【15話】和解
ニームが老夫婦を見送ってしばらくすると、次の面会者が獣人の兵と話をしている声が聞こえてきた。
「おで、姫とあう」
「事前のご連絡は頂きましたか?」
「おで、ラーさまに言った。おまえ、ラーさまから聞いた」
「ラーさま…?」
「ラーさま、おでの主人。ラーさま、おまえの主人」
「えっと… すいません。ラーさまとはいったいどちらさまでしょうか?」
「ラーさまはラーさま!!」
「ええい!! うるさい!!気になって見に来てみれば… だから、おまえひとりでは無理だといっただろう!!」
面会者と兵のやりとりを遮るように大声が響いた。
「ラーヴワスさま!!!」
兵の驚きの声が響くととも、ニームとサリアは外で何か起こっているのかすべて理解し、お互いの顔を見て苦笑いを浮かべていた。
「また、あのゴブリンさんですね」
ニームがサリアに話しかける。
「今日の兵はたしか新人さんでしたので、ゴブリンさんをご存じなかったのでしょう」
「まぁ、それは仕方のないことですね」
ニームとサリアはクスクスと笑っていた。
ラーヴワスについてきた魔物たちは、この国では魔族と呼ばれヒトと一緒にメルギドで暮らしていた。
魔族のほとんどはゴブリンで、中でも今、面会にきているゴブリンはヒトと関わることが好きなようだった。
そのゴブリンはとても賢く(自称)、数字を数えることや、ヒトと会話することで更なる知識を得て賢くなることに喜びを感じているようだった。
そう、彼はノブナガが洞窟で初めて会話した、あのゴブリンなのだ。
しばらくすると獣人の兵に連れられたゴブリンがひとりと、甕を小脇に抱えたまま爆発に巻き込まれて、赤い髪が大変なことになってしまったような女がやってきた。
「ラーヴワスさま、面会時間は15分でございます」
「あぁ、わかっている」
ラーヴワスは獣人の兵の言葉にヒラヒラと手を振って応える。
「ほれ、お姫さんと話してこい」
ラーヴワスに背中を押されたゴブリンは鉄格子の前に置いているイスの前に立つとニコっと微笑み、ニームに軽く頭を下げた。
「こんにちは。ゴブリンさん」
「姫さま、元気? おではいつも元気」
「ええ。とても元気ですよ」
ノブナガの命でメルギドにはゴブリンたち魔族も住んでしばらく経つが、一部のヒトや獣人、亜人はゴブリンと話しをすることに抵抗感を持っている者がいる。
そのような者と魔族が争うことはないが、あまり話しをすることもなくお互いに避けているのが事実だ。
だが、ニームはイヤな顔ひとつすることははく、先ほどの老夫婦と同じように接していた。
ゴブリンはこのニームの対応を喜び、数日に1回程度面会に来るのだ。
「今日、おでの宝もってきた。姫さま、見ろ」
「まぁ!ゴブリンさんの宝ですか? ぜひ見せてください」
ニームが満面の笑みで答えると、ゴブリンは嬉しそうに手に持っていた小さな袋に手を突っ込んで『宝』を取り出した。
「これ」
ゴブリンの手には、その辺に転がっている小さな丸い石が乗っていた。
「これがゴブリンさんの宝なのですね。小さな可愛い石ですね」
「これ、初めてラーさまに貰った石」
「まぁ!それは大切にしなきゃダメですね!」
ニームは手をパンっと叩き、嬉しそうに答えていた。
「ん?」
その声にラーヴワスは反応し、ゴブリンが持っている石を見る。
「おい、オレがこの石をお前にやったのか?」
「これ、ラーさまがくれた。おでの宝」
ラーヴワスが不思議そうにゴブリンに尋ねると、ゴブリンは嬉しそうに答える。
「むー。まったく記憶にないのだが…」
「ずっと前、洞窟にいた時、おで、ラーさま起こしにいった。そしたらコレ、投げてくれた。ここ、その時のキズ」
ゴブリンは自分の額を指さして見せる。
そこには目立たなくなっているが、確かにキズがあった。
「あぁ…」
ラーヴワスは思い出した。酒を飲んで気持ちよく寝ていたらゴブリンが起こしにきて、ムカついてその辺にあった石を投げたのだ。
(あの頃は、それでよくゴブリンが死んでいたが… こいつは生きていたんだな…)
ラーヴワスは遠い目で思い出してた。
ゴブリンが楽しそうに話しているのを見たラーヴワスは、「まぁ、いいか」と小さくつぶやき甕の中の酒をうまそうに飲み始める。
「おで、この石もらってから賢くなった」
ゴブリンは、ふふんっと得意げに鼻から息を吐き、軽く胸を張っていた。
「まぁ! そうなんですね!」
ニームが楽しそうに答え、ゴブリンが更に得意げになる。
そんな和やかな雰囲気のなか、ニームは真剣な顔になりラーヴワスに話しかけた。
「ラーヴワスさま」
「ん?」
ラーヴワスは、こんこんと湧き出る酒を汲む手を止めニームの方を向いた。
「ラーヴワスさまには王族として謝罪をさせていただきます。我ら王族の… しかも、王ともあろう者がラーヴワスさまを陥れ、更には長年、獣人のみなさまに酷い仕打ちを行っておりました。謝って済む問題ではないと承知しておりますが、どうか、謝罪させてください。」
ニームはイスの横に立つと、深く頭を下げ謝罪の意を示した。
ラーヴワスはしばらく黙ってニームを見つめると、まるで自分の感情を吐き出すように、口から深く息を吐き出して答えた。
「お姫さん、それは終わった話しだ。それに、それは初代アクロチェア王がしたこと。お姫さんには関係のない話だ」
ラーヴワスの言葉に、ニームは勢いよく顔を上げ答える。
「ですが! …我ら王族がラーヴワスさまをはじめ、獣人のみなさまに酷い仕打ちをしたことは事実。とても許されることではありません」
ラーヴワスは一呼吸おいて話し始める。
「そうだな。だからアクロチェア王国は滅び、王族はお姫さん、ただひとりとなってしまった」
「…はい。その通りです」
「だから、これで終わりだ。王族は十分な罰を受けた。そして、お姫さんはノブナガから王族という肩書をはく奪され、ただのヒトとなった。これで十分じゃないか」
ラーヴワスはニコっと笑うと、甕から酒を掬い、一気に飲み干す。
「っんはー! 酒がうめぇ!」
ラーヴワスはわざとらしく大きな声を出すと、ニームに酒が入った器を差し出し「呑め」と言って笑った。
「…はい。ありがとうございます」
ニームは少し戸惑い、涙をこぼし微笑むとラーヴワスの酒を飲み干した。
「お!いい呑みっぷりじゃねぇか」
ラーヴワスは楽しそうに笑い、ニームも嬉しそうに笑っていた。
「おでは?」
「お前のはねぇよ」
「おでも、吞んでみたい…」
「お前はダメだ。これはオレの酒だ」
「うう、ラーさまひどい…」
ゴブリンがいじけ、ラーヴワスとニームは笑っていた。
その時、牢に案内した獣人の兵が慌てた様子で走ってきた。
「何事だ?」
「はっ! ラーヴワスさま、至急、八角堂へお戻りください。ノブナガさまがお呼びです」
「ノブナガが? わかった」
「お姫さん、また今度な」
ラーヴワスはニームにそう告げると、手をヒラヒラと振りながら牢から出て行った。