【20話】ザスサールの誤算
ティアやカーテなど、半獣人の仲間たちを戦地に送りザスサールはひとり、いや、キシュリとふたりで安全な場所から戦況を見ていた。
「全てがうまくいっている…」
ザスサールは上機嫌で半獣人たちの戦いを見ていた。
「ザスサールさま、ご機嫌ですわね」
キシュリはザスサールの腕に纏わりつきながら、クスクスと笑う。
「ああ、最高だ。バカなノグロイは予想通りに動き、辺境防衛騎士団とぶつける事ができた。 お互いにボロボロになったところをオレたちが叩く。 まさに、おいしいところだけを頂くわけだ。 しかも、オレたちには最強の戦闘部族 月女族もついている。 オレたちに負ける要素が無い」
ザスサールの思惑通り、獣人達と騎士団は連日の戦いで疲弊し、当初の半分以下に人数を減らしている。
獣人解放軍に至っては、何をトチ狂ったのか狂戦士化し自滅していた。
ザスサールは順調に獣人と騎士団を倒していく仲間たちを見ながら、少しだけ寂しそうな目をしていた。
(カニア… 仇は討ったぞ…)
ザスサールが少しだけ感傷に浸っていると、チトナプの町から3人のヒトがオオカミに乗って走ってきた。
「なんだ? アレは?」
「子供…? でしょうか?」
キシュリも目を細めて町の方を見ている。
「な! なに!?」
オオカミに乗った子供のひとりは、そのオオカミの躯体を使い強引に戦場に飛び込んだかと思うとティアに向かって突撃を始めたのだ。
もうひとりの子供は、どうやら半獣人達に狙いを定めているようで、仲間達がバタバタと倒されていく。
さらにそれを見守るように、女が後ろで待機していた。
「なんだアイツらは!?」
ザスサールは思わぬ伏兵に驚き、思わず2〜3歩前に出てしまった。
「くそ! 相手は子供だろう!さっさと始末しろ!」
ザスサールはイライラしながら見ているが、どうも半獣人たちはその子供に対応できていない。
「ちっ」
ザスサールは懐から紫色の珠を取り出した。その珠は水晶で出来ており、所々が欠けていた。
ザスサールは取り出した紫色の水晶を両手で挟むように持ち叫ぶ。
「お前たち! その子供を囲め! 取り囲んで1匹ずつ始末しろ!」
ザスサールが叫ぶと、戦場で戦っている半獣人達はザスサールの声が聞こえているのかひとりの子供を取り囲んだ。
「そうだ! さっさと殺せ!」
ザスサールが叫ぶが、半獣人たちは動かない。
「何をしている! さっさと殺さんか!」
ザスサールは叫ぶ。が、それでも半獣人たちは動こうとしなかった。
(なんだ? いったい何をしているんだ?)
すると、何人かの半獣人が急に倒れてしまった。
(なんだ!? 何をした?)
若干、ザスサールが混乱していると、子供とカーテが武器を構えて向き合っていた。
「今だ! 背後のヤツ! 攻撃しろ!」
しかし、誰も動かず武器を落とす者までいた。
その時、カーテが子供に斬りかかった。が、上から見ているザスサールにも何が起きたかわからなかった。
気がつくと子供はカーテの背後に立っており、カーテは倒れてしまう。
(な… なんだあの子供は… とにかくアイツらに指示を出して子供を排除しなければ…)
ザスサールがそう考え紫色の水晶に叫ぼうとすると、半獣人達が首に掛けさせていた紫水晶のカケラを外し、子供の方へ投げ始めた。
「あいつら! 何をしているんだ!」
ザスサールは紫水晶のカケラを使って、半獣人達やティアを操っていたのだ。
だが、一度に複数の者を操る事は出来ないため『ザスサールへの絶対的な忠誠』だけを誓わせていた。
もしかしたら1人だけを操るなら、心も体も完璧に操る事ができていたかもしれない。
だが、ザスサールにはたくさんの信頼できる仲間が必要だったのだ。
だから、完璧には操れなくても『絶対的な忠誠心』だけがあればいいと考えていた。(今回、この考えが仇になってしまったのだ)
半獣人たちはザスサールを慕い、忠誠を誓うが自由に動けていたのはそういう理由があったのだ。
紫水晶のカケラを外した者たちは、当然ザスサールの支配下から解放される事になる。
解放された半獣人たちは我を取り戻すが、自分がしてきた事は覚えているようで、その場に蹲りもう役にはたちそうもなかった。
(くそ! あいつら、どうしてカケラを外しやがったんだ!)
その時、子供がコチラを見た。
「ひっ!!」
ザスサールと子供はかなり離れている。にも関わらず、子供に睨まれると心臓はキュッと握られたかのように萎縮し、足が震え、背筋が凍るような感覚に陥ってしまった。
(あれは子供か? いや、それよりもヒトなのか?)
ザスサールはミツヒデに恐怖心を覚え、即座に排除する必要があると本能が警鐘を鳴らす。
「キシュリ! お前も戦え! オレに忠誠を見せろ」
ザスサールが無茶な事を言い出すと
「ムリですわ。 ウチに戦うなんて出来ませんよ。 ウチは篭絡… せ・ん・も・んっ」
キシュリはウインクして微笑み、ザスサールに纏わりつく。
(肝心な時に役に立たないクソ女がっ!)
ザスサールが八つ当たり的な思考でいっぱいになる。ふと、ザスサールは考えた。
(アイツしかいない。あの月女族(名前すら覚えていない)が居れば、この女は用無しだ。 それに水晶の力を集中させれば、月女族がオレの手足となるかもしれない…)
ザスサールはニヤリと笑い、キシュリを見下すと首から下げている水晶のカケラを引きちぎった。
「あんっ」
キシュリは水晶のカケラが外され、だんだんと意識が支配から解放される。
「……え?」
キシュリは自分からザスサールの腕に纏わりついている事を確認すると、一気に本来の『狐獣人の女』に戻り慌ててザスサールから距離を取る。
「あ… あんた!! ウチに何をしたの!? 半獣人が… 汚らわしい!」
キシュリはザスサールを、汚物でも見るような目で睨みつける。
ザスサールはキシュリを蹴り飛ばし、倒れたキシュリにツバを吐く。
「はん! 手前みたいなクソ女は、もう要らねえんだよ!」
「くっ この…」
キシュリはザスサールを殴り飛ばしたいところだが、男と女。力ではどうしてもザスサールに勝てない。
しかも、キシュリは非戦闘員。籠絡専門なのだ。
相手を籠絡し、隙を見て暗殺ならキシュリにも出来るだろうが、正面からの戦闘でキシュリに勝ち目なんてない。
それをよく理解しているキシュリは、ザスサールから距離をとりこれ以上攻撃されないように逃げるしかなかった。
『逃げる』
そう決めたキシュリの行動は速かった。
ザスサールが水晶のカケラに意識を向けた瞬間、全速力で逃亡を図ったのだ。
キシュリに興味も無くなったザスサールはキシュリを追う事もせず、次の戦略の準備に取り掛かっていた。
ザスサールの命令に従い戦場を駆けるティア。
しかしティアの戦いは戦場だけではなかった。
次回 ティアの戦場
ぜひご覧ください。
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