【41話】別れと決断
ソレメルがハーゼ村とメルギドを繋ぐ街道と、村人の家を建て直す約束をした翌日、ハーゼ村にたくさんの大工が集まっていた。
先頭にはソレメルが立っており、大工達に指示を飛ばしていた。
「お前達! メルギドを救ってくれた月女族の皆さまにご恩を返すのだ! しっかり働け!」
ソレメルは大声で大工達に檄を飛ばし、村人の家を建て直していた。大工達の腕は素晴らしく、あっという間に一軒の家を建ててしまった。その家はメルギドの大通りに並ぶような立派な家だった。
「ソメレル町長、このような立派な家を! よろしいのですか?」
ソレメルの横でイルージュは恐縮しながら工事を見守っていた。
「まだ、外枠だけですので、これから内装や家具を揃えていきますね。数日後にはキッチリ仕上げますよ。あ、ちなみにイルージュ殿の家は、もっと立派にしますから安心して下さい」
ソレメルは親指を立てて、キランと歯を輝かせる。
「ええ!? いや、そんな… わたしの家も皆と同じで十分ですよ…」
「いえいえ、イルージュ殿は村長であり、族長なのですから。 それなりに立派な家に住まなければなりません」
「そ… そういうものなのでしょうか?」
「そういうものです」
ソレメルの勢いに押され気味のイルージュは、ただソレメルの横で工事を見ているだけだった。
街道の方はダドーシが現場監督し、数日でメルギドとハーゼ村を繋ぐキレイな石畳の街道が完成する予定で、ハーゼ村にはたくさんの人が集まり、活気が溢れていた。
一方、ティア達はお揃いの革鎧を着て、メルギドの町を巡回(と言う名の観光)をしていた。
たまに発生するトラブルもホニードと協力して対応していた事もあり、メルギドには町を守る美女集団がいると行商人の中でウワサになる程だった。
中には獣人を忌み嫌う行商人も居たが、数日、町の男達と過ごすとなぜか「月女族だけは別だ」と認識を改めるようになっていた。ウワサでは、認識を改めた行商人は「月女族には手を出すな」と毎晩うなされているらしい…
村人の家の建て直しが終わり、大工達がメルギドへ帰ってからもソレメルは3日と空けずにイルージュの下に現れていた。
「イルージュ殿、おられますか?」
イルージュの家の前でソレメルは身嗜みを気にしながら立っていた。
イルージュの家は村人の家の1.5倍くらい大きく、外装も内装も立派で、室内はモダンな家具で統一されていた。
「ソレメル町長、こんにちは。今日はどのようなご用件ですか?」
イルージュは淡いピンクのワンピースを着て、ニコっと微笑んでソレメルを出迎える。
一瞬、ぽうっとしたソレメルは、表情を引き締めると
「本日はメルギドとハーゼ村の将来について、ご相談に参りました」
「え? 昨日はメルギドとハーゼ村の未来についてお話ししませんでしか?」
イルージュは首を傾げながらソレメルを見ると
「あ、いや。 み、未来は遠い先の… わたし達の子供の子供の… あ!わたし達の子供って、そういう意味ではなくて、町の子供達という意味で… あの… き、今日はもう少し近い将来の話しなのです」
ソレメルがアワアワしながら、『未来』と『将来』の違いを説明していると
「ふふ、それは楽しそうなお話しになりそうですね」
イルージュはニコっと笑い、ソレメルを部屋に案内していた。
その頃、メルギドの町では、
「ついにソレメル町長に春が来たらしいわよ」
「町長もヒトの子だったんだね。仕事ばかりで女に興味ないのかと思ってたわ」
「その相手は月女族の族長らしいよ」
「ええ? そうなの?」
「そうそう! もうご執心よ?」
「いやーん! 月女族の子とぉ!? どうなっちゃうの?」
メルギドの町の女達は、久々のゴシップにわいていた。
そんな平和な日々がしばらく続き、月女族がメルギドの護衛として自警団と双極を担うようになった頃、ノブナガはイルージュの下にやって来ていた。
「イルージュ、ワシはそろそろ村を出ようかと思うのじゃ」
ノブナガとミツヒデはイルージュの家の応接間で、ソファーに座っていた。ノブナガの向かいには白いブラウスに赤いスカートを履いて、薄化粧をしたイルージュが座っている。
「村を出る… のですか?」
イルージュは少し寂しそうな顔でノブナガ達を見つめていた。
「ああ、ワシがこの村に来た頃、お主らはボロボロの家に住み、着る物も食べる物も粗末なモノだったな。 それが今ではこんなにも裕福な生活を送っている。 ここではヒトも獣人もリッチも、みなが笑っている。もう、前のように悲しい顔をしている者も居なくなった」
ノブナガは笑いながら部屋の中を見渡し、村人たちの姿を想っていた。
「はい、村の者達も好きな服を着て、お腹いっぱい食べる事ができるようになりました。 すべてノブナガさまとミツヒデさまのおかげです」
「うむ。ワシはここで成すべき事を成した。だが、それはまだ始まりに過ぎん。 ワシはこの国で、この世で成すべき事を成す。 その為に、ワシはこの世界を見る必要があるのじゃ」
ノブナガは、グッと固く拳を握り天を見ていた。
イルージュはそんなノブナガを見つめ、しばらくの沈黙の後、少しだけ深呼吸してから口を開いた。
「ノブナガさまは、いつぞや『主君を決めるのは、わたしイルージュだ』…と、おっしゃいましたね」
「あぁ、そうじゃ。主君とは誰かに決められるものではない。月女族の族長であるイルージュ、お主が決める事じゃ」
「実はあれからずっと考えていました。村の者ともたくさん話をしました。 でも、わたしは弱い女ですから、なかなか決断出来ずにいました…」
そう言って、イルージュはノブナガの横に移動すると、床に正座し頭を下げていた。これは以前のように、ヒトさまに怯えて頭を下げていたあの頃とは違う、強い意志を持ったものだった。
「ノブナガさま。 わたし達、月女族の忠誠をお受け取りください。 わたし達を、ノブナガさまの家臣の末席に加えて頂きたく存じます」
イルージュは頭を上げると、真剣な目でノブナガを見ていた。
ノブナガはしばらく瞑目し
「…うむ、わかった。 月女族の忠義、しかと受け取った」
「ありがとうございます!」
ノブナガの言葉にイルージュは更に頭を下げていた。
「さぁ、イルージュ、イスに座れ。 綺麗な服がシワになるぞ」
この後、ノブナガとミツヒデ、イルージュは思い出話しに花を咲かせていた。
ハーゼ村を出る事にしたノブナガは新たな仲間を連れて旅をする事なった。
次回 旅立ち
ぜひご覧ください。
感想、評価、ブックマークもよろしくお願いします。