【29話】月女族の目覚め
悪魔の本が斬られ燃え尽きると同時に、村人達は悪魔の本から出た光りに包まれていた。やがて光りは村人達の体に吸い込まれてるようにして消えてしまった。
「なに? このチカラ…? 体の奥から湧き上がるような…?」
ティアは立ち上がり、両手をグーパーしながら見つめている。他の村人達も同じ感覚らしく、自分の体を不思議そうに確かめていた。
「お主ら、大丈夫か?」
ノブナガが心配そうに村人達を見ていると、
「うん、大丈夫みたい。それより、なんだろう?なんか、今なら誰にも負けない… そんな気がする…」
ティアは腕をグルグル回したり、ぴょんぴょん跳ねたりして身体の調子を確かめていた。
「それは月女族の本来のチカラが戻ったのかもしれません」
アネッサはそう言いながら近づいて来た。ノブナガ達が振り向くと、アネッサは何か付き物が取れたかのように清々しい顔で立っていた。
「アネッサさん、それは一体どういう事ですか?」
イルージュの問いにアネッサは
「あの悪魔の本はリヌの身体を奪う為に、紫水晶を介して生命力を吸収していました。それと殺されたハーゼ村の方達の生命力や魔力も溜め込んでいたのです。 今回、悪魔の本はノブナガさんによって消滅しました。その際、今まで溜めてきた生命力や魔力がハーゼ村の皆さんに返っていったのです」
アネッサが説明するとティアは
「つまり、あたし達の先祖代々のチカラが身体に戻ってきた… という事?」
「はい、その通りです」
アネッサは静かに答える。
「なるほど…」
ティアは右手の掌を見ながら集中すると、『ボッ』と音を立てて拳大の火の玉が現れた。
「おぉ!!」
ノブナガとミツヒデが驚いて見入っていると、村人達は次々と立ち上がり『火の玉』や『火の矢』、『火のムチ』などを発現させていた。
「ノブナガ、あたし達、チカラが戻ったみたい」
ティアはニカっと笑い、手の平の火の玉を握り潰して消滅させた。
「それが、月女族の力か… それにしても、見た目は変わらんのじゃな」
ノブナガの言葉に、ティアは自分の体を見回し
「そうみたい」
とだけ言って、笑っていた。
「ところでアネッサ。 お主、なんか雰囲気が変わったの?」
ノブナガは振り向いてアネッサを見ると、アネッサは俯いていた。
「わたしは、何故、あのような本に魅入っていたのか… 自分でもわかりません」
アネッサは俯き小声で話すと、顔を上げ村人達を見て言葉を続けた。
「わたしは、あなた達にとんでもない… 償いきれない罪を犯してしまいました。 謝って済む事ではありませんが… 改めてお詫びします。 本当に申し訳ありませんでした」
アネッサは深く頭を下げて、村人達に詫びていた。
「アネッサさん、先程も申しましたが月女族はあなたを許します。 そもそも、これまで起きたことは、あの悪魔の本の呪いだったのです。 そして、あなたも呪われていた。そうでしょ?」
イルージュがアネッサの前に立ち、そう言うと微笑んでいた。
「ありがとう…」
アネッサはただ深く、とても深く頭を下げるしかできなかった。
「ほら!巫女さま! そんな事よりあたし達を見て下さい! あたし達、月女族はチカラを取り戻したんですよ! あの悪魔の本が言ってた。あたし達のチカラが衰えるのは必然だった。でも、巫女さまがこの村に来て… まぁ、いろいろあったけど… 結果的には『ご先祖さまのチカラ』を『今のあたし達』に運んでくれたんだよ!!」
ティアはニコニコしながら、アネッサの手を握りしめブンブンと振っていた。
「そうね。ティアの言う通りです。 アネッサさんは、ご先祖の願い通り『月女族のチカラ』を取り戻してくれた。 お礼を言うのはわたし達の方ですね。 月女族を代表して、お礼を言わせて頂きます」
