【10話】壊れていた心
「お主… 死にたいのか?」
ノブナガのひとことにティアの心臓が飛び上がる。
俯いていたティアがゆっくりと顔を上げると、目の前には悲しそうな表情を浮かべるノブナガがいた。
そして、まわりには同じように悲しそうにしている仲間達がいる。
ティアは唇を噛み、また俯いてしまう。
「さっきも言ったが、ワシはお主のような目をした者をたくさん見てきた。そやつらは戦に負け、主君と共に死にきれなかった者や、敵から愛しい者を守れなかった者。そして、お主のように戦で心を壊してしまった者じゃ」
ノブナガは話しながら上段に戻ると、片膝を立てて座る。
「そういうやつらは、皆、お主のような目をしておった。そして死に場所を求めるように戦にのめり込み、やがて望み通り死ぬ。そもそも生きる気力のない者が戦で生き残れるわけがないのじゃからな」
ノブナガは大きく息を吐き、何かを考えるように沈黙する。
「ティア、お主がなぜ、今、生きているのか?どうやってここに帰ってきたのか覚えておるか?」
ティアは、驚いたような顔でノブナガを見る。
(そうだ。あたしはどうやって帰ってきたの?誰が傷を癒してくれたの?)
あの廃教会にはニームとニームの従者ハルマー。あとはギルエしかいなかった。
ニームとハルマーは仮死状態だったはず。
あたしがあれだけ挑発し、激高させたギルエがティアの命を助けるはずもない。
「お主を助けたのはニームじゃ」
「え? ニームさんが?」
「うむ。お主、あの時のことを覚えておらぬのか?」
ノブナガの問いにティアは首を横に振って応えた。
「そうか。では、どうやってお主がここに帰ってきたのか教えよう」
ノブナガの話しはこうだった。
あの日、ミツヒデの命令でティアの応援に向かった騎士団は、ティアが調査しているという廃村を目指し森の中を歩いていた。
森の中には獣道以外に、ヒトが通れるくらいの新しい道があった。
騎士団はティアが調査している廃村に、誰かが住み着いているだろうと推測し慎重に歩みを進めていた。
廃村に近づいた頃、辺りにティアがいないか探しながら進んていると、少女の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
騎士団が声のする方へ急いで走っていくと、そこには血まみれのティアを必死に治癒しようとしている男と、両手を血で染めたギルエを泣きながら責める少女がいた。
騎士団員、数名でギルエを取り押さえる。
ギルエは茫然自失となっており、無抵抗のままだった。
騎士団員のひとりがティアに駆け寄り、治癒魔法を唱え始める。
通常、騎士団は長期間の遠征も行うため、ある程度の治癒魔法を使える者が在籍しているのだ。
その間、少女は必死にティアの手を握り、声をかけ続けていた。
ティアに治癒魔法をかけていた男は、額に汗を浮かべながら魔力の続く限り治癒しようとしているようだった。
治癒魔法が使える団員も協力し治療を続けるが、ティアの傷は深く、命を取りこぼさないよう魔力を注ぎ続けるくらいしかできなかった。
「団長! このままでは!!」
騎士団員のひとりが叫ぶ。
「わかっている! だれか!アネッサさまを連れてこい!」
騎士団長の指示で、ふたりの騎士団員が鎧を脱ぎ、騎士剣だけを携えて森の中へ走り出した。
「お願い! ティアさんを助けて!」
少女の悲痛な叫びが響く。
ギルエをロープで拘束すると騎士団員たちは止血や傷薬の調合など、自分たちができることを始めた。
「お前、名前は?」
騎士団長がティアに治癒魔法をかけ続ける男に声をかけた。
「わたしはハルマー。そこにいらっしゃるニームさまの従者」
ハルマーは手を止めることなく答える。
「そうか、ハルマー。わたしは騎士団長のドラスだ。騎士団で治癒魔法を使えるのは、そこのコリーだけだ。いま、高位の治癒魔法使いを呼びに行っている。その方が到着されるまでなんとかティアさまの命を繋いでほしい」
騎士団長のドラスはハルマーに頭を下げる。
「もちろんだ。だが、わたしの魔力にも限界がある。命を繋げるだけでよいなら、コリー殿と交代で治療したいと思うが。 どうだろうか?」
ハルマーの額の汗は尋常な量ではなく、限界が近いことを悟るのに十分だった。
「わかった。コリー。やれるな?」
ドラスの問いに、コリーは「もちろんです」と答え治癒魔法に集中する。
「ハルマー殿、少し休むといい」
「助かる」
ハルマーはどかっと座り込み、肩で息をしながら額の汗を拭っていた。
「ニームさん、いったい何があったのか… 教えていただけませんか?」
ドラスは優しくニームに話しかける。
「はい…」
ニームは自分がアクロチェア王国、最後の王族であること、これから自分は王族を捨て、普通の女の子として生きていこうとティアと話していたこと。
そして、仮死状態から目を覚ますとギルエとティアが戦っていたことを説明した。
「なるほど…」
ドラスが思案していると、ニームが言葉を続けた。
「わたしは王族の娘です。覚悟はできています。わたしをノブナガの下へ連れて行きなさい。でも、お願いだからティアさんは助けてあげて。あの子は悪くないの。悪いのはアクロチェア王国… わたし達、王族が悪いの…」
ニームは涙を拭うと、王族らしく凛とした表情でドラスを見ていた。
「わかりました。わたしにできる限りのことをさせていただきます」
ドラスは手を胸にあて頭を下げて、ニームの気持ちに答えていた。
「こうして、お主は助けられたのじゃ」
ノブナガはこう話しを締めくくった。
「あ… あの、ノブナガ。ニームさんたちは…?」
ティアは恐る恐る尋ねた。
「今は地下牢じゃ。 あのニームという女子、なかなか肝が据わっておる。やはり王族の娘じゃな」
ニーム達が生きていると知り、ティアはホッと胸を撫で下ろした。
「さて、ティアよ。改めて聞こう。お主は死にたいのか?」
ノブナガは真剣な目で尋ねた。
「…あたし、あの王都での戦いのあとから、ずっとあの目が忘れられないの」
「あの目…」
「うん。あたしが火を着けた家から逃げ惑うヒトの目。あたしを恨めしそうに睨む目。今も、目をつぶればあの目があたしを見ている… 夢にも出てきて… あたし、もう耐えられない」
ティアは小さく丸まるように自分の体を抱きしめて泣いていた。
「やはりお主には荷が重すぎたか…」
ノブナガは小さくつぶやく。
「あたし… あの時、やっと死ねるって思った。これでやっと楽になれるって…」
ティアはぽつりぽつりと話し始めた。
ノブナガも横に並ぶ仲間達も、ただ黙ってそれを聞いていた。