【27話】共闘
ゾンビが戦線離脱した事で、バケモノはその姿の全貌を顕にしていた。
身長は約3mで、赤黒い肌と背中から生えている巨大な腕。
上半身が大きく、少し短めの足は湾曲してその巨体な体を支えていた。
そして、腹部にソレは居た。
ザスサールだ。
ザスサールはバンダナで目を隠し、バケモノの腹部から上半身と腕が少しだけ見える状態で取り込まれていた。
「ザスサール… お主…」
ノブナガは言葉が出なかった。
その時、ザスサールの目を隠しているバンダナの『目の模様』がギョロリと開いた。
騎士達は、そのあまりにも恐ろしい目に驚き一歩退がってしまう。
「お主、なぜ自らそのような姿に…」
ノブナガは哀れむように呟いていた。
「ノブナガさま! アレを!」
ミツヒデはザスサールの胸辺りを指差して叫ぶ。
そこには小さくなった赤黒い水晶が見えていた。肌と同じ色をしているため、パッと見ただけでは気が付かないが、間違いなくアレは水晶。リヌの胸に埋め込まれていた、あの水晶と同じモノだった。
ノブナガは理解した。
ザスサールはアネッサと同じく、耐え難い絶望に臥していたのだろう… と。
そこに現れた『悪魔の本』に心を奪われてしまった。
「やはり、お主はあの悪魔に取り込まれていたのじゃな…」
ノブナガはポツリと呟くと、刀を握る手に力を入れる。
その時、背後から声が聞こえた。
「アレは… 『フルーク』か…」
ノブナガが振り向くとそこには馬に跨った、激しい戦闘だった事を物語る鎧を纏った騎士がいた。
「お主は?」
「わたしは辺境防衛騎士団 団長ヤールガ・イルナック。 貴殿の背中に勇気を貰った1人だ」
「勇気…? ワシは何もしておらんが… まぁ、よい。それよりも『フルーク』とはなんじゃ?」
「アレは寄生魔獣『フルーク』だ。 あの男はフルークに寄生され、その体を奪われてしまったのだ」
ヤールガがバケモノ『フルーク』の動きを警戒しながら、早口で答える。
その間にもバケモノはメイスを振り回し、撤退しようとしているゾンビ達を破壊し続けていた。
「アレは『悪魔の本』ではないのか?」
リヌの胸に埋め込まれてしまった水晶と、ザスサールの胸から少しだけ見える水晶…
そしてザスサールの目を隠すように巻かれたバンダナの『目』。
アネッサの時は『本』で、今回は『バンダナ』と違いはあるものの、あの『目』は間違いなく『悪魔の本』の目と同じだった。
「『悪魔の本』… か。 貴殿は古い呼び方をするのだな。 昔、まだ『寄生する魔獣』が知られていなかった頃、人はあの魔獣を『悪魔の本』と呼んでいた時代があった。 それはあの魔獣の生態のせいでもあるのだが…」
ヤールガはそこまで話すと
「とりあえず話しは後だ。 まずはあのフルークを倒すとしよう」
ゾンビから解放されたフルークを睨みながら、ヤールガは馬を操りながら騎士剣を構える。
「うむ。 そうじゃな。まずはアヤツを止めねば」
ノブナガもオオカミを操りながら刀を構えていた。
「貴殿の名を聞いても?」
ヤールガの問いに、ノブナガはニヤリと笑い
「ワシはノブナガじゃ。ヤールガ殿。ここは共闘と参ろう」
「ノブナガ殿。 御武運を!」
ヤールガは口元の端に笑みを浮かべると、それだけ言葉を残してフルークへ突撃を開始した。
「お主もな!」
ノブナガも走り出し、フルークへ攻撃を開始する。
ヤールガとノブナガは初めて言葉を交わしたにも関わらず、お互いに息の合った動きで一撃離脱を繰り返しフルークの動きを翻弄していた。
そこにヤールガの部下である騎士や戦士たち、そして先程まで敵だった獣人や半獣人たちが波状攻撃を繰り出している。
更には、少し離れた位置から魔法使いたちがファイヤーボールやマジックアローを撃ち込み、フルークは全方位からの攻撃に翻弄されていた。
ミツヒデはオオカミから降りると、数メートル離れた場所で居合いの構えを見せていた。
ミツヒデを中心に広がる絶対領域。ミツヒデの殺気はフルークに向けられているが、騎士や戦士たちの背中に冷たい汗が流れる。
思わず振り返ってしまった戦士は、フルークが振り回すメイスを避けきれずに即死してしまった。
(戦場で余所見など… 言語道断である)
ミツヒデの殺気は更に増し、まるで全方位から刀を向けられているかのような感覚に陥る。
