【33話】チトナプ名物『洞窟の温泉』
セミコフとカーテは獣人や半獣人たちを引き連れてメルギドの町へ向かった。
操られていた半獣人たちは、未だに自分が戦いに率先して参加していた事を消化出来ずに俯いている者が多かった。そんな仲間をカーテは慰めながら、いまはメルギドに行かなければならないと説明し、なんとか移動を開始できるようになったのだ。
獣人たちは元々自分の意思で戦いに参加していた事もあり、騎士団に負けた事を悔しがる者は居たが、反抗する事もなくセミコフに従っている。
ある意味、獣人たちは職業軍人であるので、その辺に関してはドライなのかもしれない。
セミコフたちを見送ったヤールガとノブナガ達は、ノグロイの首を持ってチトナプの町に帰還していた。
町のヒトたちは町の入口に集まり、辺境防衛騎士団を歓声で迎えていた。
騎士団はヤールガを先頭に、ノブナガ、ミツヒデ、ティア(カーテに貰ったターバンを頭に巻き、うさぎ耳を隠している)、アネッサと続き、その後ろに騎士団が隊列を組んで歩いていた。
ヤールガ達は町の大通りをゆっくりと進み、町のヒト達に手を振って応える。
「さすがヤールガ殿。 すごい人気じゃな!」
ノブナガが町のヒト達を見ながらヤールガに声をかけた。
「ノブナガ殿。 本来、これは貴殿に送る歓声なのですよ。 まだ、町の者達へ説明できていませんので、このような形となり申し訳ない」
ヤールガは申し訳なさそうな顔でノブナガを見ていた。
「ヤールガ殿、そんな事はござらん。 此度の戦、ヤールガ殿の采配は見事であった」
ノブナガはニコっと微笑んでヤールガに言葉を返していた。
ヤールガとノブナガはそんな言葉を交わしながら、町の中央広場に向かう。
中央広場には数人の中年の男達が、満面の笑みでヤールガ達を今か今かと待っていた。
男達はみんな見事なビール腹で、着ているシャツのボタンがはち切れそうになっており、そんなに暑くもない気候にも関わらず額から流れる汗をいそいそとハンカチで拭きながら、扇子でパタパタと扇いでいる。
「さすが辺境防衛騎士団ですな。 あれだけの獣人達を見事に追い返してしまうとは!」
「ああ! さすがヤールガ団長! 昨晩、獣人達がヒトを食い凶暴化した時は寿命が縮みましたが… まぁ、ヤールガ団長が居れば問題ないとは思っていましたがな」
町長や役員達は笑いながら、今回の戦いについて感想を言い合ってた。
そこにヤールガ達が到着した。
「おお!! ヤールガ団長! そして辺境防衛騎士団の皆様! この度は町を救って頂きありがとうございました!」
男達の中でも、一際立派なビール腹の男がヤールガの元に歩み寄りながら声をかけてきた。
「オメリード町長。 わざわざお出迎え頂きありがとうございます」
ヤールガは馬を降り、オメリード町長と握手を交わす。
「いやいや! 町の英雄達ですから!当然の事ですよ」
オメニード町長は汗を拭きながら、はふはふと笑っていた。
「ところで、そちらのお子さまとお嬢さんは?」
オメリード町長はノブナガ達に気が付き、ヤールガに質問する。
「はい、こちらは我らと共に戦った戦友たちであり、わたしの命の恩人です」
ノブナガ達は馬から降り、ヤールガの横に立ちオメニード町長をギロリと睨み
「オメニード町長、ワシはノブナガじゃ。 先に言っておく。 ワシは子供ではない!」
ノブナガは不機嫌そうに挨拶すると、慌ててアネッサが間に入る。
「あぁ! す、すいません! この子、子供扱いされるのが嫌いで…」
アネッサは頭を下げてお詫びし、
「改めてまして、わたしはアネッサ・ルートハイム。 巫女をしております」
ニコっと愛想笑いをするアネッサ。
「おお! ルートハイム家の方ですか! これはこれは! このような町においで頂き光栄でございます!」
オメリード町長は満面の笑みでアネッサの手を握ってブンブンと振り、歓迎の意を表していた。
「それにしても、この子ど…」
そこまで言いかけたオメニード町長を、ノブナガがギロっと睨む。
