【11話】処遇
「あたし、もう耐えられないの。 もう、死にたい…」
ティアは今まで隠していた心を吐露していた。
「ティアさん…」
アネッサは手で口を覆い小さくつぶやく。
イルージュもパルも涙を堪えるので精一杯のようだった。
「あたし、あの教会でニームさんを殺すつもりだった。でも、できなかった」
ティアは涙を流しながら話し始めた。
「お話してわかったの。ニームさんは普通の女の子なんだよ。ただ、『王族』に生まれただけの普通の女の子だったの。 いっそ傲慢な王族だったら迷いなく殺していたと思う… そして、あたしはギルエに殺される。 それでいいと思っていた。 そうすれば、楽になれる… そう思っていた」
ティアは一気に話すと、顔を上げてノブナガを見た。
「ねぇ、どうして? どうして死なせてくれないの? あたし、もう… 生きるのがつらい…」
ティアは泣きながらノブナガを責めた。
ティアもその責めは筋違いであると理解はしていただろう。
しかし、止められなかったのだ。
「ティア。お主が死に場所を探していることは分かっていた。しかしじゃ、お主には、お主を慕う仲間がいる。共に生きようとあがく友がいる。それはお主も分かっていたはずじゃ。じゃから、これまで無茶はしても自ら死を選ぶことはしなかったのではないか?」
ティアと共に王都に火を放った月女族も同じように悩んでいたことをノブナガは知っていた。
だから『暗部』としての仕事や、『ギルエを探す』仕事をティアに命じていた。
これらの仕事を仲間とこなす事で月女族達の連携や練度を高めるとともに、お互いに話し心のケアをすることができるとノブナガは考えていたのだ。
しかし、ティアがすべての仕事を単独でこなしてしまい、ノブナガの目的は果たされることがなかったのだった。
そして、ついにギルエを見つけ、ティアは自らの死を望んだ。
ノブナガはそれが許せなかった。
国を治めるには汚い仕事も必要であり、汚い仕事は時間との勝負でもある。
だから、ティアの単独行動も多少は目をつぶっていた。
しかし自分が友と認めた者が、自らの死を望むことは許せなかった。
いや、許せないというより、悔しいと言った方が正しいのかもしれない。
ティアはノブナガの問いに答えることなく、ただただ泣きむせぶだけだった。
天主がまるでお通夜のような空気に飲み込まれていく。
その時、ミツヒデが自分の膝を『パンっ』と叩く音が響いた。
その音にティアだけでなく、イリュージュやパル、アネッサも驚き目を丸くしてミツヒデを凝視する。
そんな中、ノブナガだけはいつもと変わらずミツヒデに声をかけた。
「ミツヒデ、何かよい案でも浮かんだのか?」
ミツヒデはノブナガを正面に見て、深く頭を下げる。
「はっ。このミツヒデに妙案がございます」
「ふむ。申してみよ」
ノブナガは短く、ミツヒデの発言を許した。
「ティア殿に本能寺を任せてはいかがでしょうか?」
「本能寺を?」
「はっ。ティア殿はこのまま暗部の仕事を続けるのは無理でしょう。かといって、何も仕事をしないと益々、気が滅入るというもの。なれば、本能寺の管理をしつつ、チトナプの町に集まる情報を取集させてはいかがでしょうか?チトナプの温泉目当ての旅人や冒険者から有益な情報を集めることも可能かと…」
ミツヒデは自分の案を説明し終わると深く頭を下げ、ノブナガの判断を仰いだ。
「ふむ。なるほど、それは良い案じゃな。ティア、お主に本能寺の管理を任せる」
ノブナガの命令にティアはキョトンとした顔をして、ノブナガを見つめるだけだった。
「聞いておるのか?」
ノブナガの言葉で、我に返ったティアが口を開いた。
「ねぇ、ノブナガ。ホンノウジ…?ってなに?」
天主の一切の音が消えた瞬間だった。
「んんっ」
ノブナガは咳払いすると、本能寺について説明を始めた。
「そういえば、まだ皆にも詳しく説明はしておらんかったの。この度、チトナプの町に本能寺を建立することにしたのじゃ。メルギドとアクロを行き来する際の宿場として本能寺を活用しようと考えておる。チトナプはメルギドからアクロに向かうにもちょうどよい位置にあるからの」
さらに、ノブナガは嬉しそうな顔でこう付け足した。
「しかも、温泉付きじゃ」
「ノブナガ。この前も言ったけど、もちろん女湯もあるのよね?」
アネッサの問いに、ノブナガはニヤリと笑い「もちろんじゃ」と答える。
すると、イルージュやパル、ラーヴワスも嬉しそうに歓喜の声をあげた。
「そこでじゃ、ティア。お主は女将として本能寺を管理するのじゃ」
「オカミって…?」
「うむ。女将とは、お主が本能寺の主になるという意味じゃ。聞けば、お主、以前のように走れないのじゃろう?本能寺で女将として働きながらゆっくり湯治すれば、その足の傷も治るというもの。まさに一石二鳥じゃな!」
ノブナガがご機嫌となり、さっきまでのお通夜のような空気は消え去っていた。
「あっ、あの!! ノブナガ!」
ティアが急に声をあげる。
「なんじゃ?不服か?」
「ううん!違うの。 あ… あの…」
「なんじゃ、申してみよ」
「あ… あの… もし… できるなら… あの、ニームさんを本能寺に連れていっても… いい?」
ティアはノブナガの顔色を見ながら、恐る恐る尋ねた。
ノブナガは腕を組み、しばらく沈黙する。
「あの… できるなら… で、いいんだけど…」
ティアは蚊の鳴くような声で言葉を付け足す。
「ふむ。いいじゃろう」
ノブナガはニーム達の処遇をどうすべきか考えていたところだったのだ。
ニームは王族の娘。王都を落とした直後なら、王族として首を刎ねるものよかっただろう。
しかし、あれからずいぶんと時間が経ってしまった。
現在の大和の国は落ち着いており、ティアの活躍もあって反乱分子はずいぶんと減っている。
いま、ニームの首を刎ねた場合、民衆の感情を逆撫でするだけでメリットは何もない。
かといって、ノブナガに嫁入りさせたところで、これも民衆を騒がせるだけでなんのメリットも生まないだろう。
正直、ニームの扱いに困っていたところだったのだ。
「あ! ありがとう!!」
ティアは、ぱぁっと顔を輝かせてお礼をいう。
「ただし、ニームには名を捨てさせ、ただの女中として働かせるのじゃ。供のハルマーとギルエも下男として連れて行くがいい」
「わかった!」
ティアは満面の笑みで答えると、深く頭を下げノブナガに感謝の意を表した。
「うむ、本能寺を任せたぞ」
ノブナガも上機嫌で答えていた。