【16話】狂戦
ヤーガル率いる辺境防衛騎士団と、ノグロイ率いる獣人解放軍の戦いは激しいものだった。
だが、戦いが始まったのが夕方前だった事もあり、気がつくとお互いに敵か味方か分からなくなるほど辺りは暗くなっていた。
その為、どちらからもとなく自然に休戦となり騎士団は町の入口へ、獣人解放軍は隊列を組んでいた元の場所へ戻り体を休めていた。
しかし、ここで騎士団と獣人解放軍との差が出てくる。
騎士団には町のヒト達から食事などの差し入れが用意されているのだが、当然ながら獣人解放軍にそのような差し入れはない。
そもそもノグロイはチトナプに住むヒト達を蹂躙し、町を占拠するつもりだったのだ。食事など用意していなかった。
激しい戦いで体力を消耗した獣人達は、食うものも無く、疲弊した体を休める場所もない。
士気は落ちていく一方だった。
「これは勝負あったな…」
ノブナガが呟き、ミツヒデとアネッサも頷く。
「ん? あやつら何を始めたのじゃ?」
ノブナガ達が騎士団の勝利を確信した頃、一部の獣人がゴソゴソと動きだした。
その動きは次第に広がり、暗い中、獣人達が何かを始めている。
「さぁ? 何をしているのでしょう?」
ミツヒデも目を凝らして見ているが、暗くてよく分からない。
「え? はぁ?? アイツらまさか?」
アネッサは何かに気がつき声を上げると同時に、騎士団の方からもドヨドヨと戸惑うような声が聞こえてきた。
「どうしたのじゃ?」
ノブナガとミツヒデが目を凝らして見ていると、獣人達の中でいくつも焚き火が焚かれ始めた。
その焚き火の灯りが増え、次第に獣人達がしている事が見えてくる。
「……っ!!」
ノブナガもミツヒデも声が出なかった。
焚き火に照らされた獣人達は、旨そうにナニかを食べていたのだ。そのナニかとは、そこにいくらでも転がっているモノだった。
「あやつら… まさか、ヒトを食っておるのか?」
獣人達は死んだヒトを運んでくると腕や足を切り、焼いて食べていたのだ。更に、血を飲み喉を潤している。
それは悪魔の所業。敵とは言え、その尊厳を踏み躙る行為だった。
獣人達の所業に、騎士団や町のヒト達は怒り抗議の声を上げるが獣人達が聞き届けるはずもなく、抗議の声は闇夜に吸い込まれていくだけだった。
翌朝、空が白々と明るくなると、獣人達はヒトの血で自分達の顔や体に模様を書き異様な集団になっていた。
ノグロイもその例外ではなく、顔に隈取りのような模様を書き込んでいる。
「野郎ども! 今日という日は忘れられない日となるだろう! オレたちが騎士団を討ち滅ぼす日なんだからなぁ! さあ、腹も満たされた。ヒトどもにオレ達の力を見せてやれ!!」
ノグロイの叫びに獣人達は雄叫びを上げ、武器で盾や鎧を叩き、大地を踏み鳴らす。
それは昨日のソレよりも強く、狂気を帯びていた。
ヤーガルは騎士剣を掲げると
「昨夜のやつらの悪魔の所業を見たか! やつらをこの世に放つ事は、王国… いや、この世界にとって害悪にしかならん! 我々が正義の剣を持ってやつらを葬らねばならないのだ! 王国の精鋭達よ! やつらを殲滅し英雄となるのだ!」
「「おぉぉぉぉおおお!」」
騎士達や戦士達、魔法使い達の目に恐れは無かった。いや、それよりも獣人達を… 目の前にいる悪魔達を殲滅するという強い意志を宿していた。
お互いに数が減った両軍は、リーダーを中心に両翼を広げる鳥のような陣形をとり激突した。
戦士達は目の前の獣人を斬り、魔法使いは少し後ろからマジックアローやサンダーボルトなど、自軍にダメージを与えないように獣人だけを屠っていく。
騎士達は馬で駆け抜けながら、馬上から獣人を斬り殺していった。
