【35話】盗賊団 vs 月女族
(わたしがチカムちゃんを連れてきたから、こんな事に…)
チカムが戦っているという場所へオオカミゾンビを走らせながら、アネッサは後悔していた。
わたしはリヌの事しか考えず、300年も月女族を呪い続けてきた。
そんなわたしを、あの娘たちは許すだけでなく、『力を戻してくれた』とお礼まで言ってくれた。
思えば、わたしはずっとあの娘達を見てきた。イルージュさんやティアさん、チカムちゃんたち三姉妹も産まれた時から……
いや、産まれる前からずっと…
わたしにとってあの娘たちは、もうわたしの娘と同じだったのね…
(なぜ、今まで気が付かなかったのだろう?)
アネッサは後悔と焦りを無理矢理抑えつけると、必死でオオカミゾンビを走らせていた。
◇◇◇◇
その頃、ティアは怒りの形相で男達を睨んでいた。
「あたしの妹を汚い手で触るんじゃないよ!」
「あ? なんだ? …って、月女族じゃねーか!しかもいい女じゃねーか!!」
チカムに覆い被さろうとしていた男は、ティアを見て更に下卑た笑みを浮かべていた。
「ティア姉さま!」
チカムは上半身を起こし、まだ未発達な胸を隠すと、少し安堵したような目でティアを見ていた。
「…くっ このクソヤローども!」
ティアは腰に装備した2本の短剣を抜くと、逆手で握り右手は顎の横、左手は顔の前で構える。
ティアはこれまで戦った事なんてない。いつも謝るか逃げるしか出来なかった。
しかし悪魔の本の一件で先祖の力を身体に宿してから、魔法の使い方や戦い方が体に染み付いているように感じていた。
ティアは、「今なら誰にも負けない…」と言ったあの時、『月女族の血を受け継いだ 』 そう理解していた。
ティアの戦い方は格闘系だ。短刀は打撃の補助と、防御に使うのが主だった狙いなのだ。
しかし、戦闘種族としての血を受け継いだティアだったが、『戦闘経験』だけは受け継ぐ事ができていなかった。
男はチカムを盾にすると、短剣をチカムの首に当て、
「ティア姉さま、コイツの命が大事なら武器を離せ」
男は、くくくと笑いながらティアを見ていた。
「……っ!!」
「チカム!!」
悲壮な顔でティアを見るチカム。ティアは男達を睨みながら武装を解除し短剣を地面に放り投げるしかなかった。
「素直でいいねぇ。 ティア姉さま、抵抗するなよ? 抵抗したら… わかるな?」
チカムを盾に男はニヤニヤと笑い、片割れの男にティアを抑えるように指示する。
「くくく、そっちはお前に譲るからよぉ、コッチはオレが先だぜ?」
片割れの男は、チカムを盾にしてる男にそう言いながらティアにゆっくりと近づこうとしていた。
「わかった、わかった。 後で交換だからな」
男達は、これからの『お楽しみ』にくくくと笑いが抑えきれず鼻息が荒くなっていた。
(ティアさま… 全員、配置に着きました。いつでもいけます)
ティアの耳に、微かな声が届いた。
(パル?)
