【2話】黒大蜘蛛
黒大蜘蛛は久しぶりの獲物にありついたのか、ヨダレを垂らしながらノブナガへ向かってきていた。
「ノブナガさま!」
ミツヒデはノブナガを捕らえている蜘蛛の糸を刀で斬ろうとする。が、黒大蜘蛛の糸はそのしなやかな特性で刀をいなし、まるで斬れない。
「あたしがやる!」
ティアは両手に火の玉を発現し、ノブナガの辺りの蜘蛛の糸を焼き切ろうと試みた。しかし、耐火性に優れている黒大蜘蛛の糸にはコゲひとつ付くことがなかった。
「そんなっ!」
ティアは火の玉で追撃するが、蜘蛛の糸には効果がなかった。
「黒大蜘蛛が!」
黒大蜘蛛は嬉々としてノブナガに向かっており、そのスピードは速くなる一方だった。
アネッサは咄嗟に呪文を唱え、足元から数体のゾンビを出現させると黒大蜘蛛の動きを止めようとしていた。
「ダメ! これくらいのゾンビじゃ、あの蜘蛛を止められない!」
もしここが墓場なら大量のゾンビやスケルトンを出現できただろうが、ここは草原で、しかも街道付近。そもそも死体がないのだ。そんな場所で数体のゾンビを出現させたアネッサの魔力は凄まじいものがあるのだが…
今はそれに気付く余裕は、誰にもなかった。
「くそ! こんなつまらん死に方などしとうないわ!」
ノブナガは強引に腕を引き、なんとか右腕を糸から解放させる事に成功した。
「よしっ」
なんとか自由になった右手で刀を抜き糸を切断しようとするが、足が宙に浮いている状態では力も入らず刀は糸に弾かれるだけだった。
ゾンビの抵抗にあいながらも黒大蜘蛛は迫ってきており、遂に黒大蜘蛛の巨大な口がノブナガの頭上で大きく開かれた。
「ノブナガさま!!」
ミツヒデは必死で蜘蛛の足を斬りつけるが、無理な体制では力が入らず硬い甲羅に阻まれてしまう。
アネッサもリッチの固有スキル『恐怖のオーラ』を黒大蜘蛛に叩き込むが、黒大蜘蛛は『恐怖』より『食欲』の方が優っているようで効果がない。
ティアは火の玉や火矢、火のムチなどで攻撃するが、多少ヤケドを負わせる程度で黒大蜘蛛はティアを見る事すらしなかった。
ノブナガは刀を突き上げ、必死で抵抗するが効果的なダメージは与えていないようで黒大蜘蛛の口からは滝のようなヨダレがノブナガに降り注いでいた。
「クソ! ここまでか!?」
ノブナガが黒大蜘蛛を睨みつけていた、その時だった。
「目と耳を塞げ!」
どこからか声が聞こえてきたと思った瞬間、カッと白い閃光がひかり、『パーーーン!』と甲高い破裂音が耳を貫いた。
一瞬で目の前が真っ白になり、鼓膜が破れてしまったかのような感覚になったノブナガは
『シュアアアァァァァ!!』
聞いたことがない叫び声を遠くに聞いたような気がした。
真っ白の世界に色が戻ってくると、目の前にいた黒大蜘蛛は消えていた。しかし、その世界は異様に歪み、頭の中では大鐘が鳴り響いていた。
横には耳を押さえたミツヒデとアネッサが蹲っているが、2人ともグニャグニャに歪んで見えた。
遠くで誰かが何かを言っているようだが、頭の中に響く大鐘の音でよく聞き取れない。
ふと目の前に見知らぬ男が現れ、ノブナガの手足に何かをかけた。すると、ノブナガの体はするりと蜘蛛の糸から剥がれ地面に落ちてしまった。
「∈◯%§!!」
男は何かを叫ぶとノブナガを抱え、ミツヒデとアネッサを引いて街道へ走る。
街道についたノブナガは地面に降ろされたが、体が思うように動かずに転がってしまった。
慌ててミツヒデがノブナガを支え、見知らぬ男と何やら話しをしていた。
どうやらこの男に助けられたようだ。
それは理解しているのだが、ノブナガは歪んだ世界と鳴り響く大鐘のせいで考える事すらできない状態だった。
しばらくすると隣にティアも頭を抱えて転がっている事に気がついた。
その頃にはノブナガの頭の中の大鐘は治りつつあり、歪んだ世界も元に戻りつつあった。
ノブナガはまだフラつく体を起こし、男の方を向き
「ワシはノブナガ。 お主のおかげで命拾いした。礼を申す」
「オレはカーテ・バリナ。まさか黒大蜘蛛の巣にかかるヒトがいるなんて思いもしなかったぜ。 あんなのにひっかかるのはゴブリンくらいだから、最初見た時はヒトとは思わず通り過ぎてしまうとこだったぜ」
わははははと、ノブナガの背中を叩きながらカーテは笑っていた。
「ホント! ノブナガったらありえないわ!カーテさんが通り掛からなかったら、あなた今頃、黒大蜘蛛の腹の中よ! まったく!」
アネッサはプリプリ怒ると、カーテの方を向き
「ありがとう、改めてお礼を言うわ。 あなたは命の恩人です」
アネッサは丁寧に頭を下げ、ミツヒデも同じように頭を下げていた。
「いやいや、偶然通りかかっただけですし。 まぁ、みなさん無事でなによりでした」
カーテはニコっと微笑むと、ノブナガと握手を交わす。
「ところで、お主。見たところ屈強な体をしておるが… 冒険者というやつか?」
カーテは身長180㎝くらいで、半袖のシャツと丈夫そうなズボンを履いており、盛り上がった筋肉でシャツの生地が伸びるのでないか?と思うほどの体格だった。頭にはターバンが巻かれており、日に焼けた顔で笑うとほとんどの女性が恋に落ちそうな端正な顔をしていた。
「オレは商人だ。 いま商品を運び終わって帰るところさ」
カーテは街道沿いに止めてある馬車を親指で、クイッと指して笑うと白い歯がキランと輝いて見えたような気がした。
「お…お主、その体で商人なのか!? この世界の商人は強そうじゃな…」
「ん? 当たり前だろ。オレたち商人は町から町へ商品を運ぶんだ。 途中、ゴブリンや盗賊に襲われる事もある。そいつらを叩き伏せなきゃならねぇからな」
「なるほど… 確かに、そうじゃな…」
「ところで、そこの転がってる女… 獣人だよな? そいつをどうするつもりなんだ?」
カーテの視線の先には、まだ頭を抱えて唸っているティアが転がっていた。
「あぁ、こいつはワシの友じゃ。一緒に旅をしておる」
「『友』?? お前、ヒトだろ? 獣人と? 友?」
カーテが驚いてノブナガを見ると
「あぁ、そうじゃ。ワシの友じゃ」
ノブナガは胸を張って応えていた。ミツヒデがノブナガに近づき、
「ノブナガさま、ここはヒト種族至上主義の国です。見たところカーテ殿も『ヒト』のようです。ご注意下さい」
ミツヒデはノブナガに耳打ちし、いつでも戦えるよう細心の注意を払っていた。
「おい、お前。それは本気で言っているのか?」
カーテは急に真剣な表情なり、ノブナガを睨んでいた。
女子供だけで旅をするノブナガ達。しかもヒトと獣人が一緒に旅をしている。
こんな不可解な旅の仲間なんてあるのか?
次回 商人 カーテ・バリナの正義
ぜひご覧ください
感想、評価、ブックマークもよろしくお願いします!