【19話】元凶
敵に囲まれたミツヒデがオオカミから降りるのを見たアネッサは驚いていた。
(あいつ、何してるの?)
普通に考えれば多数の敵を相手にするなら、少しでも優位性を高めるために魔法による補助や、強力な武具、アイテムなどを使う。
オオカミゾンビもそのひとつだ。
高い機動力と、オオカミゾンビの体躯。それだけでも優位に戦えるだろう。
なのに、ミツヒデはその優位性を自ら捨ててしまった。さらに敵に囲まれ逃げ道も絶たれている。
ミツヒデが強い事は知っている。
だが、あまりにも不利な戦いをしようとするミツヒデは自信過剰なのか、戦闘狂なのか… それとも…
(あいつ… バカなの?)
アネッサが選んだのは、3つ目の『バカ』だった。
(しかたない、わたしが助けてあげるか。あいつに死なれても目覚めが悪いし…)
アネッサはリッチの固有スキル『恐怖のオーラ』を纏ってミツヒデの下に行けば、半獣人達は恐れ慄き、子供などは発狂して死ぬだろう… と、考えていた。
そもそもなぜ『恐怖のオーラ』をティアに使わないのか?使えば無傷でティアを無力化し、魔法を解くこともできるかもしれないのに…
実は『恐怖のオーラ』は相手が一定以上強いと効果がないのだ。
ティアは強過ぎるため恐怖のオーラが効かない。だから、ノブナガに任せるしかなかったのだ。
それに…
(ティアさんに恐怖のオーラなんて使って、わたしを見る目が変わったらイヤだしね…)
1番の理由はコレだった。
「え? なに?」
アネッサは恐怖のオーラを発動させようとした時、ミツヒデから恐怖のオーラとは違う恐ろしいオーラのようなモノを感じた。
ミツヒデを中心に凍てつくような死の気配が広がったのだ。
その気配はミツヒデを取り囲む半獣人達を取り込み、さらにアネッサが立つ場所まで広がっていた。
その気配の中に入ると急にミツヒデが大きく、そして禍々しく見えどこに逃げてもミツヒデの刀で斬り殺される… そんな恐怖感に駆られてしまう。
アネッサはリッチであるため死の恐怖はないが、確実に斬られるという感覚だけは感じていた。
「これがミツヒデ…? ただ力が強い子供じゃなかったのね…」
アネッサのミツヒデに対する認識が書き換えられ、恐怖のオーラを使って助けに行こうと思っていたことすら忘れてしまっていた。
―――――――
ミツヒデは刀に手を掛け、腰を落として半獣人達を睨みながら考えていた。
こちらの世界に来てから異様に身体は軽く、走れば以前よりかなり速い。
息切れもしにくく、長時間戦う事も出来ていた。
ミツヒデはずっと不思議には感じていたが、月女族が襲われたり、アネッサがリヌを助けるために暗躍していたり、メルギドが襲われたり… と、忙しく考える暇がなかった。その為、ミツヒデは自身の身体が若返りしたことによる影響だろう…と考えていた。
しかし、今回は明らかにおかしい。
以前、本能寺で信長の首を斬った。
その時は、光秀を中心に刀の長さと踏み込み一歩分の範囲がソレだった。
ソレが今は異様に広いのだ。
せいぜい自分取り囲む半獣人達の少し手前くらいだと認識していた。
それが余裕で半獣人達を取り込み、離れた場所にいるアネッサの足元にまで広がっていたのだ。
これは以前の倍以上、いや3倍以上は広がっているのだ。
(なぜここまで広がった? いや、今はいい。今はこやつらを抑える事が優先だ…)
ミツヒデは目の前にいる敵達に意識を集中させる。
この範囲内に一歩でも踏み込んだ者は、全て刀の錆となるだろう。謂わば、この範囲はミツヒデの絶対領域なのだ。
この絶対領域に入った者は、アネッサが感じたような『死の気配』を感じる事になる。
案の定、ミツヒデを取り囲んでいた半獣人達の顔色は青白くなり、子供は口から泡を吹いて気絶していた。
女達の何人かは失禁し座り込んでしまう者、泣き出して半狂乱となる者が出ていた。
さすがに男達は、これまでも戦闘訓練をしていたのか武器を構えて立ってはいるが、足は震え、武器はカチャカチャと音を鳴らしている。
(ふむ。 半分以上が戦闘不能になったか… だが、まだ目が生きている者がいるな…)
ミツヒデはギロリとそいつを睨む。
ビクッと反応したのは、頭にターバンを巻いた美丈夫カーテだった。
「カーテ殿、あなたとはもっと違う形でお会いしたかった」
ミツヒデはゆっくりとカーテに刀を向けながら声をかける。
ミツヒデの視線から外れた男が、震える手で斬りかかろうとピクっと動くと、ミツヒデがチラッと見る。
ただそれだけで、その男は動けなくなり武器を落としてしまった。
カーテは深く息を吐き、震える手を落ち着かせると
「ミツヒデ、お前達はこんなにも強かったのか。 あの時、助けるんじゃなかったよ…」
カーテは苦笑いを浮かべながら武器を構えた。
「ノブナガさまはなるべく殺すなと仰った。 カーテ殿は命の恩人だ。わたしも出来ることなら殺したくはない。 武器を下ろしてはくれないだろうか?」
ミツヒデは淡い期待を持ちながら声をかける。
だが、カーテには届かなかった。
「オレたちは獣人もヒトも殺して、オレ達の国を作るんだ! ミツヒデ! 邪魔をするな!」
カーテは叫び、ミツヒデに向かって走り出した。
「致し方あるまい…」
「うぉぉおおおお!!」
カーテは上段の構えのまま走り、ミツヒデの頭に両手剣を振り下ろした。
しかし、そこにミツヒデは居なかった。
カーテの剣は空を斬り、地面に叩きつけられる。
「っ!!」
その時、カーテの腹から脇腹にかけて衝撃が突き抜けた。
見ると、ミツヒデはカーテの背後に立ち刀を鞘に戻している。
「峰打ちだ」
ミツヒデがつぶやくと、カーテはそのまま膝を着き気を失ってしまった。
一瞬で意識を刈り取られたカーテを見ていた男たちは、戦意を失い手から武器を落とし立ち尽くしていた。
「お主ら、その首に着けているモノを取って、こちらへ寄越せ」
半獣人達は全員が、あの紫色の結晶を首から下げていたのだ。
ミツヒデは、この者たちもティアと同じように操られている可能性があると考え、男たちにそう指示し、その間にカーテや女、子供たちの首からも紫色の結晶を外して回る。
「…ここは?」
男達は結晶を外した途端、まるで夢から覚めたかのように自分の状況を確認する。
「うぁ! なんだ!?」
男たちは自分の体に付いた大量の血に驚き慌てふためいていたが、だんだんと自分がしていた事を思い出したのか自分の体を抱きしめて震えて泣き出していた。
「お主ら、正気に戻ったのか?」
「オレは… なんてことを…」
ひとりの半獣人の男が、自分の手を見ながら呟いていた。
「なるほど、やはりアネッサ殿の言う通りであったな。 この紫色の結晶が原因であったか。 …ん? アレは?」
ミツヒデは離れた場所から戦況を見ているザスサールを見ると、ザスサールは紫色の丸い玉を取り出して何か叫んでいる。
「アレは、確か… なるほど、アヤツが元凶であったか…」
ミツヒデはザスサールを睨みつけていた。
ミツヒデの活躍で半獣人たちは戦意を喪失した。
その頃、ザスサールは…
次回 ザスサールの誤算
ぜひご覧ください。
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