【32話】覚悟
(どうして、こうなったのじゃ?)
ノブナガは目の前で膝をつき、頭を下げるセミコフとカーテを見ていた。
(ワシはただ、メルギドに行ってみれば?と、言っただけなのじゃが…?)
ノフナガは軽い感じて言ってみただけのつもりだったのだが、そんな思いとは別に時間は進み続ける。
セミコフとカーテの行動を見ながら、ヤールガもうんうんと頷き、満足そうな顔をしていた。
「お主ら、ちょっと待て」
ノブナガの声に、セミコフとカーテは「はっ!」と返事をして頭を下げ、ノブナガの言葉を待っていた。
(いや、「はっ!」って… ワシ、家臣にするなんて言ってないはずじゃが…)
「ワシはただ、お主らもこのままじゃ生き辛かろうから、メルギドに住むイルージュを尋ねてみよ… と、言っただけなのじゃが?」
ノブナガは混乱しながら話しかけると、セミコフがズイっと前に一歩出てきた。
「ノブナガさま…… いや、ノブナガのアニキ! そう呼ばせてくれ!」
「ア… アニキ??」
ノブナガがどう反応していいのか分からずに困っていると、ティアとアネッサがやって来た。
「ん? 何してるの?」
ノブナガの前で膝をつき、頭を下げている2人を見ながらティアが不思議そうにノブナガを見つめる。
「うむ… ワシもよく分からんのじゃ…」
ノブナガは少し困った顔で返事をしていると、少し遅れたミツヒデもやって来た。
「やはりそうなりましたか…」
ミツヒデは全てを悟ったように呟く。
「ミツヒデか… やはり…とは? 何か知っておるのか?」
「はっ。その者達が何やら相談し、思い詰めたような顔でノブナガさまを見ていました。 しばらく様子を伺っていると、意を決したようにノブナガさまの後を追いかけ始めたのです。 まぁ、2人の目的はなんとなく分かっていましたので放っておいたのですが…」
「ふむ、ミツヒデはこの者達の目的が分かっていた… と申すのか」
「はっ。 その者達は自分の命で仲間を助けてやりたい… と懇願してきたのでは?」
ミツヒデは見ていたかのように、カーテらの行動を言い当てる。
「うむ。 その通りじゃ」
「しかし、ノブナガさまはそれを是とはしないでしょう。 此度の戦の大将の首は討ち取りましたので、これ以上、この者たちを殺す意味がありません。 もし、ノブナガさまに対する謀反であれば、その血筋全てを討ち滅ぼしますが…」
「うむ。無論じゃ」
ミツヒデが当たり前のようにノブナガに反する者と、その身内全てを殺すと言い、ノブナガもそれを肯定していた。
ティアは驚いて強ばった顔でミツヒデとノブナガを交互に見ていた。
「ティアよ、何を驚いておる?」
そんなティアに気が付きノブナガが声をかけると
「…ノブナガ。 その… 本気なの? ノブナガに反抗したら… みんな殺す…って」
ティアは少し上目遣いでノブナガをみる。
「ふむ、その事か。 ティア、もし、ワシが負ければ、ワシの身内諸共殺されるじゃろう。 それが『戦』じゃ。 よく覚えおけ」
ノブナガはよく理解していた… いや、それが武将達にとって常識なのだ。
だから『戦』を始めるには『大義名分』が必要であり、家臣をはじめ、その血筋の者達も覚悟を持って戦に臨むのだ。
「あたし…」
ティアは身を守る為の戦いしか知らなかった。
『戦う』事は仲間や家族を守る事だと。そして、自分が負けた時、死ぬのは自分だけだと… ティアはそう考えていたのだ。
しかし『戦』や『戦争』は『戦う』事とは違う。
負けた時、死ぬのは自分だけでは済まない。戦場に居ない家族や仲間達の命も背負って挑まなければならないのだ。
ティアは背筋が凍るような感覚に襲われていた。
と、同時にカーテやそこにいる虎の獣人が、どうして自分の命を差し出していたのかを理解したのだった。
