【33話】怒り
「チカムさま、怪我人を連れてきて頂き、ありがとうございます。後はこちらで手当てさせて頂きます」
若い治癒術師は、丁寧に頭を下げると怪我人を教会の奥へ連れて行き手当を施していた。
「…呪いが解けたからかな? みんな気持ち悪いくらい優しいね…」
アネッサが原因だとは知らないチカム、ヒカム、キカムはお互いに顔を見合わせて、今まででは想像も出来なかったヒト様の態度に困惑していた。
「と… とにかく巫女さまの所に怪我人を運ぶわよ!」
チカム達は『自分達の役目』をまっとうするため、町へ走り出していた。
そうしてチカム、ヒカム、キカムの三姉妹は何人目かの怪我人を教会に運び終わり、他の怪我人がいないか耳を澄ましてした。
「お姉ちゃん、何か聞こえる?」
ヒカムは耳をピクピクさせながらチカムを見る。
「んー、西側の戦いの音が大きいから、怪我してる人の声が聞き取りにくいのよね…」
チカムも耳をピクピクさせながら、怪我をしている人の声を探していた。
「あ! チカ姉、ヒカ姉! あっち! 何か聞こえない?」
目を閉じて音に集中していた末っ子のキカムが、東の方を指差した。
チカムとヒカムも、キカムが指差す方向に意識を集中すると、微かに荒く苦しそうな息づかいが聞こえた。
「怪我人だわ!」
チカムは叫ぶと同時に、音がする方向へ走り出した。
「あ、待ってー!」
ヒカムとキカムも慌ててチカムを追いかける。
しばらく走ると路地裏の影に1人の中年女性がしゃがみ込んでいた。
チカムはゆっくりと近づき声をかける。
「ヒト様、大丈夫ですか?」
「ひっ!」
一瞬、体を硬直させた女性は、子供の月女族の姿を見て警戒を解く。
「わたしは月女族のチカムです。ヒト様、怪我をしていますか? 大丈夫ですか?」
チカムは一定の距離を保ったまま話しかけていた。
それはティア達と離れ、怪我人を助けに行こうとした時ティアに言われたからだった。
「みんな、あたし達の呪いは解かれ、ヒト様はあたし達を嫌わないと思う。だけど襲撃されている状態で、しかも誰かに怪我を負わされたヒト様は何をするか分からないわ。 突然、助けようとしたあなた達に危害を加えようとするかもしれない。 だから、ヒト様があなた達の助けを求めるまでは近づいてはダメ。 すぐに逃げられる距離を保つのよ」
チカムはティアの言葉を守り、ヒトから助けを求めてくるまでは近づかないようにしていたのだ。
女性は左腕を押さえながら
「腕を斬られたわ… アイツらからなんとか逃げて来たけど… もう、怖くて…」
女性はポロポロと涙を零し、自分の体を抱きしめて震えていた。
「ヒト様、わたし達が教会へ連れて行きましょうか?わたし達が助けてもよろしいですか?」
チカムは胸に手を当てながら、女性の顔を覗き込み表情を読み取ろうとしていた。
女性は、パッと顔を上げ
「助けて… くれるの? わたしは… いえ、この町のヒトはあなた達に酷い事をしていたのに…?」
「はい。わたし達、月女族はヒト様を助けに来たのです」
チカムはニコっと笑い、女性に手を伸ばした。
「あ… ありがとう… ありがとう…」
女性は震える手を伸ばしてチカムの手を取り、涙を流して感謝を伝えていた。
「ヒカム、キカム。 このヒト様を巫女さまの所へ運ぶよ!」
「「はいっ!」」
チカムは腕の袖を破ると女性の左腕の傷を圧迫止血し、チカムとヒカムで女性の両肩を支えて立たせる。
キカムが辺りに注意を払いながら、3人で女性を教会まで運ぶために歩き出した。
しばらく歩いていると、キカムの耳が足音を拾った。
「チカ姉! ヒカ姉! 何かくる!」
キカムの声に、チカムとヒカムは女性を物陰に隠し臨戦態勢に入ったその時、正面の角から革鎧を着てショートソードを持った男が2人現れた。
「んん? おいおいおいおい!マジか! レアモノ発見だぜ!」
男の1人がイヤラしい顔でチカム達を、舐め回すように見ていた。
