【26話】戦慄
「「うぉぉぉぉおおお!」」
背後から聞こえる雄叫びにノブナガはニヤリと笑っていた。
先頭を走るノブナガに追従するミツヒデとティア。
丘の上からは赤黒いバケモノ(元ザスサール)がメイスを振りかざしながら駆け降りてくる。
その距離はまだいくらかあり、会敵まであと数分程度であろう。
その時、ノブナガ達の前にある死体が動き出した。
アネッサの魔法が発動したのだと、ノブナガは瞬時に理解する。
リッチであり、ネクロマンサーでもあるアネッサはバケモノに近い死体からゾンビ化させ、バケモノに攻撃を開始させていた。
ノブナガとバケモノの間には、今回の戦いで死んだ者が100体以上いる。しかも、みな戦う為に訓練してきた者達だ。
ゾンビは生きていた頃の『肉体の能力』を発揮してバケモノに突撃していた。
しかし、それは意思無き突撃であるため、ほとんどのゾンビは玉砕が前提の突撃だった。
元魔法使いのゾンビに至っては、『肉体の能力』だけであるため魔法は使えず、ひ弱な人間がバケモノに殺されに行くだけでしかない。
だが、それでいい。
と、アネッサは考えていた。
そもそも生きていた頃強かったとはいえ、あのバケモノ相手に意思を持たないゾンビが勝てるはずも無い。
アネッサの目的はバケモノの足止めと、体力を削る事。
ただそれだけなのだ。
バケモノの足を止め体力を削れば、あとはノブナガがなんとかする。
アネッサにとって、ノブナガとはそんな存在になっていたのだった。
アネッサの魔法でゾンビ化した騎士や獣人達は、武器を持ちバケモノに攻撃を開始した。
武器を持たない魔法使いや、武器を失った者は噛み付き、引っ掻いている。
バケモノは足は止め、メイスを振り回すと一気に10体程のゾンビ達が肉片と化していく。
それでもまだ動けるゾンビは攻撃を続けていた。
それを目の当たりにした騎士や戦士、獣人達は戸惑っていた。
今まで一緒に戦ってきた仲間や敵がゾンビ化し、バケモノに向かっているのだ。
バケモノに到着した元仲間や敵達は、凶悪なメイスの一撃で破壊されているのだ。
それは正しく『破壊』という表現がピッタリだった。
ゾンビ達は頭や身体の一部を吹き飛ばされ肉片と化していくのだが、身体の一部が吹き飛ばされ、上半身だけとなっても這って行き、バケモノの足に纏わり付き噛み付いたり、引っ掻いたりしている。
それを踏み潰され、全身が肉片となるまで戦い続けていたのだ。
騎士や戦士たちがまだ新人だった頃、教官からこんな話しを聞いたことがある。
「大きな戦争だとネクロマンサーが参戦する事がある。 もし敵にネクロマンサーがいたら真っ先に殺せ。 そうしないと、敵は死してなお戦い続けるだろう」
教官は新人たちの引き攣る顔を見て、ニヤリと笑うと
「大丈夫だ。 ネクロマンサーなんて国に1人居るか居ないか… そんな重要な人物は首都を守る最後の要として戦争に参加するくらいだ。 それに今の時代、そんな大きな戦争も起きないだろう。 まぁ、お前たちがネクロマンサーに出会う事なんて無いさ」
教官は笑っていたが、新人達には笑えない話しだった。
もし、敵だろうと味方だろうとにネクロマンサーが居れば、倒れた敵や味方が蘇り襲ってくる。
それは、自分や仲間が倒された場合も同じ事なのだ。
その夜、新人たちの話題はネクロマンサーでもちきりだった。そして、最後はみな同じ事を言っていた。
『もし自分が死んでも戦わされていたら、その戦いを早く終わらせてくれよ。 それが出来ないなら、オレを殺してくれ』
新人たちは沈痛な面持ちで、その夜を過ごす。
それが新人としての通過儀礼でもあったのだ。
死してなお強制的に戦わされる仲間達…
自分も死ねば、あのように戦わされる…
新人だった頃聞いた話しが、今、目の前で繰り広げられいる。 教官が言っていたような戦争でもない、どちらかと言えば、ただの小競り合いで終わるはずだった戦い。しかし、現実は違った…
騎士や戦士、獣人達には、これ程恐ろしいモノはないに違いないだろう。
思わず足が止まりかける。
その時、ヤールガが叫んだ。
「仲間達に尊厳ある死を迎えさせるのだ! 我らの仲間が安らかなる眠りを得るには、一刻も早くあのバケモノを倒すしかない! 急げ! 足を止めるな! 我らの仲間に安らかなる眠りを与えようぞ!」
ヤールガは馬の尻を叩きスピードを上げる。
一瞬、足が止まりかけた騎士たちの目から怯えが消え、責任と仲間を想う光が灯る。
「そうだ! 友に安らかな眠りを!」
騎士達も叫びスピードを上げた。
バケモノは足元に群がるゾンビを、まるで風船でも割るように破壊し続けている。
ノブナガとミツヒデはオオカミゾンビを操り、バケモノの左右に展開した。
ティアは足を止め、少し離れた場所からファイヤーボールを撃ち込む。
バケモノの顔や肩でファイヤーボールが爆ぜ煙が立ち登ると、バケモノが大きな口を開きサメのような歯で威嚇するように叫んだ。
その声は遠くチトナプの町の中央にまで響くような叫びだった。
「うっさい!!」
ティアはバケモノの口めがけてファイヤーボールを撃ち込み、バケモノの口を塞ぐ事に成功する。…が、閉じた口から煙が出るだけで、ダメージはあまり無いようだった。
同時に左右からノブナガとミツヒデが斬りかかる。
ふたりはゾンビを足場にする事で、身長差を埋め攻撃していた。
左右からの攻撃に、バケモノは堪らずメイスを振り回しノブナガ達を牽制する。
そのタイミングで騎士たちも参戦し始めた。
こうなるとゾンビが邪魔になり、騎士たちも効果的なダメージを与えにくくなってきた。
アネッサは戦況を判断し、ゾンビたちを戦線離脱させる。
(あぁ、よかった…)
ヤールガは戦線離脱するゾンビたちに安堵し、これで心置きなく戦える… と強く騎士剣を握り締めていた。
「な… なんじゃ、それは…」
ゾンビが居なくなり、その姿を露にしたバケモノ。
その姿にノブナガたちは戦慄を覚えた。
そこにはバケモノに取り込まれた、ザスサールの姿があったのだ。
ネクロマンサーの戦いに戦慄した騎士たちと、
バケモノの姿に戦慄を覚えたノブナガたち。
両者は手を取り合い、バケモノに戦いを挑む。
次回 共闘
ぜひご覧ください。
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