【24話】巫女の過去
巫女は舞台で寝かせたままの息子『リヌ』を大切そうに抱き上げ連れて来ると、ひざ枕で床に寝かせた。
「わたしはアネッサ ルートハイム。ルートハイム家は代々、アクスムーン法王国の町の教会で人々の幸せを祈っていました」
アネッサはリヌの額を撫でながら静かに話し出した。
◇◇◇◇
300年以上前。
わたしはルートハイム家の長女として産まれました。わたしには兄と弟がいて、裕福ではありませんが家族5人で幸せに暮らしていました。
ルートハイム家の主人は代々、教会で司祭を勤めており、長女として産まれたわたしは幼い頃から巫女として教育され、人々の為に舞う毎日でした。
わたしも年頃になり、父である司祭の勧めもあって隣町の教会で働く男性と結婚し、一人息子リヌを授かりました。
夫はとても真面目で教会のため、町の人々のために毎日働いていました。わたし達はとても幸せな家族だったのです。
そんなある年、日照りが続き作物は枯れ、人々は食べる物が無くなりどんどん痩せていきました。
夫は毎日、雨乞いをし、わたしは舞ってロアさまへ雨を降らせて欲しいと祈り続けていました。
しかし雨は降る気配もなく、人々は痩せていく一方だったのです。そんなある日の事でした。町で流行病が発生したのです。
病は容赦なく人々を襲い、痩せこけた人々はバタバタと死んでいきました。
わたし達は必死で、人々に治癒魔法をかけ続けました…
しかし、食べる物がなく体力が落ちたわたし達では流行病を抑える程の力がありませんでした。
やがて流行病は夫と一人息子のリヌも襲ったのです。
治癒魔法を使い続け疲弊していた夫は、あっけなく亡くなってしまいました。
わたしは何度も何度もリヌに治癒魔法をかけましたが、わたしの治癒魔法より流行病の方が強かったのです。
数日後、リヌは息を引き取り帰らぬ人となってしまいました。
その後も流行病は猛威をふるい続けましたが、町の半分の人々が亡くなったころ、ようやく落ち着いてきたのです。
わたしは神を、ロア・マナフさまを呪いました。
どんなに祈っても、どんなに舞ってもロア・マナフさまはわたし達を助けてはくれませんでした。
それでもわたしは巫女。人々のために祈りを捧げるため舞わなければなりませんでした。
ある日、わたしは教会の書物を整理していました。
そして見つけてしまったのです。
『死者を生き返らせる魔法』を!
わたしは、これは運命だと感じました。神はわたし達を救ってはくれない。なら、わたしがリヌを救う。
わたしがリヌを生き返らせ、本来歩むはずだった人生をリヌに歩ませてあげる。
しかし、その魔法は神の意志に反する魔法であるため、父や母に相談もできなかったのです。
わたしは必死で勉強しましたが、とても難しく理解するだけでもかなりの時間が必要でした。
「ヒトであるわたしには限られた時間しかない…」
わたしはヒトを辞める決意をしました。
そして、わたしはリッチになったのです。
当然、父と母はリッチになったわたしを許してはくれませんでした。わたしはリヌを連れて家を飛び出しました。
リッチになったわたしは、あの難しく感じていた魔法の本を理解出来る様になり、リヌの体を綺麗なまま維持できるようになりました。
わたしはしばらく身を隠し『死者を生き返らせる魔法』を勉強し、この魔法を使うには大量の生命力が必要な事がわかったのです。
『生命力』を集めるということは、その相手は死ぬかもしれない。
わたしはとても恐ろしくなり、どうすればいいのか分からなくなりました。
そんな時、風の噂でアクロチェア王国には生命力が溢れ、強靭な身体と火の魔法を使う一族がいると聞いたのです。
わたしは考えました。
か弱いヒトから生命力を集めると、そのヒトは死ぬかもしれない。
でも、生命力溢れるその一族からなら、少しずつ時間をかけて集めれば、その一族は死なないのではないか?
溢れるほどの生命力なら、少しくらい貰っても平気なんじゃないか?
一度そう考えてしまうと、もうそれ以外に考えれなくなっていました。
わたしはその一族が住むというアクロチェア王国を目指して歩き続けました。
そして、300年前、ハーゼ村にやってきたのです。
ハーゼ村に着いたわたしは、なぜか初めてあったハーゼ村の人々に歓迎されました。
「数年前から、あたし達、月女族の力が弱まっているのです。 あたし達は戦闘部族で、神に祈る術を持ちません。 巫女さま、どうかわたし達の為に舞って頂けないでしょうか」
当時のハーゼ村の村長はそう言って、わたしを村に置いてくれるようになりました。
わたしは、ロア・マナフさまの為にと偽り、ハーゼ村の人々から少しずつ生命力を集め始めました。
村人全員で祈りを捧げる… と、理由をつけて村人を集め、全員から少しずつ… 少しずつ、生命力を貰い続けました。
月女族の力は、長い時間をかけて少しずつ、ほんの少しずつ衰えていきました。
やがてハーゼ村の人々は代が変わり、いつしか強靭だった身体はヒトよりも弱くなり、火魔法は指先に小さな炎を灯す程度しか使えなくなったのです…
それでも、わたしは少しずつ生命力を貰い続け、紫水晶に溜めてきたのです。
◇◇◇◇
アネッサは一気に話すと、ふぅと息を吐きイルージュの方を向いた。
「わたしは、わたしの欲望の為だけにみなさんの生命力を奪い続けていました。 そのせいでみなさんは力を失い、ヒトから理不尽な暴力を受け、虐げられてきたのです…」
アネッサはそっとリヌの頭を下ろすと、イルージュに深く頭を下げた。
「わたしがしてきたことは、とても許せることではありません。 でも、どうしてもリヌを助けたかったのです…」
アネッサは頭を下げたまま、言葉を続けていた。
部屋を沈黙が支配し、舞台では天窓から差す月明かりが、紫水晶を優しく照らしていた。
イルージュから語られる巫女の過去。それを聞いた村人達は…
次回 糾弾
ぜひご覧ください
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