「おお! 月女族じゃねーか! こんな希少種が居るなんて! 運が回って来たんじゃねぇの?」
片割れの男もイヤラしい顔でチカム達を見て喜んでいる。
「チカ姉、ヒカ姉… なんかこのヒト様… 怖い…」
キカムはチカムとヒカムの背後に隠れ震えていた。
「ヒカム、キカム。わたしが時間を稼ぐから、あのヒト様を連れて逃げなさい」
チカムはキッと男達を睨み、ヒカムとキカムに小声で指示する。
「お姉ちゃん! 1人でどうする気?わたしも戦う!」
ヒカムが反論するが、
「キカムだけじゃ、あのヒト様を連れて行けない。大丈夫。わたしは強い。だから…」
チカムは両手に火の玉を発現し、「早く逃げなさい!!」と叫び男達に火の玉を射出した。
「うぁ! なんだ!?」
火の玉が命中し、男達は一瞬怯む。
「今よ!」
チカムの叫びに反応し、ヒカムとキカムは女性を両脇から抱えて全力で逃げ出した。
「お姉ちゃん! 絶対助けに来るから!」
ヒカムは叫びながら必死に走り、あっという間に2人の姿は見えなくなってしまった。
「おいおい… 逃しちまったじゃねーか」
「ちっ、まぁいい。コイツだけでも捕まえるぜ」
「くくく、コイツ売ったらいくらになるんだろうな?」
「月女族だぜ?いくら金を出しても抱きたがるジジイが、いくらでも居るからなぁ」
「なぁ、おい。売る前に味見してもいいよな?」
「おいおい、子供だぜ? 初モノの価値が下がるじゃねーか」
「大丈夫、バレやしねーって」
「くくく、そうだよな。捕まえたオレ達の特権だよな?」
「ああ、そうそう。特権だ…」
男達は、チカムを卑下な目で見ながら相談していた。
「気持ち悪い…」
チカムは男達に嫌悪感を抱きながら、どうやって逃げようか考えていた。
(まだ、距離はある。もう一度、火の玉を当てた隙に逃げるしかないか…)
チカムが両手に火の玉を発現させようとすると
「同じ手は通用しねぇよ?」
男達は低い体制から一気に走り出し、間合いを詰められてしまった。
「しまっ…」
チカムは後方に飛び距離を取ろうとするが、男の手がチカムのウサギ耳を掴む方が速かった。
「痛いっ!! 離して!!」
耳を掴まれ持ち上げられたチカムは足をバタかせて抵抗するが、男の手から逃れる事は出来なかった。
「おいおい、そんな暴れるなって」
チカムの耳を持った男が、グイッとチカムを持ち上げ頬を撫でようと手を伸ばした瞬間、チカムが思い切り指に噛みついた。とは言っても、子供の噛みつきだ。
せいぜい指に歯形を付けて、血が滲む程度しか出来なかった。
しかし、男を逆上させるには十分な攻撃だった。
「ぐぁ! このガキ!」
男が思い切りチカムを地面に投げつけると、チカムの金髪がブチブチと音を立てて引きちぎられる。
チカムは地面に叩きつけられ、2〜3回バウンドして転がり頭から血を流していた。
「ヒトが優しくしてやりゃ、図にのりやがって」
男はチカムの耳を掴むと、グッタリとしたチカムを持ち上げ着ていた服を破り、まだ未発達の胸が露わにされてしまった。
「……っ」
チカムはポロポロとなみだを零し、露わになった胸を隠そうとしていた。
「大人しくしな。 そうすりゃ、すぐに済むからよ」
男はチカムの頬を舐めると、卑下た笑みを浮かべていた。
「イヤ! 離して! ティア姉さま!!助けて!」
チカムは泣きながら叫ぶ事しかできなかった。
「うへへへ 叫んでもムダだ。ここには誰も居ねえんだからな」
「イヤーーーー!!」
男達がチカムを地面に寝かせ、覆い被さろうとした時だった。
「あたしの妹を汚い手で触るんじゃないよ!」
怒りの形相でティアが立っていた。
町に侵入した盗賊団討伐のためティア達は活動を開始した。その時、ティアはチカムの危機を知る。
次回 チカム救出
ぜひご覧ください
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