【8話】逃走
「この身尽きるまで、ザスサールさまの為に戦います」
ティアがザスサールと呼ぶ男に片膝をつき、頭を下げる姿を見ていたアネッサは言葉が出ないようで口をパクパクさせているだけだった。
「ノブナガさま、これはいったい…?」
ミツヒデも目の前の光景が信じられないようで、ただそれを見ているだけだ。
「ふぅむ… あのティアが裏切るとは思えん… しかし、確かにティアはあのザスサールとかいう男に忠誠を誓っておる」
「とにかくティア殿を助け出し、真相を確かめねばなりませんな…」
「そうじゃな… 何か裏があるはずじゃ」
ノブナガとミツヒデが相談していると、集落の中心辺りにいるティアがギロリとコチラを睨んだ。
ノブナガ達が居る場所から集落の中心までは500m以上あり、ノブナガ達は小声で相談していたのだ。
しかし月女族であるティアにとっては、その距離も潜めた声も容易に聞き取れるものだったのだ。
「ザスサールさま! 斥候です!」
ティアはノブナガ達がいる方を指差して叫ぶ。ザスサールはティアが指差す方向を睨み、住人達も同じように視線を向けた。
「敵襲!!」
ザスサールが叫ぶと、ティアやカーテ、住人達全員が弾けるようにノブナガ達がいる方向へ向かって走り出す。
「見つかった!」
ミツヒデは木を飛び降りると抜刀し迎撃態勢を整え、腰を低く落とし今にも住人達に斬りかかろうとしている。
「ミツヒデ! ならん!殺すな!」
ノブナガの声にミツヒデはビクっと反応し、その場に留まる。
「アネッサ! やつらの足止めはできるか?」
「任せて!」
アネッサは両手を前に出すと呪文を唱える。すると地面がいくつも盛り上がり、そこからさまざまな動物のゾンビが出現する。
「ミツヒデ! アネッサ! 一旦、退くぞ!」
アネッサはノブナガの声を確認すると、ゾンビ達をティア達の足止めに向かわせた。
ゾンビ達がティア達に纏わり付き足止めをすると、アネッサは更にゾンビを出現させゾンビの壁を作る。
「これでしばらくは追って来れないわ!」
「よし!」
ノブナガ達は森の中を来た道を戻るように走る。アネッサが背後を確認すると、ゾンビを躱したティアやカーテなど男達が追ってきていた。
「やっぱりアレくらいじゃ足止めにもならないか…」
アネッサは立ち止まり振り向くと、両手を前に出して呪文を唱えた。
すると森の木の間にある土が次々と盛り上がり、数百を超えるほどのゾンビやスケルトン、グールなどが現れる。
「ここは素材が沢山あるから、いくらでも出せるわよ」
アネッサはニヤリと笑うと、ノブナガを追って走り出した。
ゾンビのほとんどはイノシシやヤマイヌなどの獣や、カラスなどの鳥だが、中にはゴブリンやオーク、ヒトなども混じっていた。
獣のゾンビ達はティア達に襲いかかり足止めをし、空からは鳥のゾンビ達がヒットアンドウェイを繰り返す。さらにゴブリンやオーク、ヒトのゾンビやスケルトン、グール達が覆い被さるようにティア達にのしかかっていた。
「ひいぃ…」
ノブナガ達は背後から、そんな声が聞こえたような気がした。
ノブナガ達は森を抜け草原を走り、街道に出て振り返ると、もう追手は居なくなっていた。集落からの退却に成功する事ができたようだった。
ノブナガは息を吐く間も無くアネッサに指示を出す。
「アネッサよ、あのオオカミを出してくれ。 とりあえず町へ行こう。 そこで体制を整え、今回の件について考えるぞ」
「そうね。 いったん落ち着いて考えましょう」
アネッサが出現させた3体のオオカミゾンビにノブナガ達は跨り、町へ向けて街道を走りだした。
ノブナガ達は無言のまま、オオカミゾンビを走らせていた。誰もが同じ事を考えていたであろうが、3人はそれを言葉にしても今は答えが出ない事を知っていたのだ。
しばらく走ると、遠目に町が見えてきた。
「あの町へゆくぞ」
ノブナガはさらにオオカミのスピードを上げ町を目指す。
町の手前でオオカミゾンビを消し、ノブナガ達は徒歩で町に入っていった。
その町はメルギドよりも大きく、さまさまな商店や宿屋、酒場などが立ち並んており、たくさんのヒトが歩いていた。
「とりあえず腹拵えじゃ。あそこの酒場でメシを食いながら、これからについて考えよう」
ノブナガ達は町に入ってすぐに目に入った酒場に向かう。その酒場の入り口には『跳ねる仔山羊亭 チトナプ支店』と書かれた看板があり、中に入るとまだ昼過ぎだというのにたくさんの客で賑わっていた。
ノブナガは空いているテーブルを見つけると、さっさと座ってしまった。
「いらっしゃい。 ぼうや、1人かい?」
テーブルについたノブナガの横に、恰幅のいいオカミさんが水を置きながら声をかけてきた。
「む。 ワシはぼうやではない。ノブナガじゃ」
ノブナガがムッとした顔でオカミを睨んでいると、あわててアネッサが駆け寄ってきた。
「ああ、すいません! この子、子供扱いされるのがキライで…」
アネッサはノブナガの前に座りながらオカミにお詫びすると、その横にミツヒデが座る。
「あらら、それはごめんなさいね」
オカミはにこにこしながらノブナガの頭を撫でようとし、ノブナガに手を払われてしまった。
「あああ! ご!ごめんなさい!」
慌ててアネッサが謝り、
「あははは。 元気な子だね! で、ご注文は決まってるかい?」
オカミはメニュー表を机に置きながら笑っていた。
「ワシは酒じゃ! あとは肉!」
ノブナガがメニュー表も見ずに注文すると
「わたしも同じ物を…」
ミツヒデも腕を組んで座ったまま、目を瞑っていた。
「あ! 草は要らんぞ! ワシは草は飽きた」
「あ… あんた達ねぇ…」
アネッサは呆れた顔でノブナガ達を見ると
「オカミさん、お酒と肉を2人分と、わたしにはお茶を頂けますか?」
アネッサは苦笑いを浮かべながら注文をしていた。
「あいよ!」
オカミは愛想良く返事をすると店の奥へ入っていった。
「さぁ、話しを始めるとするか」
ノブナガは真剣な目でミツヒデとアネッサを見ていた。
ティアのあまりの変貌に戸惑うノブナガ達は、町の酒場で相談する事にした。
次回 腹がへっては…
ぜひご覧ください。
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