【37話】夜明け
メルギドの町を守ったティア達はハーゼ村に戻り、イルージュに無事を報告していた。
「さぁ! みんなたくさんお食べ!」
イルージュはニコニコしながら、ティアやチカム、ノブナガたちの前にソテの実のパンを並べた。
「母さま、これは…」
「みな、よく頑張りました。そして、無事帰って来てくれた。 コレは、そのお祝いです」
イルージュが説明し、その後ろではキーノ達も並んで微笑んでいた。
「た… 食べてもいいのですか?」
パルやチカム達にとって、コレはヒト様が食べる物であって、自分達は食べてはいけないと教えられきたモノだったのだ。 魚や肉などはノブナガが来てから食べるようになったが、ソテの実のパンはまだ食べたことが無かったので戸惑っていた。
「いいのですよ。 コレはお祝いなのですから。それに、『ここには、ヒト様は居ない』…でしょ?」
イルージュはノブナガをチラッと見て、イタズラっぽく笑ってみせた。
「そうじゃ、ここに『ヒト様』は居ない。 ここに居るのはメルギドの町を守った『英雄』だけじゃ」
ノブナガは月女族を『英雄』と呼び、その功績を大袈裟なくらいティアやパル、チカム達を褒め称えた。
「そんな… そこまですると恥ずかしいじゃない」
ティアは少し頬を染めながら立ち上がり、パルやチカム達を見ると声をかけた。
「さぁ!みんな! 食べよう!今日はお祝いよ!」
ハーゼ村では、おそらく初めてだろう『宴』が行われ、夜遅くまで賑やかな声が響いていた。
翌日、ハーゼ村の前に数人の人影が現れた。
「コレはなんだ? ハーゼ村にこんなモノあったか?」
人影の中でも、一際大きな… と言うより、よく言えば『ふくよか』な影の男がハーゼ村を囲むように作られた砦に驚いていた。
「この前見た時よりも完成度が上がってやがる…」
ふくよかな男の隣でガッチリした男、ホニードがため息混じりに苦笑いしていた。
「と… とにかく、中へ入れて貰いましょう」
ふくよかな男の隣で、小柄な男は手荷物を落とさないように持ち直していた。
「うむ、そうだな。 入口は… アレか」
ふくよかな男が砦に作られている村の入口を見つけると、小柄な男が入口に走り声をあげた。
「おはようございます! 月女族の皆さま! わたしはメルギドから来たダドーシと申します。 誰か居られませんか?」
ダドーシは手荷物を落とさないように、大切に抱えて叫んでいた。
しばらくすると、村の入口の両側にあるスリット状の隙間(前回、自警団はここから槍で攻撃されていた)から金髪でウサギ耳の女性が顔を見せた。
ウサギ耳の女性はダドーシを見ると
「ヒ… ヒト様! 本日はどのようなご用件でしょうか!?」
慌てて砦の中で正座し、額を地面に擦り付けていた。
「あ… いや、わたし達は昨日のお礼に来たのです! 頭を上げてください!」
ダドーシが恐縮していると、背後からふくよかな男が現れ声をかけてきた。
「頭を上げてください。 わたしはメルギドの町長ソレメル。本日は月女族の皆様方に感謝をお伝えに参りました。 族長さまはいらっしゃいますでしょうか?」
ソレメルはハンカチで汗を拭きながら、フシュー フシューと鼻から息を吐いている。
「し… しばらくお待ちください!」
ウサギ耳の女性は村の奥に走り、しばらくするとイルージュが慌てて走ってきた。イルージュの後ろにはティアとノブナガ、ミツヒデが付いており、少し遅れて村の全員(アネッサ以外)が集まってきていた。
イルージュとティアはふくよかな男ソレメルを見て、膝を着き額を地面に擦りつけようとしたその時、
「立て! イルージュ、ティア! お主らが頭を下げる理由はない!」
ノブナガが叫び、ビクッとしたイルージュとティアは折れかけた膝を伸ばした。
イルージュは一歩前に出て胸を張り
「わたしがハーゼ村 村長で族長のイルージュです。 本日はどのようなご用件でしょうか?」
イルージュは少し震えていた。これまでヒト様と話す時は、少しでも刺激しないように、少しでも機嫌を取るように額を地面に擦りつけ、風下からお伺いしていたのだ。
それが砦を挟んでいるとはいえ、立って話しをする。
これがイルージュ、いや月女族にとってどれだけ大変な事態なのか、ノブナガには分からない事だろう。
だが、ここでイルージュ達が頭を下げればヒトと月女族との関係は、今までと変わらない。
いや、力を取り戻した月女族はヒトにとって都合のいい戦いの道具となる可能性もある。
今、このタイミングで月女族はヒトと同等に成らなければならない。ノブナガはそう考えていたのだ。
「イルージュ殿、この度は町を救って頂きありがとうございました。本日はそのお礼に参ったしだいでごさいます。 どうか、門を開けてください」
ソレメルは丁寧に挨拶し、開門を求めていた。
イルージュがノブナガを見ると、ノブナガは小さく頷いた。それを確認したイルージュは、ティアとキーノに合図し門へ向かわせ待機させた。
イルージュは村人が全員、立っている事を確認してから
「開門!」
と叫び、ティアとキーノがゆっくりと門を開け、ソレメル達を村に受け入れた。
実は、昨夜の宴の際、ノブナガはイルージュに話していたのだ。
「イルージュよ、近いうちにメルギドから使者が来るだろう。その時が、月女族の立場を変える『機』じゃ。 この機を逃せば、二度と月女族はヒトに逆らえなくなる。その方法はふたつだけじゃ。 心してかかるのじゃ」
その方法とは頭を下げない事と、使者を待たせる事だった。相手を待たせる事で、主導権はこちらにあると認識させるのだ。今回、イルージュは見事にこの二つを実践した。更に、今回はメルギドから町長自ら来た事で、よりその効果が発揮された形となったのだった。
「ようこそハーゼ村へ」
イルージュはソレメルへ右手を伸ばし握手を求めると、ソレメルもそれに応じて握手を交わた。
「この度は、町を救って頂きありがとうございました。本日は、そのお礼に参りました」
ソレメルは改めて挨拶し、感謝の意を表していた。
いま月女族にとっては、忘れられない特別な瞬間が目の前に広がっていた。
ティアは思った。コレはこの世のモノなのか?
この世にはこんなモノがあるのか… と
次回 メルギドのカケラ
ぜひご覧ください
感想、評価、ブックマークもよろしくお願いします