【26話】月女族の誇り
イルージュが黙って村人達を見ていると、声をあげる村人達は、やがてイルージュの言葉を待つように静かになってしまった。
「族長…」
ティアが呟くように、イルージュを『月女族の族長』と… 『母さま』ではなく『族長』と呼ぶ。
イルージュは、ふと微笑みティアを見て、村人達の顔を順番に見ていた。
「わたしは、月女族 族長として誇りに思います。 わたし達、月女族は誇り高く、優しく… ううん、優しすぎるほど優しく、そして美しい。 あなた達は、やはり月女族です! 許しましょう。アネッサさん、わたし達、月女族はあなたを許します」
イルージュはアネッサを見つめるとニコっと微笑んだ。
「イルージュさん… でも、わたしはあなた達を騙し、300年も呪い続けていたのですよ?」
アネッサは驚いた顔でイルージュを見つめ、強張った表情のまま小さな声でつぶやくように聞いていた。
「そうですね。わたし達は確かに呪われていたのかもしれません。 でも、救われてもいたのです」
イルージュは話しを続けた。
「300年前、わたし達の先祖は力が衰えてきたことに怯えていました。 そこに現れたアネッサさんを神の使いとでも思ったのでしょう。結果的には、アネッサさんはわたし達から生命力を奪っていましたが、わたし達の力が衰えたのと、生命力を奪われていた事と関係があるのでしょうか? わたしにはわかりません」
イルージュは、そう言って器用に肩を竦めて笑っていた。
「わたし達の力が衰えるのは、運命だったのでしょう。 アネッサさんが現れても、現れなくても結果は同じだったのだと思うのです。 それよりも、わたしは思うのです。 力が衰え、ヒトに虐げられても、わたし達は前を向いて生きてきました。 それは巫女さまが居たからなのです。巫女さまが、例え偽りだったとしても『わたし達の為』に、300年も舞ってくれたのです。 それが、わたし達にはかけがえの無い心の支えだったのです」
イルージュはニコッと微笑んでアネッサを見つめていた。
アネッサはしばらく固まっていたが、許された事を理解すると号泣し、イルージュは優しくアネッサを抱きしめていた。
「お主ら、本当にそれでよいのか?」
ノブナガはイルージュと村人達に問いかけた。ノブナガは不思議だったのだ。月女族は自分達だけでなく、自分の親や祖母、その前の先祖代々から騙されていたのだ。例え、それが月女族にとっては心の支えだったとしてもだ。
こんなふうに何でも受け入れてしまう月女族だから、これまでヒトに虐げられていたのではないだろうか?
それは『優しさ』ではなく、『愚かさ』ではないのだろうか?ノブナガはそう思わずにはいられず、質問したのだった。
「ノブナガさまから見れば、わたし達は愚かに見えるかもしれませんね。 でも、それが月女族なのです。子供を守る、誰かを守る。 わたし達の先祖は『守る』為に力を使ってきたのです。決して私利私欲の為ではありませんでした。それがわたし達、月女族の誇りなのです」
イルージュは胸を張って応えていた。それはまさしく誇り高き月女族の姿だった。
「ワシはつまらない事を言ってしまったようじゃ。 すまなかった」
ノブナガは頭を下げると、アネッサを見て
「お主、よい仲間に巡り会えたようじゃな」
そう言って微笑んだ。
「仲間なんて… わたしは…」
アネッサが俯いていると、ティアがアネッサの肩に手を置き
「巫女さま、母さまも言ったように、わたし達の力が衰えたのは運命だったのですよ。 えーっと、『ぎょーじゃひっ ひっ?…なんとか』ってヤツですよ!」
「盛者必衰の理… じゃ」
「そう! それ!!そのじょーしゃ…なんとかなのです!」
ティアは頭を掻きながら、あははははと笑って誤魔化していた。
「盛者必衰…? なんですか?それは?」
アネッサは不思議そうにノブナガを見る。
「うむ。ひとたび勢いが盛んとなった者でも、いつかは必ず衰え滅びる時が来るという意味じゃ。 月女族も同じじゃ。 強靭な身体と火の魔法で栄えていたようじゃが、それは永遠には続かぬ。 ヒトも然り。ひとたび生を受けたなら、必ず死ぬ。それが定めじゃ」
「ノブナガさんは、まだ子供なのに… ものすごく人生経験が豊富な感じがしますね…」
アネッサもイルージュも感心して、ノブナガを見ていた。
「ワ… ワシは子供ではない! 大人じゃ!」
ノブナガが声をあげると
「はいはい、ごめんなさいね。 巫女さま、母さま、ノブナガは子供扱いされるのがキライみたいなのよ」
ティアは、ふふふと笑いながらノブナガの頭を撫でていた。
「ちっ、触るな!」
「あらあら、怖い怖い。ごめんなさいね」
ティアは手を引っ込めると、くくくと笑って離れていった。
「むう。 ん? ところでアネッサ。お主の息子リヌを生き返らせる生命力は集まったのか?」
「はい… 実は、先日、生命力が集まったところなのです」
アネッサは紫水晶を見ながら答えた。
「まぁ! それじゃ、リヌくんは生き返る事ができるのですね?」
イルージュは、パァっと顔を綻ばせると
「ええ。まぁ… 」
と、アネッサは歯切れ悪く答える。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ… いいのですか?」
アネッサが上目遣いでイルージュを見つめると
「もちろんです。 その生命力は先祖代々、わたし達から集めたモノですよね? その生命力でリヌくんが生き返るなら、それほど嬉しいことはありません。 遂に、わたし達、月女族は死んだ子供さえ助けてしまうのですから」
イルージュはパンっと手を叩いて喜び、村人達もうんうんと頷いていた。
「ワシも興味がある。本当に死人が生き返るのか? 一度、生を受けたなら死ぬ定め… それが覆るなど、それほど面白い事はあるまい」
ノブナガもミツヒデも興味津々といった様子だった。
「ありがとうございます。 それでは、ありがたくこの生命力を使わせて頂きます」
アネッサは深々とお辞儀をすると舞台の上の紫水晶を取り、上半身を裸にしたリヌの前に立つと紫水晶を掲げて呪文を唱え始めた。
イルージュに許されたアネッサは、遂に息子リヌに蘇生に成功する。しかし…
次回 呪われた者達
ぜひご覧ください
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