【2話】信長の決断
控えの部屋から現れた女の額には、宝石の様に赤い3つ目の瞳が付いていた。
「貴様! 物の怪の類か!!」
柴田勝家が叫び、前田利家は槍を構えた。
「まてぇいっ!!」
信長の声で武将達は止まり、武器を納めると
「はぁ、怖かったです…」
ロアはヘラヘラしながら信長の横に、当たり前のようにちょこんと座った。
ロアはゴスロリ調の黒いワンピースを着ており、黒い髪は首辺りで切り揃えられていた。
瞳がルビーの様に赤く、三つ付いている以外は普通の人間と変わりは無かった。
「お… お館様… この者はいったい?」
前田利家がおずおずと尋ねると、
「この者はロア。 見た目通り…… 人外じゃ」
信長は、ふふんと鼻で笑いロアを武将達に紹介した。
「ちょっと、信長さぁん。 人外は酷いんじゃない?」
ロアは少し頬を膨らませて信長を睨んでいると
「貴様! お館様に向かって、なんだ!その態度はっ!」
今度は佐々成政が叫ぶと同時に、刀に手をかけた瞬間
「待てと言っておろうがっ! このバカ者が!」
「ぐはっ! も… 申し訳ありません…」
佐々成政は信長に2メートル程蹴り飛ばされ、床に転がるが体勢を整えて、両膝をついて頭を下げていた。
「信長さんも怖かったけど、この世界の武将って人達はみんな怖いねぇ」
ロアはヘラヘラしながら場の様子を見ていた。
信長は元の位置に座り直し、煙管を咥え肺いっぱいに煙を吸い込む。煙管の先では煙草がチリチリと赫くなっていた。
肺の中の煙を一気に吐き出すと、煙管を灰吹きにコンコンと叩き、灰を落とし一息ついた。
「さて、ロア。 皆に説明してやってくれるか?」
ロアは軽く頷き、武将達に向き合い話だした。
「改めまして、ボクはロア・マナフ。 この世界とは違う世界からやって来た、いわゆる異世界人ってやつだよ。 まぁ、ボクがいた世界の人達は、ボクを神とも呼ぶんだけどね」
「イセカイジン? 神?」
すでに武将達は混乱の渦に巻き込まれていた。
そんな武将達を無視して、ロアは話しを続ける。
「ボクの世界ではさまざまな人種や獣人、亜人などが多く住んでいるんだ。 彼らはお互いに協力したり、争ったりして、均衡を保ちながら生活している。 ある時、ボクはぼんやりといろいろな世界を覗いていたんだ。そしたら、つまらなそうにしている信長さんを見つけたんだ。 だから、ボクは信長さんをボクの世界に招待しようって思ったのさ。 ボクの世界に新しい風を巻き起こしてくれそうな信長さんをねっ」
ロアは信長をチラチラと見ながら、武将達に説明した。
「お館様を、招待するとはどういう意味でごさるか?」
前田利家が質問すると
「異世界転生してもらうって事だよ」
ロアはニコニコしながら答えた。
「イセカイ テンセイ?」
ますます混乱する武将達を見て、信長が口を開いた。
「つまりワシはこの世を去り、ロアの世界へ行くというとこじゃ」
「この世を… 去る?」
佐々成政がつぶやくと
「うむ。 この世で成すべき事は、ほぼ終わった。ワシは新たな世界で成すべき事を成す。 そう決めたのじゃ」
「そ… それはつまり、お館様は死ぬおつもりでしょうか?」
佐々成政が、ワナワナを震えながら信長を見ると
「ふむ。 死ぬ…とは少し違うのか? いや、確かにこの世からは見ればワシは死ぬ事になるのか? だが、ワシはロアの世界で生きるのじゃ。死ぬわけではない」
信長は、わははははと豪快に笑っていた。
「お… お館様!! なればこの勝家もお供致します!!」
柴田勝家が一際大きな声で叫び、信長にグイグイと近寄っていた。
「ワシも!! この利家はお館様の行く所、何処までもお供致しますぞ!!」
柴田勝家と前田利家に続き、武将達はワシも!ワシも!と叫び信長に詰め寄っていた。
「ふむ、こうなるだろうと思っておった」
信長は詰め寄る武将達を抑え、元の位置に座らせた。
「まぁ、聞け。我らの悲願であるこの日の本に泰平の世に成す事。これはもう目前じゃ。今、ワシらが突然居なくなると、日の本はまた戦乱の世となり、民が苦しむことになる。ワシらは必ず悲願を成さねばならぬのだ」
信長はキッと武将達を睨みつけた。
「それとな、異世界とやらに行けるのはワシと、もう1人だけらしいのじゃ。 そこでワシは一興を講じたのじゃ。 先日、主らに文を送ったであろう。1番に馳せ参じた者をワシの供として連れて行き、2番目に着いた者にワシの後を継がせ、我らの悲願を成就させる事とした」
「なっ… 1番と2番とは…」
前田利家はワナワナと震えながら、自分が1番でも2番でもない事を悔やんでいた。
「うむ。 1番は光秀。 2番はサルじゃ」
信長は煙管で指しながら1番と2番を発表した。
「ははぁ! この光秀。どこまでもお供仕ります!」
光秀は深く頭を下げ、
「ワ… ワシはお館様のお供をしたかった。 じゃが、ワシはお館様の悲願である泰平の世を必ずや成就させてみせます!!」
秀吉は泣きながら深く、深く頭を下げていた。
「ふむ、サル。後は任せたぞ。 必ずや我らの悲願を成し遂げるのじゃ」
「ははぁ!!!」
羽柴秀吉は覚悟を決めた顔で信長を見つめていた。