【28話】悪魔の本
砂になったリヌの前でアネッサは呆然としていた。
村人達も目の前で起きた事に、ただ呆然と見つめている事しかできなかった。
「アネッサ殿…」
ミツヒデがアネッサの肩に手を置き声をかけると、アネッサはぼんやりとミツヒデの顔を見るだけだった。
「お主、リヌが言っていた『悪魔の本』とやらはどこにある?」
ノブナガがアネッサに問いかけると、アネッサはモソモソと懐から小さな手帳を取り出した。
それは手にすっぽりと収まるくらいの大きさでありながら、キチンと製本された黒い本だった。
表紙には幾何学的な模様が書かれており中央に六芒星が描かれ、六芒星の中心には『閉じた目』のような模様が書かれていた。
「それが、悪魔の本… か」
ノブナガの問いにアネッサは頷くだけで、何も話さなかった。
ノブナガが悪魔の本に手を伸ばそうとした時だった。
六芒星の中心の『閉じた目』がギョロリと開き、辺りをキョロキョロと見るように目玉が動きだした。
アネッサが驚き本から手を離してしまうと、悪魔の本はフワリと空中に浮かび、地を這うような恐ろしい声が部屋に響いた。
「もう少しだったのに… あのクソガキ、ガキのクセに強情なヤツめ…」
「本が! しゃべった!?」
村人達は腰を抜かし、その場にへたり込んでしまった。イルージュとティアは村人の前に立ち悪魔の本を警戒し、アネッサは後退りし、悪魔の本から距離を取ることで精一杯のようだった。
「なんじゃ!? 物の怪の類か?」
ノブナガとミツヒデが抜刀し、臨戦態勢に入ると
「ノブナガ! お前のせいでわたしの身体が無くなってしまったじゃないか! クソっ! あれだけの生命力を集めるのにどれだけ苦労したと思っているんだ!」
悪魔の本はどこからか声を出し、ノブナガを非難し始めた。
「これが悪魔の本… なるほど、アネッサも呪われていたはずじゃ。 正気ならこんな不気味な本を持っていたいなどと思うはずがない」
ノブナガはチラッとアネッサを見ると、すぐに悪魔の本に向き直り刀を構えた。
「ちっ。 お前もさっさと生命力を集めりゃいいものを… 何が『ヒトを死なせるかも?』だ。誰が死のうが、何が起きようが、お前はお前の欲望のためだけに働けばよかったのだ! そうすれば300年も待たなくてすんだというのに…」
悪魔の本はアネッサの前でフワフワと浮かびながら、ブチブチと文句を言っていた。
「わ… わたしは! 誰かを殺してまで生命力を集めたいとは思わない!」
アネッサが反論すると
「それが甘いんだよ。 己の欲望には素直に従えばいいんだ。 実際そうしてきただろう? お前のせいで月女族はたくさん死んだ。 だったら遠慮なんかせずに、どんどん生命力を集めてりゃよかったんだ! そうすれば、こんな邪魔は入らなかったというのに…」
「そ… そんな…」
アネッサは両手で自分の身体を抱きしめ、ガタガタと震え出した。
「アネッサさんは、あんたみたいなクズとは違うのよ!」
ティアが悪魔の本を指差して叫ぶと
「うるせえウサギだな。 くそっ もっと強い呪いをかけて全滅させてやればよかった…」
悪魔の本がボソリとつぶやく。
「強い呪い? どういう事? あなた、わたし達に何をしたの!?」
イルージュがティアを押しのけて叫んだ。
「はぁ? おかしいとは思わなかったのか? お前達はヒト種族と友好的な関係を築いていた。しかし、ある時を境にヒトがお前達を虐げ、更に殺し始めただろう?」
悪魔の本は、「くっくっくっ」と笑いながら話しだした。
「そんな… まさか…」
イルージュは愕然とし、ワナワナと手が震えていた。