ティアが耳をピクピクさせていると、
(はい。タイミングはティアさまに合わせます)
月女族の特性はウサギのような耳だ。かなりの広範囲の音を拾う事ができる。それは、近くなら囁くような声でもお互いに意思疎通が出来るという意味でもあるのだ。
ティアは男達の行動から、パルに気が付いていないと判断すると、目でチカムに合図を送る。チカムもそれを受け取り、真剣な目でティアの合図を待っていた。
片割れの男がティアに近くなり、チカムから離れると
「今よ!!」
ティアが叫ぶと同時に、男達の背後から40本の火の矢が射出され、チカムを盾にしている男の背中に突き刺さり、男の背中はまるでヤマアラシのような状態となった。
「ぐぁぁ!!」
男が叫び怯んだ隙に、チカムは男の腕を噛み拘束を解くとその場にしゃがみ、弾丸のように片割れの男の背中に体当たりをする。
男の声に驚いた片割れの男は、振り向こうとする前に背中に強烈な衝撃を受け海老反りとなり、ティアの前でタタラを踏んだ。その時にはティアの拳はすでに目前に迫っていた。
「もう、謝っても許さない」
ティアの拳は片割れの男の鼻を潰し、男は息が出来なくなった。そのまま両手から火の玉を連射し、全身のあちこちで火の玉が爆ぜる。至近距離で火の玉を浴びせられた男はなす術もなく翻弄されていた。
「うおぉぉりゃぁぁ!」
ティアがトドメだと言わんばかりに、渾身の右ストレートを男の顔面に放つと、男は避ける事も出来ず背後に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられてしまった。
一方、背中が火の矢でヤマアラシ状態の男は、パル達、8人の月女族に拘束され身動きができなくなっていた。
「ティア姉さま!!」
チカムはティアに飛びつくと、ティアもチカムを抱きしめお互いの無事を確かめ合っていた。
「ティアさま、ご無事でなによりです」
パルはティアの前に立つと、ニコっと微笑んでいた。
「パル、ありがとう。 あなた達もチカムの声が聞こえていたのね」
「わたし達は月女族ですよ? 当然じゃないですか」
パルが笑う。ティアもホッとして笑っていた。
「チカムちゃん!! みなさん!」
オオカミゾンビをものすごい勢いで走らせてきたったアネッサはオオカミから飛び降りると、気持ちが体を追い越しているのか、かなりの前傾姿勢で転ばないように手を着きながら走ってきた。
「巫女さま!!」
ティア達はアネッサに気が付き、無事チカムを助けだせた事もあって満面の笑みでアネッサを迎えていた。
「チカムちゃん! 大丈夫!?」
アネッサに気が付いたチカムはティアから離れると、元気な姿を見せて安心してもらおうとアネッサの前に姿を現した。だが、頭から血が流れ、身体は傷と土埃で汚れ、はだけた胸を細くか弱い腕で隠すその姿はアネッサを『治癒術師』から『リッチ』に変えるのに十分だった。
「チ… チカムちゃん… 怖かったね… ごめんね…」
アネッサはチカムを抱きしめていると、背後から教会の治癒術師や町の男達が武器を片手に集まってきた。
「ルートハイムさま!! チカムさまは!?」
治癒術師は駆け寄ると、チカムの姿を見て慌てて自分の上着をチカムに掛ける。
アネッサはゆらりと立ち上がり、ゆっくりとチカムを襲った盗賊団の2人を睨み、ゆっくりと、誰もが聞き間違えようがないほどゆっくりと、そしてハッキリと話しかけた。
「どっちだ?」
月女族に抑えつけられている盗賊団の男達は、アネッサを見上げるだけで答えられない。と、言うよりアネッサの問いを理解できていないのだろう。ただ、黙ってアネッサを見ていた。
「どっちだ… と聞いている」
アネッサの青い瞳は怪しく赤く光りだし、辺りには冷気が漂いだした。身体からは暗く禍々しいオーラが立ち登り、そのオーラは盗賊団の男2人に向けられていた。
「巫女さま…?」
盗賊団を押さえていた月女族達は、アネッサから発せられるオーラと赤く光る瞳に恐怖し腰を抜かしてしまい、男達から手を離してティアの背中に隠れてしまった。
「…あ ぁ ぁ」
不意に自由を手に入れた盗賊団だが、アネッサの威圧に体が硬直しその場から動く事も出来ずにいた。
アネッサはゆっくりと盗賊団の2人に近づくと、頬を撫で、耳元でこう囁いていた。
「お前達には、死よりも恐ろしい罰を与えよう」
チカムの状態にブチ切れたアネッサは、『治癒術師』から『リッチ』に変貌する。
町の男達とティア達は、『リッチ』の恐ろしさを初めて知る事になる。
次回 『リッチ』アネッサ ルートハイム
ぜひご覧ください
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