対する獣人達は駆け抜けようとする馬の足を斬り、落馬した騎士をよってたかって突き殺し、サルの獣人は仲間へのダメージも気にせずにファイヤーボールや岩を射出し戦士団や魔法使い達へ攻撃を繰り返す。
馬などを持たない獣人達は、数による暴力をふるう。そこには戦略もなく、目の前にいる敵を殺す。ただそれだけだった。
「狂っておる…」
ノブナガはそう呟く。
「左様でございますね。 これはもう… 戦ではありません。 ただの殺し合いです…」
ミツヒデもただ呟くだけだった。
「たぶん、アイツら狂戦士化してるわね。もう、だれも止められないわ…」
アネッサは口を手で抑えて、哀れむように獣人達を見ていた。
「バーサーカーじゃと?」
「ええ、昨夜あまりの空腹でヒトを食ったでしょ? それだけがキッカケじゃないかもしれないけど… アレで獣人解放軍のタガが外れてしまったのだわ。 もう、アイツらを救うには殺すしかないわ…」
「……そうか」
ノブナガも哀れむように獣人達を見ていた。
その頃、丘の上ではザスサール率いる半獣人達が、その様子を見ていた。
「みな、見ろ。 アレがアイツらの本性だ。もし、獣人とヒトが逆の立場だったら、正義をふりかざしているあの騎士団もノグロイ達と同じ事をしていただろう」
ザスサールは獣人もヒトも見下すように眺めている。
その横にはティアとカーテ、そしてノグロイについていたキシュリがいた。3人より少し離れて半獣人の男達や女、子供達がいた。
キシュリはまるで恋人のように、ザスサールの腕に纏わり付いていた。しかも、ヒラヒラのワンピースを着ており、戦う意思は全く無いようだった。
ティアはザスサールを男としては見ていないが、キシュリの態度にはイライラしていた。
「ザスサールさま、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
ティアはイライラする気持ちを落ち着かせて、ザスサールの横で膝をつき頭を下げていた。
「なんだ?」
「はっ。 恐れながら、あの女子供達では戦力にならないと愚考するのですが…」
ティアはチラっと後ろで待機している女や子供達を見る。ティアとしては半獣人の女や子供、もっと言えば男達ですら戦力としては期待していないし、戦いに参加して死のうが、どうなろうが興味もない。
だが、足手まといとなりザスサールに危険が及ぶのは避けなければならない事だった。
極論を言えば、ティアは自分さえ居ればいい。あとは邪魔でしかない。もちろん、キシュリは邪魔者以外のなんでもないのだが…
ザスサールは後ろに並ぶ女や子供をチラッと見ると、
「ん? あぁ、そうだろうな。 だが、この戦いに参加する事であいつらは半獣人でも戦えると自信を持つことができるのだ。 まぁ、ここで死んでしまったら自信も何もないのだが。 それでもオレ達、半獣人には『自信』が必要なのだ」
ザスサールはそう言い、半獣人達を正面に見ると一度全員の顔を見てから剣をかざして叫ぶ。
「これより我々は獣人解放軍及び、辺境防衛騎士団の討伐を行う。 それが成功すれば、あとに残るヒトなど容易く殲滅できるだろう。 お前たち! 死ぬ気で戦え! 我々の未来は、我々の手で掴み取るのだ!」
「「おおぉぉ!!!」」
半獣人達が声を揃えて叫ぶ。
「行くぞ!! 突撃だ!!」
町の入口付近で戦い続けている獣人解放軍と騎士団に向かい、ザスサール率いる半獣人達が突撃を開始した。
獣人解放軍と辺境防衛騎士団の戦いに、ザスサール率いる半獣人達が突入していった。
さまざまな思いと、力がぶつかり合う戦いにノブナガ達は…
次回 乱戦
ぜひご覧ください。
感想、評価、ブックマークもよろしくお願いします!