「あ、いや… んん。 こちらの方々がヤールガ団長の命の恩人とは!」
オメニード町長は驚きながら、ノブナガと握手を交わしていた。
「オメニード町長、わたしはミツヒデ。そして、こちらがティアと申します。 我らはノブナガさまの家臣。どうぞお見知りおきを…」
ミツヒデが丁寧に頭を下げて挨拶し、ティアも会釈していた。
「これはこれは、ご丁寧に。 みなさま、この度は我がチトナプの町を救って頂きありがとうございました。 みなさまの慰労も兼ねてお食事を用意しております。 さぁ、どうぞどうぞ」
オメニード町長と、町の役員たちがニコニコしながら広場の奥にある立派な建物へ案内する。
「では、お言葉に甘えて…」
ヤールガが答える。
戦いに参加した騎士や戦士、魔法使いなどは表情を変えず隊列を維持しているが、ヤールガの答えを聞いて明らかに嬉しそうな雰囲気を醸し出していた。
「ノブナガ殿、貴殿らもぜひ」
ヤールガが声をかけ手を差し出すと、ティアはノブナガとミツヒデの顔をチラチラと見ながらソワソワしだしていた。
「では、遠慮なく」
ノブナガが軽く会釈しヤールガの誘いを受けると、ティアは満面の笑みになり、小さく鼻歌まで出るほど喜んでいたため、アネッサに小声で「落ち着きなさい」と注意されていた。
「ふぁふぁふぁ。 みなさん、激しい戦いの後ですからね。 たくさん用意していますので、お腹いっぱい食べて下さい。 と、その前にお風呂もご用意しております。 まずはサッパリして来てください」
オメニード町長は笑いながらヤールガたちの先頭を歩く。
しばらく歩くと白を基調にした3階建ての立派な建物が現れた。
その建物は王国の要人など、町にやってきたお客さまをもてなす為に作られた建物だそうで、外装はもちろん内装も落ち着いた雰囲気の美しい建物だった。
建物の1階には受付のホールと、休憩できるようにソファーやテーブルがいくつも用意されており、客はここで一息つけるようになっていた。
ホールを進むと地下へ降りる階段があり、そこには岩盤をくり抜いて作られた温泉があった。
そこはまるで洞窟内の隠れた温泉ような雰囲気で、薄暗さと湯気が不思議な感覚にさせる場所だった。
「ふぁふぁふぁ。 ここはチトナプ自慢の温泉でごさいます。 洞窟で温泉なんて『有り得ない状況』をお楽しみ下さい」
通常、洞窟の中は魔物たちが巣食っている。そんな場所でもし温泉を発見しても、誰が裸になって温泉に入ろうと考えるだろうか?
オメニード町長は、その『有り得ない状況』を演出することで王国の要人たちの心を掴んでいたのだ。
「ふぁー! スゴい!!」
ティアとアネッサも初めて見る『洞窟の温泉』に感動していた。
もちろん温泉は男湯と女湯に分かれており、女湯にはティアとアネッサしかいない。
2人は何も気にせず、ゆったりとお湯を楽しむのであった。
対してノブナガたち男湯は、戦場だった。
そもそも要人の為に作られた洞窟の温泉は大浴場ではないのだ。
15人も入れば浴場は一杯になる。
今回は騎士や戦士、魔法使いなど戦いに参加した者達が温泉を楽しもうと集まっていた。
「……なんじゃこれは?」
ノブナガとミツヒデ、ヤールガは温泉の前で立ち尽くしていた。
温泉に入るために行列ができ、みんなが順番待ちしていたのだ。
「ははは… これは参りましたな」
ミツヒデも苦笑いしか出てこない。
「ちょっと人が多過ぎましたな」
ヤールガも苦笑いしながら行列を見ていた。
「ワシら、いつ温泉に入れるんじゃろ…?」
3人は、はぁ… とため息をついていた。
ノブナガ達はオメニード主催の慰労会に参加していた。たくさんの料理と酒、華やかな慰労会は騎士達の心を癒やしていた。
ノブナガはそんな騎士達に、知らず知らずに勇気を与えていたことを知る。
次回 背中
ぜひご覧ください。
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