【39話】交渉
「本日は、先日のお礼とお願いに参ったしだいです」
ソレメルは真剣な表情でイルージュを見つめる。
「お願い… ですか」
イルージュも真剣な表情になり、ソレメルを見つめていた。
「はい、実はこの度の襲撃で、メルギドはかなりの被害が出ております。更に15人いた自警団も、今は6人しかおりません。そこで、皆さまにこれからもメルギドの町を守って頂けないか… と、お願いに参ったしだいです。 つきましては先日のお礼と、これからも町を守って頂く事を合わせ、皆さまにメルギドの町に住んで頂けたらと考えているのですが…」
ソレメルは少し上目遣いでイルージュの反応を見ていた。
「町に…」
イルージュは、小声で呟き考えているようだった。その反応を見たソレメルは、慌てて言葉を足す。
「も、 もちろん住居はこちらで用意致しますし、町の護衛料としてある程度のお支払いも致します。 それに町に住んで頂いた方が、町を守るにも都合がいいかと思いまして…」
「ちょ〜っと、いいかしら?」
ソレメル達の背後には、いつの間にかブロンドの髪を緩くカールした青い目の女が立っていた。
「巫女さま!」
イルージュがアネッサに気が付き顔を上げた頃、ダドーシがソレメルに耳打ちしていた。
「おぉ、あなたがルートハイムさまでございますか。 わたしはメルギド町長のソレメルと申します。ルートハイムさまは、奇跡の治癒魔法でたくさんの町の怪我人を助けて頂いたと聞いております。 心より御礼申し上げます」
ソレメルは会釈すると、ニコニコしながらアネッサを見ていた。
「わたしの事はいいわ。それより、さっきの話しだけど。 月女族に町の護衛を頼みたいって事だけど、それは自警団の一員になれってことじゃないでしょうね?」
アネッサはギロリとホニードを睨む。
「あ、いや、ルートハイムさま、少しお待ち下さい。我々としても、月女族さまが自警団の一員となって頂けたら、これ以上頼りになる事はありませんが… しかし、今までわたし達がしてきた事を考えると… とても、そんなお願いはできません…」
ソレメルは俯き、ふるふると頭を振っていた。
「アネッサよ、月女族が誰を主君とするか決めるのは族長であるイルージュじゃ。 お主が騒ぐ事ではない」
ノブナガがピシャリと言い放ち、アネッサは「だって…」と口を尖らせながら黙り込んでしまった。
「巫女さま、ノブナガさま。 ありがとうございます。コレはわたしが考え、わたしが決める事ですね…」
イルージュは決意した顔でソレメルを見ると、ソレメルも襟を正し座り直す。
「ソレメル町長、わたし達はこれからもメルギドの町を守る事をお約束します」
「ほ! 本当ですか! ありがとうございます!」
ソレメルはパァっと顔を輝かせてイルージュを見る。
「ですが、町に住む事はお断りさせて頂きます」
「え? そ…そうですか。 理由をお聞きしても?」
「このハーゼ村は、月女族が先祖代々住んできた土地です。わたし達はこの土地から離れたくはありません。 もちろん、メルギドの町で異変があれば駆けつけますので、そこはご安心ください」
イルージュはそう言って、ニコッと笑った。
「そうですか、わかりました。しかし、それではわたし達のお礼の気持ちが… あ、そうだ! それでしたら、メルギドとハーゼ村の友好の証として街道を作りましょう! それと、みなさまのみす… んん、若干弱々しいお家を建て直させてください」
一瞬、見窄らしい…と言いかけたソレメルは、それを誤魔化すように手を叩いて提案していた。
「え? そんな… よろしいのですか?」
イルージュは『失言には気が付かなかった』と大人の対応をしていると
「いま、みすぼ…」
アネッサが噛みつこうとして、ミツヒデが口を塞ぎ外へ連れ出そうと抱きかかえた。
「ちょ! ミツヒデ!降ろして!」
「アネッサ殿、少し散歩に行きましょう」
「ミツヒデ! もう!子供のくせに力だけは強いんだから! はーなーしーてー!」
「さぁ、参りますぞ…」
アネッサはミツヒデに抱えられて、外へ連れ出されてしまった。
「………」
「………」
イルージュやソメレル達が、アネッサが連れて行かれるのを無言で見送る。
「あ、気にするな。 あやつらは厠じゃ」
ノブナガは、ははははと乾いた笑いで誤魔化していた。
ソレメルは気を取り直し、イルージュを見ると
「もちろんでございます! 町に家を建てるつもりでしたので、建てる場所がハーゼ村に変わるだけですので!」
「そうですか。それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」
イルージュはソレメルの提案を了承した。
「あと、町の護衛の事なのですが。 町に住まないとなりますと、何かが起こらないと月女族さま達を見かけない事となります。 それだと、町から護衛費をお支払いするのに町民達の感情に歪みが出てくるかもしれません」
ソレメルは、少し上目遣いでイルージュを見る。
ティアは、(このヒト様、頼み事するときは絶対あの顔するよね…)と、ソレメルをぼんやり見ていた。
「たしかに… それはそうかもしれません」
イルージュもそこは理解しており、何かしら町を守っていると町人へ見せる必要があると考えていた。
「そこで数人で結構ですので、毎日、誰か町へ巡回に来て頂けませんか? 町には月女族さま専用の休憩部屋を用意しますので…」
「なるほど、町を見て回るだけでも、わたし達が町を守っていると見せる事ができますね。 しかし、よろしいのですか?この国はヒト種族至上主義を掲げています。 わたし達が町をウロウロしていると、アクロチェア王国から目を付けられませんか?」
「大丈夫ですよ。こんな田舎の町に王国は興味も持ちません。 それに、この町でヒトと獣人が仲良く暮らす事で、ヒト種族至上主義などという歪な考えを少しでも減らしていけるかもしれません。 本来、ヒトも獣人も同じでなければならないのです。 これまでわたし達がしてきた事を思うと、どの口が… と、お思いかもしれませんが。 わたしは、本気でそう思っています」
ソレメルは目を輝かせて、熱く語っていた。
「…ありがとうございます」
イルージュはホロリと涙を零し、頭を下げていた。
「イルージュ殿、これからよろしくお願いします」
ソレメルは右手を出して握手を求め、イルージュもそれに応え握手を交わしていた。
「あ、そうそう。もうひとつ、お渡ししたいモノがあるのです」
ソレメルはニコニコしながら、イルージュ達を見回していた。
ソレメルから月女族へプレゼントがあった。それがキッカケでソレメルに春が訪れる。
次回 ソレメルの春
ぜひご覧ください。
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