イルージュはアネッサにお礼を言うと、はしゃぐティアと、少し戸惑っているアネッサを微笑ましく見ていた。
アネッサは微笑み、ノブナガやミツヒデ、村人達を見ると
「わたしは、リヌを生き返らせるために、今まで生きてきました… 『生きて』とは少し違いましたけど… でも、そのリヌは『ヒトとしての死』を望んでいました…」
アネッサは少し寂しそうに微笑むと言葉を続けた。
「わたしには… 『生きる目的』が無くなった。 でも、わたしは『リッチ』。死ぬ事すらできません…」
アネッサは俯き、声はどんどん小さくなって最後は消え入りそうな声になっていた。
「巫女さま…」
村人達が何も言えずにいた時、アネッサはノブナガを見て口を開いた。
「ノブナガさん、あなたの『成すべき事』とはなんですか?」
「天下布武じゃ」
ノブナガは刀に腕を置いて胸を張り答え、ふんっと鼻から息を吐いた。
「てんかふぶ?」
アネッサやティア、村人達が初めて聞く言葉に戸惑っていると、ミツヒデが一歩前に出て話しだした。
「天下布武とはこの世から武を… つまり戦をなくすという意味なのです。つまりノブナガさまは、民に泰平の世を謳歌して欲しいとお考えなのです」
ミツヒデの言葉にアネッサやティア、村人達は感嘆の声をあげノブナガを見ていた。
「そうじゃ、ワシが少し見ただけでも、月女族は虐げられておった。ティアの話しでは国同士も戦を続けておるという。 ワシは天下を統一し泰平の世を作る。それがワシの『成すべき事』じゃ」
ノブナガは、それに…と言葉を続けた。
「この世には様々な種族がおる。ヒトや獣人、生ける屍… みなが笑い合う世は楽しいと思わんか?」
ノブナガがニカッと笑うと
「ちょっと! 生ける屍って、まさかわたしの事じゃないよね?」
アネッサがノブナガを睨むと
「ん? お主、生ける屍であろう?」
「ちっがうわよ!! わたしは『リッチ』!ゾンビみたいに言わないで欲しいわ!」
「えええ? ち… 違うのか? そ…それは悪かった…」
ノブナガはアネッサの剣幕にタジダジになりながら、ミツヒデに小声で
「ゾンビってなんじゃ? 何か違うのか?」
「わ… わかりませぬ… しかし、あの剣幕。よほど一緒にされたくないモノなのでしょう」
「そ… そうじゃな。 どこの世でも女は怖いもんじゃな…」
「まことでございますな…」
「ところでアネッサってこんな感じじゃったか?」
「いや、もっとお淑やかというか…」
「よの? アレは… 呪いのせいじゃったのか?」
「そうかもしれませんな。 いまのアネッサ殿は『お淑やか』とは無縁。 今のアネッサ殿が本来の姿だったのかもしれませんな」
「むぅ、あの本め。 余計な呪いまで解きおって…」
ノブナガとミツヒデがコソコソとやり取りしていると
「ちょっと! 何コソコソ言ってるの!」
アネッサが更に怒り出した。
「いや! すまぬ!何でもないんじゃー!」
ノブナガとミツヒデは、アネッサから逃げ出すように外に飛び出し、アネッサが「こらー!待ちなさい!」と追いかける。
ティアとイルージュは顔を見合わせると
「ぷっ」
と、吹き出し笑いながら外に出てきた。その時だった。
「母さま、何か聞こえる!」
ティアの耳がピクピクと動き音を拾う。イルージュも耳を動かして音を拾うと、
「悲鳴…? 子供の泣き叫ぶ声だわ! 母さま!メルギドの町から聞こえる!」
ティアは叫び、メルギドの町の方を睨むように見ていた。
メルギドの異変を感じ取ったティアは、メルギドのヒトを助けると叫ぶが…
次回 誇り
ぜひご覧ください
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