「ティアよ、そう案ずるな。 ワシは負けん。お主はただワシを信じて付いてくればよいのじゃ」
少し震えているティアの肩をポンと叩き、ノブナガはニヤリと笑う。
ティアは小さく頷くだけで精一杯だった。
「ノブナガのアニキ! オレたちもついて行くぜ!」
セミコフは親指を立て歯を輝かせ、カーテはいい笑顔でノブナガを見ていた。
「いや、お主らには… 」
ノブナガは何か言いかけたが、諦めたように首を振り
「もうよい。 分かった。お主らもワシに付いて参れ」
ノブナガは苦笑いを浮かべながらセミコフとカーテを家臣として認めたのだった。
「ははぁ!!」
セミコフとカーテが膝をつき、頭を垂れる。
(意味が分からない…)
ノブナガの本音だった。
ノブナガは何もしていない。 ただ、ティアを助けるためにフルークと戦った。ただ、それだけなのだ。
それに、さっきまで仲間の為とは言え、自らの命を捨てる覚悟をしていた。今回はヤールガが『殺さない』と判断しただけであり、2人はたまたま命を拾っただけなのだ。
しかもヤールガ殿ではなく、ワシの家臣になりたいと言う。
だから聞かずにいられなかった。
「ところで、お主ら。 なぜワシの家臣になりたいのじゃ?」
セミコフは神妙な顔になると、一言だけ言った。
「オレたちは、ノブナガのアニキの背中に憧れてしまったんだ」
「ワシの背中…? ヤールガ殿も似たような事を言っていたが…?」
「あぁ、ノブナガ。オレは… いや、オレたちはお前の背中に勇気を貰い、いつまでも追いかけたいと思ってしまった。 オレたちはお前の背中に英雄『獣王 ザザン』を見てしまったんだ。 だから、この拾った命をお前の為に使いたい。 ただ、そう思ってしまっただけなのさ」
元々が美丈夫なカーテが、ニヒルな笑みを浮かべてキメ顔を決める。それは反則級のキメ顔だったが、この場には男性経験の無いティアと、月女族にしか興味のないアネッサしか女性が居なかったため不発で終わってしまった。
「分かりますよ… わたしもノブナガ殿の背中に勇気を貰ったひとりですから」
ヤールガはニコニコしながらセミコフたちを見ていた。
「うーむ… ワシにはなんの事だか、さっぱり分からんのじゃが…」
ここになぜがノブナガの背中に勇気を貰ったと言う男が3人もいたのだった。
「ところで、その獣王ザザンとは一体何者じゃ?」
「ノブナガのアニキは獣王ザザンをご存知じゃない?」
セミコフが意外そうにノブナガを見る。
「む。 ティアは知っておるか?」
急にノフナガに話しを振られて、あわあわしながらティアは
「えーと、確かずっと昔にいた獣人…よね? あたしはあまり知らないけど、獣人の男の子はみんな憧れる存在らしいよ」
「え? ティアさん、獣王ザザンを知らない?」
カーテが驚いてティアを見ると、ティアは頬を人差し指で掻きながら「…あまり」とだけ答えていた。
「そうかぁ、意外だなぁ。獣人はみんな知ってると思ってたよ」
「うーん。あたし達、月女族はついこの前まで弱体化が止まらなくて、その日生きるだけで必死だったから… 英雄の話よりも、今日生きる為にどうすればいいか? そればかり考えて生きてきたから…」
ティアが少し俯いて答えると
「そうかぁ。 月女族も大変だったんだ」
カーテは神妙な顔で答えていた。
その影でアネッサは顔を背けて、なるべく目立たないように小さくなっていたのだった。
チトナプの町に帰還したヤーガルとノブナガ達。
町の人々は歓声をあげてヤールガ達を迎え入れていた。
町の中央では町長達が満面の笑みでヤールガ達を待っていた。
町長は感謝の意を込めて、ヤールガ達を労うのだが…
次回 チトナプ名物 『洞窟の温泉』
ぜひご覧ください。
感想、評価、ブックマークもよろしくお願いします。