フルークの意識がミツヒデに向いた瞬間、短剣を装備したティアがフルークの死角から突然現れた。
フルークは反応が遅れ、ティアの強烈な蹴りを頭部にまともに受けタタラを踏んでしまった。
ミツヒデはその隙を逃さない。
数メートル離れていたミツヒデは戦士の肩を足掛かりにして、フルークの顔の正面から刀を振り抜いた。
フルークの巨大な目は斬り裂かれ、大量の血が噴き出す。
思わず両手で目を覆い、絶叫を上げながらのけ反るフルーク。
「今だ!! 畳みかけろ!!」
ヤールガの指示が飛ぶ。
騎士や戦士たちの一斉攻撃でフルークは後退りしながら、その巨大な腕で防御するのが精一杯だった。
その時、またあの殺気が広がった。
だが、今度のソレは先程よりも鋭く、禍々しいほどに凶悪な殺気だった。
本来、敵を前にしていれば誰でも恐怖を感じる。戦士たちはその恐怖に呑まれないように訓練して戦闘に挑んでいるのだ。
だが、その『禍々しい殺気』は訓練を積んだ戦士たちの体をも、硬直させる程のものだった。
戦士たちは理解していた。この殺気は自分には向いていない。目の前の敵を打ち砕くためのものである… と。なのに、意識と関係なく恐怖が己の体を押し潰そうとするかのように襲いかかってくるのだ。
「そこをどけぇ!!!」
ノブナガの声が響く。
その声に戦士たちの意識が戻り、硬いながらも体を動かす事が出来る様になった。
戦士たちはそこから転がり逃げるように離れ、フルークとノブナガの間には誰も居なくなっていた。
片手で目を押さえてながら、サメのような歯を見せて威嚇するフルークに、ノブナガが斬撃を放つ。
「剛剣 龍牙斬!!」
ノブナガから巨大な龍が飛び出し、フルークを噛み砕こうと襲いかかる。
フルークは両腕を顔の前でクロスさせ、体を硬らせて防御の体勢をとった… が、龍の牙はその腕を噛み砕いた。
両腕をズタボロにして大量の血を流すフルークは、力無く両腕を下げてしまった。
「うおおぉぉぉぉおおお!!」
雄叫びを上げながらノブナガの背後からティアが走ってきた。
「おらぁ!」
そのまま、ノーガードになった顔面にティアのドロップキックが炸裂した。
天を仰ぐようにゆっくりと倒れるフルークを背後に、ドヤ顔のティアは歯を輝かせてノブナガを見ていた。
「よくやった!」
ノブナガは倒れたフルークの腹部にいるザスサールの真上に飛ぶと、ザスサールの胸にある水晶に刀を突き刺した。
『ビキッ ビキキキキ… バリンっ!』
水晶はザスサールの胸の中で粉々に粉砕し、噴水のように血を噴き出す。
「ぐぎゃぁぁ!」
ザスサールの顔にあるバンダナが絶叫する。
ノブナガはそのままザスサールの目に巻いているバンダナに手をかけた。
バンダナからは細かい根のようなモノが生えており、ザスサールの顔に根を張るように食い付いていた。
「やめろ! この男の命もなくなるぞ!」
バンダナが必死に叫ぶが、ノブナガは聞く耳も持たずにバンダナを握る手に力を入れる。
「ぬおらぁ!!」
ノブナガは強引にバンダナを引きちぎると、『ブチブチブチブチ!』と根が切れる音を立てながらバンダナがザスサールの顔から剥がされ、ノブナガはそのまま放り投げた。
「ミツヒデ!!」
「御意!」
ミツヒデは投げられたバンダナの『目』を真っ二つに斬る。
「くそぉ! これからだったのに…」
バンダナは大量の血を吹き出して地面に落ち、動かなくなってしまった。
「…やったか?」
ノブナガとミツヒデがバンダナを警戒していると、ザスサールを取り込んでいたバケモノの体が崩れて落ちザズサールだけが倒れていた。
ザスサールの胸には、穴が開いており血が溢れている。そして顔面は大火傷を負ったように皮膚が爛れ、目は完全に失っているようだった。
「ノブナガ殿。この男… どうするおつもりですか?」
ヤールガは騎士剣をザスサールの首に当て、ノブナガの答えを待っていた。
「ふむ… そうじゃな……」
ノブナガはアゴに手を当て、思案していた。
ノブナガとヤールガの共闘によりフルークは倒れた。
そこに残ったザスサールは…
そして、ノブナガの判断は…
次回 残された言葉と残した言葉
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