【12話】最後の王族
ノブナガがティアにニーム達を本能寺に連れて行くことを許可した頃、何も知らないニーム達は安土城の地下牢で話しをしていた。
廃教会での戦闘後、ニームはそこに現れた騎士団にティアを助けて欲しいと懇願し、騎士団長であるドラスはテキパキと部下たちに指示を飛ばし、ティアを助けるための最善を尽くしてくれた。
ハルマーとコリーが交互にティアの延命を続けていると、アネッサと呼ばれる18歳くらいの美しい少女が現れた。
ただ、アネッサを呼び言った騎士ふたりの姿はなく、どうやらアネッサだけが先に到着したようだった。
冷静に考えると尋常じゃない速さでの到着だったのだが、必死になっていたニームはそれに気が付くことはなかった。
アネッサの治癒魔法は、これまでニームが見てきたどんな治癒魔法よりも凄いものだった。
ハルマー達が必死で延命しかできなかった傷が、アネッサの手にかかるとみるみる治療されていく。
斬り飛ばされた指やちぎれかけた腕、大きく切り裂かれた腹部もまるでそんな傷は無かったかのように治療されて、本当に傷ひとつない状態に戻っていくのだ。
傷が治るとともにティアの顔色には赤みがさしてきて、苦しそうな表情が和らいでいく。
まさに『奇跡』としか言いようがない光景だった。
そしてティアの容態が落ち着いたのを確認すると、ニーム達はドラスと共に安土城へ向かったのだった。
こうして今、ニームは安土城の地下牢に『投獄』され…?
ニームは、今の自分の環境に戸惑いが隠せなかった。
そこは確かに安土城の地下牢である。
ただ、地下牢と呼ぶにはあまりにも想像と違っていた。
床には毛足の長い絨毯が敷かれ、ニームひとりで眠るには大きすぎるベッドがひとつ。
ベッドには硬過ぎず、柔らか過ぎないちょうどいいマットに清潔な真っ白なシーツがピシっと敷かれ、きっと羽毛で出来ているだろうふかふかの掛布団は最高の眠りを約束してくれている。
ベッドの周囲には天井からカーテンがかかっており、眠っている間のプライベートが確保されていた。
壁には魔法のランプがいくつも並んでおり、地下とは思えない明るさが確保されている。
正面に鉄格子がある以外は、どこかの姫の部屋のような快適さであった。
しかも、ニームにはソレメルの第3秘書であるサリアが付いており、サリアと共に行動するなら牢から出てトイレや浴場へ行くことも許されていたのだ。
一方、ハルマーとギルエは同じ牢に投獄されていた。
ニームとは少し離れた場所ではあるが普通に会話できる程度の距離であるため、お互いの安否は確認できる状態だった。
ハルマーとギルエが投獄された地下牢には一般的なベッドが2つと、壁に魔法のランプがいくつかあるだけだった。
ただ、犯罪者が投獄されるような環境ではなく、一般的な宿屋の一室という感じであった。
ふたりは牢から出ることは許されなかったが、快適に過ごすことができていた。
ギルエはまだ放心状態でベッドに横になったまま壁を見つめていた。
ハルマーは鉄格子に近づき、ニームに話しかけた。
「ニームさま大丈夫ですか?ひどい事はされていませんか?」
ハルマーからニームの牢は見えない。
おそらく自分がいる牢と同じ環境であろうと予測はしているが、王族という理由でひどい扱いを受けているかもしれない。
と、心配していたのだ。
「ええ。わたしは大丈夫」
(大丈夫…って、いうよりすごく快適なんだけど…)
ニームはまだ混乱していた。
「そうですか… よかった」
ハルマーは安堵し、胸を撫で下ろす。
「ハルマーは大丈夫ですか?ギルエは?」
「はい。こちらは大丈夫です。ちゃんと二人分のベッドもありますし、地下牢とは思えぬ快適さですよ」
ハルマーはわざと明るい声で答え、笑ってみせる。
「まぁ!それはよかったですわ。わたしの牢もすごく快適でビックリしていたところなのです」
「ほお、ノブナガという男、もしかすると我々が思っていたほど悪鬼ではないのかもしれませんな」
「そうかもしれませんね」
ニームとハルマーが軽口をたたいて笑う。
お互いの牢が、自分と同じくらいの快適さだと誤解しながら…
「ところでニームさま」
「なんですか?」
「あの、アネッサという少女。あの者の治癒魔法はとてつもないものでしたな」
ハルマーはアネッサが使っていたほどの治癒魔法を見たことが無かった。
「えぇ。あれは治癒魔法というより奇跡と呼ぶべきものかもしれませんね」
ニームもアネッサの魔法を思い出しながら答える。
ただ、ニームはハルマーと違いアネッサの魔法には恐怖を感じていた。
まるで神の領域とも思えるような魔法。
常軌を逸するほどの強力な治癒魔法にニームは、感動よりも恐怖を覚えてしまったのだ。
「たしかに、あれほど強力な治癒魔法… 奇跡と呼んでもおかしくありませんね。あれほどの魔法使いが我が王国にいたとは… これまでどうして気がつかなかったのでしょう?」
アネッサほどの強力な魔法使いなら、すぐにてもウワサになり王宮に呼ばれてもおかしくなかっただろう。
それがウワサになることもなく、その存在すら知らなかったのだ。
ハルマーはそこが不思議で仕方なかった。
「そうですね。これまでどこで、どう暮らしていたのか…?」
ニームはベッドに座り、マクラを抱きしめながら話していた。
「それはともかく、我々はこれからどうなるのか? 我々が投獄されてから、まだノブナガとも会えていませんし…」
「そうですね。おそらく、いつわたし達を処刑するのか考えているのでしょう」
ニームは死を覚悟していた。
ある意味、ニームの望み通りの結果ではあるが、『死ぬ』のと『処刑される』では意味が違ってくる。
ニームの意思で『死ぬ』のであれば、それは『王族』としての死。
しかし、『処刑される』となると『犯罪者』としての死となる。
ニームとしては、『王族』として『栄誉ある死』で人生を終わりたかった。
ノブナガが、いつ、どうやって『処刑』するのか?
願わくば、『王族として栄誉ある死』を与えて欲しいと願うばかりだった。
そう考えていた時、地下牢に5人の獣人兵がやってきた。
「サリアさま、ノブナガさまよりニームさま達を天主へ連れてこいとのご命令です」
サリアは軽く頷き、立ち上がった。
「ニームさま、ご同行をお願いします」
サリアはニームの方を向くと、軽く頭を下げる。
肩辺りで切り揃えた赤い髪が重力に従いサラサラと流れた。
「はい」
ニームは抱きしめてたマクラを戻すと、ゆっくりと立ち上がる。
そこには覚悟を決めた『最後の王族』が立っていた。