【38話】メルギドのカケラ
イルージュとソレメルが握手を交わした。
これは月女族とヒトが同等になったという意味だった。
「ソレメル町長、たいしたおもてなしも出来ませんが、どうぞこちらへ」
イルージュはニコっと笑い、ソレメル町長達を村の奥へ案内した。
普段、住んでいる雨漏りがしそうな建物にソレメル町長達を案内する訳にもいかないイルージュは、ハーゼ村で唯一『建物』と呼べそうな教会へ案内する事にした。
村の奥へ歩いていくと、赤や金で装飾された木造建築が見えてきた。
「おぉ、これは素晴らしい…」
ソレメル町長達は、さっきまで目に入っていた見窄らしい小屋からは想像も出来なかった教会を前に、感嘆の声を漏らしていた。
「ありがとうございます」
イルージュはお礼を述べると、教会の中へ町長達を案内する。
教会の中は窓から差し込む太陽の光で、明るく暖かな感じに包まれおり、しばらく進むと大きな扉がある。
イルージュがそっと扉を開けると、そこは広い大きな部屋で、壁に光る石が取り付けてあり薄暗いものの、人が動くには問題のない明るさだった。部屋の奥に一段高い舞台があり、赤や青、金色で装飾された祭壇が祀られている。以前、紫水晶が祀られていた場所には何もなかった。
部屋の天井にある天窓からは、舞台にスポットライトを当てているように太陽の光が降り注いでいた。ここは祭壇と舞台を際立たせるように計算された部屋なのだ。
「ここは巫女さまが舞い、わたし達が祈りを捧げる部屋です。 このような場所しかご案内できず、申し訳ありません」
イルージュが苦笑いを浮かべながら、軽く頭を下げる。
「いえいえ、とても素晴らしい教会です。みなさまの、ロア・マナフさまへの信仰の深さを感じております。 さっそくですが、まずはこちらをお納めください」
ソレメル町長が小柄な男ダドーシを手招きすると、ダドーシが手荷物をソレメル町長に手渡した。
ソレメル町長は手荷物の袋から白い箱を3つ取り出し、イルージュの前にそっと押し出す。
「こちらは、メルギドで今一番人気のお菓子です。 お口に合えばよろしいのですが…」
「まぁ、これはご丁寧に、ありがとうございます」
「さぁ、開けてお食べください。ソレはただの手土産ですので」
ソレメル町長がニコニコしながら勧めると、ティアやパル、チカム達が目を輝かせながらイルージュを見ていた。
イルージュはティア達に「コラっ」と声を出さずに叱り、ソレメル町長に軽く会釈してから「では、遠慮なく…」と白い箱を開けた。
箱の中には小さくて可愛い袋が整然と並んでおり、袋の中には星の形をした小さなカケラが沢山入っていた。
「コレは『メルギドのカケラ』というお菓子です。今、メルギドで一番人気のお菓子です。さぁ、どうぞ どうぞ」
ニコニコしながらソレメルが説明し、イルージュがお菓子の袋をひとつ取り袋を開いた瞬間、辺りに甘い香りがふわっと広がった。
イルージュはメルギドのカケラをひとつ摘み、そっと口に入れる。
「……っ!!」
口に広がる甘味と、花のような香りにイルージュは目を見開きしばらく固まると、急に顔がふにゃぁと緩み幸せそうな顔になる。
「か… 母さま。 わたし達もよろしいですか?」
ティアは、ソワソワしながらイルージュに声をかけると
「どうぞ どうぞ。 みなさん、ぜひ食べてください」
ソレメルがティア達にメルギドのカケラの小袋を手渡していく。
ティア達は小袋をそっと開けると、甘い香りがふわっと広がり鼻をくすぐる。「では…」メルギドのカケラをひとつ摘み口に運ぶ。
「ふぁぁぁぁぁ」
ティア達は口に広がる甘味と、花の香りでだらしないほどふにゃふにゃの顔になり、幸せそうにメルギドのカケラを口の中で転がしていた。
「おぉ、これは美味い! これは、確かフロイスが献上品として持ってきたコンフェイトとよく似ておるな。アレは丸くただ甘いだけじゃったが、コレはその比ではないくらい美味いのぅ」
「左様でございますね! あの時もその美味さに驚きましたが、コレはもっと洗練されたような上品な美味さでございますね」
ノブナガとミツヒデもメルギドのカケラを口に含み、甘味と花の香りを楽しんでいた。
「ノブナガもミツヒデも食べたことあるの?」
ティアはメルギドのカケラを口の中で転がしながら、ノブナガ達を見ていた。
「あぁ、以前、コレと似たようなモノを献上品として持ってきた者がおってな。 だが、この菓子はソレとは比べ物にならんほど美味い」
ノブナガはもうひとつまみメルギドのカケラを口に運ぶと、小袋を目の高さに合わせて眺めていた。
「そうなんだぁ。 外にはこんな美味しいモノがあるんだねぇ」
ティアも小袋を目の高さに合わせて、羨ましそうに眺めている。
「ほっほっほっ。 お口に合ったようで何よりです」
ソレメルは若干余り気味の腹の肉を揺らしながら座り直し、イルージュを正面に見た。
「さて、イルージュ殿。この度の襲撃で月女族の皆さまに助けて頂けなければ、メルギドの町は無くなっていたでしょう。改めて御礼申し上げます」
ソレメルが深く頭を下げると、ダドーシとホニードも頭を下げていた。
「いえ、わたし達は当たり前の事をしただけです」
イルージュは背筋を伸ばし、ソレメル達の礼を受け取っていた。
ソレメルはゆっくりと頭を上げると
「本日はそのお礼と、ひとつお願いがあって参ったしだいです」
ソレメルは真剣な顔でイルージュを見つめ、イルージュも襟を正して向き合っていた。
これから『ヒト』と『月女族』の未来を決める交渉が始まろうとしていたのだ。
イルージュは月女族の未来を左右する重大な状況に立たされていた。
次回 交渉
ぜひご覧ください
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