「あぁ、そのまさかだ。ヒトがお前達を見ると嫌悪するように呪いをかけたのさ。 お前達がゴキブリを殺すのと同じ感覚だ。ヒトはお前達の存在が許せないようにしたのさ。 ちょうど獣人よりヒトが優れているとかなんとか… そんな事を言い出してたからな。ちょっとオレが手を貸してやったのさ」
くけけけけと、悪魔の本は優越感に浸りしゃべり続ける。
「な… なぜそんな事を!?」
「この女だよ! 生命力をこの女に集めさせていたんだが… この女はチマチマチマチマ…と、なかなか集めやがらねぇ。 オレは生きている者から生命力を集める事ができないが、死体からは生命力も魔力も奪える。 だが、普通に死んだら生命力も魔力も使い切ってるんだ。でもな、誰かに殺されたら、どちらも使い切らないうちに死ぬんだ。 オレはその使い切れなかった生命力と魔力を頂いていたのさ」
悪魔の本は、自分の力を自慢するかのように楽しそうにペラペラと喋っていた。
「そ… それじゃ、わたし達の力が衰えていったのも、あなたのせいなの?」
イルージュが問いかけると
「ん? それはお前らの運命さ。 まぁ、生命力を奪っていたから多少は早く衰えたかもしれないが、遅かれ早かれ同じ事だ。 まぁ、そんな事はどうでもいい。ノブナガ! こいつらを殺せ!!」
悪魔の本が叫ぶと同時に禍々しいオーラが辺りを包み込んだ。
すると、ノブナガはさっきまでなんとも感じなかった月女族たちが、急に視界に入る事すら嫌になるほどの嫌悪感が溢れ出してきた。
「むぅ。なるほど、コレが『呪い』か」
ノブナガはイルージュ達を見ながら刀を一振りすると、キィンと空気を切り裂くような音が響いた。
「お前達の生命力もオレの足しにしてやる! さぁ!ノブナガ! 早く殺せ!」
悪魔の本はフワフワとノブナガの周りを飛びながら、「早く殺せ!」と連呼していた。
イルージュ達は一箇所に集まり、怯えながらノブナガを見ている。
ノブナガはニヤリと不敵な笑みを浮かべると
「ワシは、ワシが『成すべき事』を成すためだけに刀を振るう。 例えその相手が神だろうが、悪魔だろうがなっ!!」
と叫び、刀を薙ぎ払った。
「おおっと!危ない。お前、呪いが効かないのか?」
「いや? 効いてると思うぞ? じゃがな、そんなモノでワシの信念を曲げることなど出来ぬ」
ノブナガはカチャと音をたてて刀を構えた。
「ちぃ。 引き時か…」
悪魔の本はそうつぶやき、空中をフワフワと飛び部屋の出口の方へ移動を始めた。
「ミツヒデ! 逃すな!」
「はっ!」
ミツヒデは深く腰を沈めると、一気に床を蹴り悪魔の本との距離を一瞬で縮め刀を振り抜いた。
「ぐぎゃ!!」
刀は悪魔の本の下1/3を斬り飛ばし、本からボタボタと血が流れ落ちる。
「ぬぅおぉぉらぁぁ!!」
ミツヒデの背後から飛び出したノブナガが上段から刀を振り下ろすと、悪魔の本を『目玉』ごと真っ二つに斬った。
「ゔぁぎゃぁぁぁぁあああ」
悪魔の本は断末魔をあげながら燃え尽きてしまった。
悪魔の本が燃え尽きると同時に、たくさんの光りが本から飛び出し村人達を包み込んだ。
「きゃあ!!」
「なに? なんなの?」
村人達は光に包まれながらパニックに陥るが、しばらくすると光は村人達の身体に吸い込まれるようにして消えてしまった。
「なんじゃ? なにが起きた?」
「わかりませぬ… いったい何が?」
ノブナガとミツヒデも村人達を見守るしか出来ずにいた。
悪魔の本から溢れた光に包まれたティア達と、想いを語るノブナガ。
次回 月女族の目覚め
ぜひご覧ください
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