【32話】ルートハイム家
「んー、教会はどこかしら?」
町の中心部に着いたアネッサはオオカミゾンビを土に戻し歩いて教会を探していた。
まだ町の中心部まで盗賊団は来ていないようで、人々が慌てて避難した形跡が散見されていた。
「みんな避難しちゃってるからなぁ。 道を聞くにも誰も居ないし…」
アネッサはブツブツ言いながら、とりあえず教会らしき建物が見えないか高い場所へ移動してみた。
「あ! アレだ!」
アネッサがいる場所から、もう少し北へ進んだ所に教会のシンボルである『三つ目』の装飾が屋根近くに取り付けられている建物が見えた。
アネッサが教会へ向かうと、すでにたくさんの怪我人が運び込まれ治癒術師達が必死で治療を施していた。
しかし、治癒術師が10人に対して怪我人が次々と運び込まれいる為、応急処置しか出来ずに治癒を待つ怪我人で溢れかえっていた。
「やっぱり酷い状態ね…」
アネッサはひとつ溜め息を吐くと、治癒術師の1人に声を掛けた。
「わたしはアネッサ ルートハイム。治療の手伝いに来たわ。司祭さまはどこにいるの?」
「助かります。 司祭さまは向こうで重傷者の手当てをしています」
アネッサが声をかけた治癒術師は、怪我人の治癒を続けながら教会の奥を指差していた。
「ありがと。もう少しがんばって」
アネッサは治癒術師を励ますと、司祭が居るという教会の奥へ進む。奥に進めば進むほど重傷者が増え、まるで野戦病院のようだった。
教会の奥には必死に治療している男が数人おり、1人だけ立派な司祭服を着た男が、まわりの男達を指示しながら治療を行っていた。
「あなたが司祭さまですか?」
アネッサが立派な司祭服を着た男に声をかけると
「あぁ、そうだが。 申し訳ないが今は手が離せないんだ。後にしてくれないか?」
司祭はアネッサをチラッと見ただけで、そう言って治療を続けている。
「わたしはアネッサ ルートハイム。 わたしも治癒術師です。お手伝いに来ました」
司祭はアネッサの言葉にパァと顔を輝かせて振り向き、治療は継続しながらアネッサを歓迎していた。
「おお! それは助かります! ん?……ルートハイム? 今、ルートハイム… と、おっしゃいましたか?」
司祭は治癒の手を止めてアネッサを見る。
「はい。 わたしはアネッサ ルートハイム。治癒術師です」
アネッサがもう一度名乗ると
「ルートハイム家の方ですか!? こ… こんな所にまで来ていただけるとは!」
司祭は驚きと感激の顔でアネッサの手を握り締めると
「みんな! ルートハイム家の方が来てくださいました! もう、大丈夫ですよ!」
司祭は教会中に響き渡るほどの大声で、他の治癒術師や怪我人達にアネッサが来た事を知らせた。
「は? え? なに?」
アネッサが思わぬ展開に慌てていると、重傷者から順番にどんどん怪我人が連れてこられてきた。
「ルートハイムさま、よろしくお願いします!」
治癒術師達は重傷者をアネッサの前に連れてくると、怪我の程度が軽い者の治療にあたっていた。
「と… とにかく治癒が先ね…」
アネッサは気持ちを切り替え、連れてこられた重傷者の治癒を始めた。
アネッサが重傷者に手を当て呪文を唱えると、アネッサの手が淡く光りみるみる怪我が治っていく。
「おぉ… これがルートハイム家のチカラですか…」
司祭はアネッサの治癒を見て、感嘆の声を漏らす。
「えーと… 普通の治癒魔法ですが…?」
アネッサは次々と重傷者を治療していた。重傷者達はあっという間に怪我が治り、家族と抱き合って喜んでいた。
「ルートハイムさまは重傷者をお願いします。お手伝いにわたしの部下を2人置いておきますので、ビシビシ使って下さい。 わたし達は他の者と軽度の怪我人を中心に治療を行なってまいります」
司祭は、先程まで一緒に重傷者の治癒に当たっていた2人の男を置いて、軽傷者の治療と全体の指揮を始めていた。
アネッサは「今、やるべき事は治療!」と自分に言い聞かせ、自分の頬をパンっ!と叩いて気合いを入れると、赤くなった頬をジンジンと感じながら男達を見た。
「あなた達、名前は?」
「ポテカです」
「ナープールです」
男達は名乗り、アネッサに頭を下げる。
「ポテカとナープールね。 あなた達は怪我人の手当てをして、わたしの下に連れてきなさい。 その後はわたしに任せなさい」
「はいっ!!」
ポテカとナープールの手際は良く、運ばれてくる怪我人達を怪我の状態からすぐに治療が必要な者と、治療が必要だが少し待てる者、手当だけで治療は不要な者を素早く判断し、治療の優先順位が高い者をアネッサの下に運んできていた。
アネッサの治癒速度は凄まじく、司祭達が治療していた時の倍のスピードで治療が進んでいった。
更に凄い事にアネッサは斬り飛ばされた腕も、腕さえ持っていれば元通りに繋いでしまう事だった。
これを見たポテカとナープールは驚愕し
「ルートハイムさまの治癒魔法は、まさに奇跡の魔法でごさいますね!」
と、アネッサを褒め称えるばかりだった。
「そんな事いいから、早く怪我人を連れてきなさい!」
「も… 申し訳ありません!」
ポテカとナープールは慌てて怪我人の選別に戻ろうとした時、
「あ、それと月女族の子達が怪我人を連れて来るわ。あなた達、月女族の子は丁重に扱いなさいよ。司祭さまや、他の人達にもそう伝えなさい」
「月女族… ですか?」
ポテカが不思議そうにアネッサを見る。
「そう、月女族の子よ。わたしの娘達だからね。もし、娘達に何かあったら… 分かるわね?」
アネッサがリッチの固有スキル『恐怖のオーラ』を発動すると、青い目が赤く光り、悍ましいオーラがポテカとナープールを包み込む。
ポテカとナープールは青ざめた顔になりガタガタと震えだし、失禁してしまった。
「分かったら、早く行く!」
アネッサの声に、弾けるように反応したポテカとナープールは怪我人の処置と『アネッサの伝言』を伝える為、教会の中を走り回っていた。
(それにしても、ルートハイムの名を出しただけなのに… わたしの子孫は一体何をしたのかしら?)
300年間、ハーゼ村で『引きこもっていた』アネッサには『今のルートハイム家』の状況を知る術もなかった… と、言うより『知ろうともしなかった』。
だが、『引きこもりをやめた』アネッサは、『今のルートハイム家』に興味が湧いてきていたのだった。
メルギドの町で怪我人の救出活動をしていたチカム達に魔の手が忍び寄る
次回 怒り
ぜひご覧ください
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