【36話】『リッチ』アネッサ ルートハイム
『リッチ』とは、高位の魔術師や僧侶が更なる知識を追い求めたり、命よりも大切な愛する人や場所を守る為に『ヒト』を捨て『リッチ』になると言われている。
つまり『リッチ』は常軌を逸するほど、何かに執着した『ヒト』なのだ。
そしてアネッサも悪魔の本の影響があったとはいえ、やはり『リッチ』となる素質を持っていたのは間違いないだろう。
アネッサは愛する息子リヌを守る為にリッチとなったのだが、そのリヌはもう居なくなってしまった。
『常軌を逸するほど愛するモノ』がなくなったアネッサが次に選んだのが『月女族』だった。
とはいっても、アネッサ本人もさっき気がついたのだが…
◇◇◇◇
「お前達には、死よりも恐ろしい罰を与えよう」
そう囁いたアネッサは、暗い禍々しいオーラを指先に集め盗賊団の額に触れた。
「ゔぁぁぁぁぁああああ!」
盗賊団の2人は突然、口から泡を吐きながらその場で悶え苦しみだした。
「お前達に、『死』などという『安寧』は与えない。永遠に苦しみ悶え続けるがいい」
アネッサは冷酷な目で盗賊団の2人を見下ろし、ボソボソと呪文を唱えると土が盛り上がり数体のゾンビが現れた。
「連れて行け」
アネッサがゾンビに指示すると、ゾンビは盗賊団の2人を抱えて町の外へ歩いて行ってしまった。
それを見ていた治癒術師と町の男達は、腰を抜かしその場にへたり込み、呆然とゾンビを見送るしかできなかった。
「これが… 『リッチ』…」
ティア達、月女族は『リッチ』の恐ろしさを目の当たりにし戸惑っていたが、こちらを振り向いたアネッサはいつもの『優しい巫女さま』に戻っていた。
「チカムちゃん、傷を見せて」
アネッサは何事も無かったかのように、パタパタとチカムのもとに走り寄り傷を治していく。
「チカムちゃん… ごめんね。わたしが連れてきたばかりに… こんな怖い目に合わせてしまって…」
アネッサはチカムを抱きしめ、ポロポロと涙を溢す。
「ううん。わたしがココに来たい。みんなと一緒に戦いたいって思って来たの。だから、巫女さまのせいじゃないよ」
チカムはニコッと笑う。
「チカムちゃん… 無事で… ホント、無事でよかった…」
アネッサはチカムを抱きしめてチカムの体温を感じ、泣きながら震える声で話し出した。
「わたしね、あなた達が生きてさえいてくれたら、どんな怪我も治してあげる自信があったの。 だから、チカムちゃんが町に行きたいって言ってたのも、わたしが居るから大丈夫… って思ってた。 でも違った。ここに来るまでものすごく不安だった。 わたしの思い上がりでチカムちゃんに怖い思いをさせてしまったって、すごく後悔してた…」
そんなアネッサをチカムは抱きしめ
「巫女さまが居てくれたから、ティア姉さま達が居てくれたから… わたしはここに来ることかできたの。 わたしが『月女族』でいられたのはみんなと巫女さまのおかげ。 だから、巫女さま… ありがとう。 ティア姉さま… ありがとう。 みんな、ありがとう。わたしも月女族として戦えた事が嬉しい」
チカムは微笑みながら目を閉じ、月女族として戦えた事を感謝していた。
ティアはチカムの頭に手を置き、優しく話しかける。
「チカムのおかげでヒカムもキカムも、それにあのヒト様も助かった。 さすがチカムはお姉さんだね。よくがんばったね。 でも、あまり無茶はしないでね」
「はい」
アネッサとティア、チカム達はお互いの無事を喜び、穏やかな時間に包まれていた。
「あ… あの…」
チカム救出に集まった男達の1人が、アネッサにおずおずと声をかけてきた。
「ん? あ、あなた達も来てくれたのね。ありがとう」
アネッサは初めて応援に来てくれた町の男達に気が付いたようで、自分がどれだけ必死だったのか…と、自笑していた。
「あの、ルートハイムさま。 あの盗賊団達に何をしたのですか? あと、あのゾンビは…」
男がおどおどしながらアネッサに質問すると、
「あぁ、あの下衆どもに呪いをかけたのよ。 今、あの男どもは自分の腹の中を蟲が蠢き、臓物を喰い千切られていると思っているわ。 そして、あのゾンビはわたしの命令に従う… まぁ、道具みたいなものよ。 あの男どもは今頃、生きたままゾンビになっている頃でしょ。 わたしの呪いはゾンビになっても消えないから、あの男どもは死ぬこともできず、永遠に腹を蟲に喰われ続けるのよ。 …あ、でも、ゾンビになったら本当に蟲に喰われてるかもしれないかもね」
あははは と、楽しそうに笑うアネッサは
「まぁ、わたしの月女族達に手を出したんだから… それくらい、当然よねぇ」
楽しそうに笑うアネッサと
「そ… そうですよねぇ」
引き攣りながら笑う町の男たち。
ティア達はどうしていいか分からず、とりあえず一緒に笑ってやり過ごしていた…
数日後、メルギドの町では『月女族には手を出すな』という暗黙の掟が出来ることになるのだが…
それは、別の話し。
◇◇◇◇
アネッサ達が笑っている頃
「勝鬨をあげよ!!!」
ノブナガが刀を振り上げ叫ぶ。
「うぉぉおおおお!!」
ノブナガ達がギゴール盗賊団に壊滅的なダメージを与えた事により、ギゴール盗賊団は統制力を失い、ちりぢりに逃げ出していた。
満身創痍のホニードはノブナガの下にやってくると
「ノブナガ、お前達が来てくれたおかげで町を守る事ができた。 感謝する」
ホニード本人もビックリするくらい、自然に頭を下げ感謝の意を表していた。
「うむ、礼はティアに言ってくれ。 ワシはティアがお主らを助けると言うから手伝っただけじゃ」
「ティア… あの月女族の娘が?」
「あぁ、あやつは誰よりも早くこの町の異変に気付き、誰よりも強くお主らを助けると叫んでいた」
「なぜ… オレ達は… 今、思うと理由も判らないのだが、アイツらを虐げ… オレは何人も殺してきた。 なのに… なぜ…」
ホニードはどうしてティア達が、ヒトを助けるのか、いや、助けようと思えるのかが分からなかった。
「ホニードよ、それが月女族なんじゃろ」
ノブナガはホニードの背中をバンっと叩いて、ニカッと笑っていた。
「月女族… 変なヤツらだな…」
ホニードも笑う。
「あぁ、あやつらは変なヤツらじゃ」
ノブナガも楽しそうに笑っていた。
メルギドを守ったティア達は、生まれて初めての『宴』に酔いしれていた。その翌日、ハーゼ村に人影が現れる。
次回 夜明け
ぜひご覧ください
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