洞窟の温泉』はお楽しみ頂けたでしょうか? 本日は温泉を開放しておりますので、もし、まだお楽しみ頂けていない方がいらっしゃいましたら、いつでもお楽しみください」
オメニード町長の言葉に会場では、喜びの声が広がっていた。
「さぁ! みなさま! 料理も酒もたくさん用意しております。 どうぞ心ゆくまでお楽しみください!!」
オメニード町長の発声で辺境防衛騎士団達の慰労会が始まった。
各テーブルにある料理は、みるみる騎士や戦士達の胃に吸い込まれるように無くなっていくが、それを見越したように料理がどんどん運び込まれていた。
壁際にいた若い女性達が酒を運び、その笑顔で男達の心を癒やしていく。
ノブナガ達はヤールガに呼ばれ、オメニード町長達と同じテーブルで料理と酒を楽しんでいた。
「オメニード町長、先程も紹介しましたが、こちらはわたしの戦友であり、命の恩人であるノブナガ殿です。 今回の戦い、ノブナガ殿が居なければ私たちはもちろん、チトナプの町にも大きな被害が出ていたでしょう」
ヤールガはそう言ってノブナガを紹介した。
「おお! それではノフナガ殿は、ヤールガ団長だけでなく、チトナプの町の恩人でもあるのですね。 改めてお礼申し上げます」
オメニード町長はノフナガに握手を求めた。
「ワシは何もしておらん。町を守ったのはヤールガ殿じゃ」
ノブナガはニコっと笑いながら、オメニード町長と握手を交わしながら答える。
「いえいえ、ノブナガ殿。 ヤールガ団長がそこまで言うのですから… ノブナガ殿はチトナプの町の恩人でもあります。 心よりお礼申し上げます」
オメニード町長は、満面の笑みでノブナガと握手をしていた。
オメニード町長との挨拶が終わる頃、青い髪を首辺りで切り揃えた優男がやって来た。
「ノブナガ殿。 ワタシはユヘル。辺境防衛騎士団の副団長を務めさせて頂いています。 ワタシもノブナガ殿の背中に勇気を貰った1人です。 我が騎士団の者のほとんどが同じ事を言うと思いますよ」
ユヘルは微笑みながらそこに立っていた。
ヤールガ団長は筋骨隆々で騎士と言うより、戦士と言う方が似合いそうなのに対し、ユヘルは騎士のエリートの象徴のような線の細い男だった。
しかし、よく鍛え上げられた体は日頃の厳しい訓練の成果を見せつけていた。
「お主もそれを言うのか… ワシには心当たりが無いのじゃが…」
ノブナガがぼやいていると、ミツヒデが微笑みながら
「ノブナガさま、仕方ありませんよ。 ノブナガさまはそこに居るだけで、みなに勇気を与えているのですから」
「はい。 あの危機的な状況の中、現れたフルーク。あの時、ほとんどの者が諦めていました。 ワタシ達はもう立ち上がる力も気力も尽きかけていたのです。 そんな中、先陣を切ってフルークに立ち向かうノブナガ殿の背中は、まるでワタシが子供の頃に憧れた騎士の背中だったのです…」
ユヘルはフルークに突撃するノブナガ達の背中を思い出し、拳を握りしめていた。
「あぁ、オレも同じだ。 その小さいはずの背中がとても大きく見えた。 あの背中を見なければ、オレの心は折れていた」
ヤールガも神妙な顔でユヘルに同意していた。
「ヤールガ殿、ユヘル殿。 よく分かります。わたしもノブナガさまの背中に何度助けられたことか…」
ミツヒデは武将だった頃、何度もノブナガと戦場を共にし、その背中を追いかけてきたのだ。
本来、大将であるノブナガは後方から采配をすべきなのだが、ノブナガはいつも先陣を切って走るのだ。
ミツヒデや前田利家、佐々成政など皆がノブナガに後方から指示を出すよう言っても聞かなかった。
家臣としてはノブナガには後方にいて欲しいと口に出すのだが、心の中ではいつまでもノブナガの背中を追いかけたいと願う自分がいた。
「そうだな。 オレたちはあの時、確かにノブナガ殿の背中を追いかけたい。 そして、共に戦いたいと願っていた。 それは紛れもない真実なのだ…」
ヤールガが腕を組み、うんうんと自分の言葉に納得していた。
「もう、その話しはよい。 それより、ヤールガ殿。 あの時の話しの続きを聞かてくれ」
「あの時の話し…?」
「ああ、フルークとは一体何者なのじゃ?」
ノブナガはフルークと立ち向かう前、ヤールガと話していたフルークが悪魔の本と呼ばれるようになった生態が知りたかったのだった。
「おお、そうでした。 そもそもフルークとは一体どんな魔獣なのか… ご説明しましょう」
ヤールガは一口、酒を飲み喉を潤して話し出した。
フルークは昔、悪魔の本と呼ばれていた。
ヤールガはフルークの生態について説明し、なぜ悪魔の本と呼ばれていたのかを話していた。
フルークの生態を知ったノブナガは…
次回 フルークの生態
ぜひご覧ください。
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