【13話】沙汰
「面を上げよ」
ノブナガの少し低い声が静かに響く。
ひれ伏していたニーム、ハルマー、ギルエがゆっくりと顔を上げた。
両側にミツヒデやソレメル、ホニードなどノブナガの重臣たちが並んで座っており、ノブナガに近いほど地位が高くなっている事が一目で分かった。
一番奥の上段にはノブナガがいつものように片膝を立てて座っている。
ティアはノブナガの隣であるミツヒデの対面、つまりニームから一番遠い場所であり、側近としては最高の地位に座っていた。
「ティアさん… よかった」
ニームは小さな声で呟き、少しだけ表情が緩む。
ティアはニームの声に反応するように少しだけ微笑み、また険しい表情に戻った。
ニームはティアの無事を確認でき、改めてノブナガの重臣たちを見た。
そこにはロイヤルナイツであるミナスリートやリダ、モニカの姿もあった。
「っ!!」
ニームは驚きのあまり声も出ず目を見開くばかりであったが、となりのハルマーやギルエは怒りに身を震わせていた。
だが、それ以上の行動はしなかった。
ハルマーとギルエは分かっていたのだろう。
ここでミナスリートたちを責めたとしてもニームの立場を悪くするだけであり、そもそもこれからニームの命乞いをするハルマーやギルエにミナスリートたちを責める権利はない… と。
「それでは、ここにいる3名の沙汰を言い渡す」
ミツヒデは、ノブナガがニームたちを天主に呼んだ目的を述べた。
その声にニームが頭を下げ、静かに次の言葉を待とうとしていたその時、ハルマーが声を上げた。
「恐れながら!! ノブナガさま、お願いがございます!」
ハルマーはぐいっと半歩、前に進み深く頭を下げる。
「やめなさい!」
ニームがハルマーを制止しようするが、その隣でギルエもハルマーと同様に深く頭を下げて
「ノブナガさま!!どうか!我らの願いをお聞きください!」
と叫んだ。
「もっ!申し訳ありません!!」
ニームがノブナガに謝罪し、ハルマーとギルエを制止しようとしていた。
「なんじゃ。申してみよ」
ノブナガが静かに発言を許可すると、ハルマーは必死の形相で顔を上げ、再び深く頭を下げ叫ぶように懇願を始めた。
「ノブナガさま!我らの命はどうなろうと構いません!ですが、どうか!どうかニームさまのお命だけはお助けください。ニームさまはまだ12歳です。我々が我々の都合で連れ出していただけなのです。ニームさまは何も知らず、我々に連れまわされていただけなのです。どうか!ニームさまのお命だけは、なんとかお助けください!お願いします!!」
「ノブナガさま!どうか!! お願いします!」
ギルエはニームを庇うように前に出て、深く頭を下げ懇願していた。
「なるほど。ニーム殿は何も知らなかった… と」
ミツヒデが声をかけると、ハルマーとギルエは「その通りです!」と答える。
「ふたりともやめなさい!」
ニームはハルマーたちを制すると、ノブナガを正面にみて話した。
「ノブナガさま、わたしはアクロチェア王国の王族。歳など関係ありません。わたしは王族としての最後の務めを果たします。ただ、もし… もし願いが叶うならば、このふたりをそこにいるミナスリートのようにノブナガさまの下で使って頂ければ幸いでございます」
ニームは静かに話すと、ゆっくりと頭を下げた。
「ニームさま…」
ハルマーとギルエは言葉を失い、ただニームを見つめるしかできなかった。
「なるほどの」
ノブナガは顎をさすりながらニームたち3人を見る。
「ノブナガさま、いかがいたしましょうか?」
ミツヒデの問いに、ノブナガ「ふむ…」と答え、しばらく沈黙する。
すでにニームたち3人はティアの部下として本能寺を任されることは決まっていた。
だが、敢えてその答えを遅らせることでニームやハルマー、ギルエに恩義を感じさせるノブナガの策なのだ。
特にギルエは、何度かノブナガの誘いを断っている。
単純にティアと共に本能寺を管理しろと命じ、ギルエがそれに従ったとしてもそれ以上にはならないだろう。
ならば、『ニーム』というギルエにとって忠誠を立てる者の命を利用すれば、ノブナガに対する忠誠心は生まれずとも『恩義』は植え付けることが出来る。
『恩義』を植え付けることができれば、安易に謀反を起こせなくなる。
さらに『ニーム』という人質もいるのだ。
ノブナガはこの短い沈黙だけで、『恩義』と『人質』によりギルエとハルマーを縛り付けたのだ。
「うむ、わかった。ならば、ニーム。お主は『王族』を捨てティアの下で働くのじゃ。仔細はミツヒデに聞くのじゃ」
ノブナガがミツヒデをチラッと見ると、ミツヒデは『御意』と答え頭を下げた。
「ハルマー、ギルエ。お主らはそこで両手を出せ」
「…? は、はい」
ハルマーとギルエはノブナガの意図が分からないまま、素直に両手を前に差し出した。
ノブナガは刀を手に持つと、ゆっくりハルマーとギルエに近づく。
「ノ… ノブナガさま?」
ニームはオロオロしながらノブナガの挙動から目を離せなくなっているなか、ハルマーとギルエは騎士として潔く散る覚悟を決めノブナガを正面に見ていた。
「うむ、よい目じゃ」
ノブナガは刀を抜き、ハルマーとギルエの目を褒める。
「ニームさまの命を助けていただき、感謝する」
ハルマーは軽く頭を下げ感謝の意を表す。
「うむ」
ノブナガはゆっくりと刀を振りかざし、頂点でピタっと静止した。
「っ!!!」
ニームは思わず目をつぶり、ハルマーたちから目をそらした。
次の瞬間、刀は振り抜かれ納刀された。
「アネッサ、傷を治してやれ」
ハルマーとギルエの右手の小指だけが床に落ち、切断された小指の付け根から血が噴き出していた。
「はいはい、指はこのままでいいのね?」
アネッサは面倒くさそうにやってくると、治癒魔法であっという間に傷を治してしまう。
「うむ」
ノブナガは上段に戻り刀掛けに刀を戻すと、いつものように片膝を立てて座った。
「これは…?」
首を斬られると覚悟していたハルマーとギルエは、小指を失った右手を見てノブナガに尋ねた。
「これでお主らはもう刀を振れぬ。これからはニームと共に下男としてティアの下で働くがよい」
「ノブナガさま…」
ニームは安堵の表情を浮かべ、涙を流していた。
ティアは立ち上がるとニームの前で両膝をついて、ニームと目線を合わせて微笑む。
「ニームさん、これからは普通の女の子として生きていけるのよ」
「ティアさん…」
ニームは涙が止まらず、ただただ声を殺して泣くだけだった。
そこには『王族の呪い』から解放された、ただの普通の幼い女の子がいるだけだった。