【27話】呪われた者達
「ミツヒデ、この世界の魔法というモノはスゴいモノじゃな。 ワシは初めて鉄砲を見た時よりも興奮しておるぞ」
ノブナガは子供よのうな(実際、見た目は子供なのだが)目でアネッサの動きを見ていた。
「左様でございますな。 わたしもこれ程、興奮したのは初陣の時以来でございます」
ミツヒデもかなり興奮しているようで、アネッサに釘付けだった。
アネッサが紫水晶を掲げて呪文を唱え、しばらくするとリヌの身体が淡く光り、少しだけ浮きあがった。
「おぉ…」
ノブナガとミツヒデは感嘆の声が少し漏れたが、なんとか押し殺し静かに様子をみていた。
アネッサの呪文はとても長く、まるで聞き慣れないお経を聞いているかのような感覚だったが、目の前でリヌが淡く光り、身体が浮き上がっている事もあり、ノブナガの興味は削がれる事なくずっと見ていることが出来た。
しばらくするとアネッサは紫水晶をリヌの胸の上にそっと置き、今度は跪いて祈るように呪文を唱え続ける。すると、紫水晶はだんだんと紅く色を変えていった。
アネッサの額には汗が浮かび、かなりの体力と魔力を使っているのが伺えていた。
紫水晶はやがて紅い水晶となりリヌの胸にゆっくりと沈んでいき、ちょうど水晶の半分がリヌの胸の中央にめり込んだような形で止まった。
アネッサは更に集中し、呪文を唱え続けていた。
紅水晶はリヌの胸との境目付近に、血管のようなスジが浮かび上がり完全にリヌの身体と一体化したようだった。
それを確認したアネッサは呪文を唱えるのをやめ、リヌの様子を伺う。
リヌの身体は光りが消え、まるで羽が地面に落ちるようにフワリと地面に降りた。
「リヌ…? リヌ…?」
アネッサは静かに呼びかけ続ける。
「魔法は成功したのか?」
ノブナガとミツヒデ、ハーぜ村の人々は固唾を飲んでアネッサとリヌを見ていた。
「リヌ? お願い、起きて…」
アネッサが何度も呼びかけていると、リヌはゆっくりと瞼を開け、ぼんやりと天井を見ていた。
「リヌ!!」
アネッサは何度も何度も名前を呼び、リヌを抱きしめて泣いていた。
「い… 生き返った!! 生き返ったぁ!!!」
村人達も、まるで我が子が生き返ったかのように喜び歓喜の声をあげていた。
「おお!! 本当に生き返ったぞ!」
ノブナガとミツヒデも立ち上がり声をあげ喜んでいた。
「巫女さま… いえ、アネッサさん。 よかった… 本当によかったです」
イルージュはもらい泣きしながら、アネッサに声をかける。
「イルージュさん… ありがとう… みなさん、本当にありがとう…」
アネッサは村人達に頭を下げ、喜びを分かち合っていた。
「お… かあ… さん…」
リヌはアネッサを見ると、小さな声でアネッサを呼んだ。
「リヌ!! あぁ、リヌ! わたしの愛するリヌ!やっと… やっと、あなたを助ける事ができたわ」
アネッサはリヌの両頬を手で抑え、おでこをリヌのおでこに擦り付けていた。
「おかあさん…」
「リヌ! あぁ!リヌ!!」
「お母さん! なんて事をしたんだ!!」
突然、リヌは怒声をあげ5歳児とは思えない力でアネッサを弾き飛ばした。
「え!? リヌ?」
アネッサは床に尻もちをつき、リヌの顔を見上げていた。
「お母さん。 どうしてボクを悪魔に売ったの? ボクは悪魔になんてなりたくない…」
リヌは寂しさと怒りと悲しさを混ぜたような顔でアネッサを見つめていた。
「な… 何を言っているの? リヌ、わたしはあなたを生き返らせたい。 あなたが歩むはずだった人生を歩ませてあげたい。 ただ、それだけで…」
アネッサは何が起きているのか、全く理解できずにオロオロしながら話していた。
「おじいちゃんも、おばあちゃんも言ってたじゃないか! あの本は『悪魔の本』だって! お母さんは、『悪魔の本』に呪われていたんだよ! だから、おじいちゃん達は必死でお母さんを止めて、本を焼こうとしていたじゃないか! なのに… お母さんは『悪魔の本』とボクを連れて飛び出してしまった…」
「え? 悪魔の本? 呪われていた?」
アネッサは混乱するばかりで、立ち上がる事すらできなかった。
「早く、この紅水晶を外して! ボクを悪魔にしないで!」
「そ… そんな事… ソレを外したらリヌは死んでしまう… それに外す方法なんて、お母さんは知らない…」
「早く!! ぐぁ!!」
リヌは急に苦しみだし、紅水晶を押さえながら激しく嘔吐した。
「リヌ!!」
アネッサは名前を叫ぶ事しか出来ず、狼狽えていた。
「あぁ、早く… 誰でもいい。 早くこの紅水晶を… ボクは悪魔になんて… なりたく… ない…」
リヌが苦しそうに訴えていると、紅水晶が一度だけ強く鼓動を打った。
「ぐぁぁぁぁぁ!」
リヌの全身に血管が浮かび、白く美しい肌が赤黒く変色し始めた。
「アネッサ殿!! どうにか出来ないのですか!?」
ミツヒデが叫ぶが、アネッサは狼狽ながら頭を横に振るしかできなかった。
「致し方あるまい…」
ノブナガは抜刀し、紅水晶に狙いをつける。
「リヌ、紅水晶を外す事はできん。 破壊するがよいか?」
ノブナガがリヌに話しかけると
「お願いします。 ボクはヒトとして死にたい。 悪魔になんてなりたくない…」
リヌは両手を広げ、紅水晶を狙いやすくノブナガに見せた。
「うむ、わかった。 お主の母の事は任せて、安心して逝くがよい」
「ありがとう。お兄さん。 最後に名前だけ教えてくれないかな?」
「ワシはノブナガ。 第六天魔王ノブナガじゃ」
ノブナガはそう名乗り、紅水晶に突きを放った。刀は紅水晶の中心を貫き、少し遅れて紅水晶は粉々に砕け散った。
「ありがとう… ノブナガ…」
リヌは安らかな顔に戻り、涙を流していた。
「リヌ…」
アネッサはヨタヨタとリヌに近づいて、抱きしめていた。
「お母さん、例え見えなくてもボクはずっとお母さんと一緒にいるよ。 お母さん、ボクのお母さん…」
リヌはアネッサに抱きつき、アネッサの胸に顔を埋めていた。
「リヌ… ごめんね… ダメなお母さんで、ごめんね…」
「ううん。お母さんがボクを愛してくれていたのは分かっているよ。 だから、ボクの分も生きて。ボクが歩くはずだった人生を、お母さんが歩いて。ボクは、お母さんの中から見ているから…」
リヌの身体は足から崩れるように、砂に変わり始めていた。
「リヌ! ダメ!お願い!逝かないで!」
アネッサはリヌの身体を抱きしめて叫ぶが、リヌの身体の砂を止める事は出来なかった。
「お母さん、今までありがとう。 ボクの大好きなお母さん。 ありがとう…」
リヌの身体は砂となり、崩れてしまった。
「リヌーーーー!!!」
アネッサの声だけが部屋に響いていた。
リヌを失い呆然とするアネッサの前に現れた悪魔の本。悪魔の本が語る真実とは
次回 悪魔の本
ぜひご覧ください
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