【9話】死に損ない
ティアが目を覚ますと見覚えのある天井が見えた。
横を見るとティアの手を握ったまま眠るアネッサがいる。
「…ここは」
ここはティアの自室だった。
さほど広くない部屋の中央に大き目のベットがある。
ベット以外には部屋の片隅にクローゼットがあるくらいで、ほぼ何もない部屋だ。
以前、ソレメルがイルージュのために建てた豪邸の中の一室がティアにあてがわれたのだ。
当時、ソレメルは族長の娘であるティアも豪華な部屋で暮らすべきだと主張し、大きな部屋にたくさんの調度品、珍しい家具や絵画などをそろえようとした。
しかし、ティアは『あたしは以前のように小さく、何もない部屋でないと眠れない』と断ったため、ベットしかないような自室が出来上がったのだった。
いま、ティアはその自室で目を覚ました。
「どうしてここに?」
ティアは記憶を呼び覚ます。
「たしか、廃教会でニームさんと話して… そうだ、そのあとギルエと!」
ティアが、ガバっと勢いよく上半身を起こす。
「いたっ」
頭に激痛が走り、思わずぎゅっと目をつぶり頭を両手で頭を押さえた。
その声と引き抜かれた手の勢いで、眠っていたアネッサが目を覚ました。
「…ティアさん? ティアさん!!」
アネッサはティアの上半身に抱き着き大粒の涙をこぼしていた。
「巫女さま… あたし… 生きてるの?」
ティアは思い出した。
あの廃教会のギルエとの闘いを。
そして、あの戦いで死ぬつもりだったことを。
(あたし… どうして…)
「ティアさん! もうあんな無茶はやめて!」
アネッサの声が部屋中に響きわたる。
突然の大声でティアの体がピクっと硬直し、思考を止めてしまった。
「…ごめんなさい」
蚊の鳴くような小さな声で、つぶやくように謝る。
その時、部屋の扉が開き、イルージュやパル、チカムたち月女族の仲間達がなだれ込んできた。
「ティア!!!」
イルージュもティアに抱き着く。
少し見ない間にイルージュの頬はこけ、やつれてしまっていた。
「ティア姉さま!!」
パルもチカムもずいぶんと疲れ切った顔をしていた。
「かあさま… みんな…」
「目が覚めたか」
静かに、少し怒気を感じるような声が聞こえた。
ティアがゆっくりと声のする方をみると、いつものように黒いアンダーの上から着流しを着ているノブナガが立っていた。
「ノブナガ…」
「ティア… 安土城へ参れ」
ノブナガはそれだけ言うと姿を消してしまった。
そしてノブナガに付き従うようにイルージュたちも部屋を出ていく。
だれも何も言わず、ただ悲しそうな背中だけを見せて姿を消していった。
「…はい」
ティアは小さく返事をすると、ゆっくりとベットから起き上がろうとする。
しかし、足にうまく力が入らずよろけてしまった。
「ティアさん! 大丈夫?」
アネッサが慌ててティアを抱きかかえるように助けた。
「…ごめんなさい。 足に力が入らないみたいです」
ティアは苦笑いを浮かべると、アネッサの肩を借りて立ち上がった。
「無理もないわ。 あなたの足はもう、以前のようには動かないもの」
アネッサは少し悲しそうに答えた。
「え?」
「ティアさん。あなたの足はギルエに斬られ過ぎたの。もう、わたしの魔法でも完全には治らない」
アネッサはウソをついていた。
アネッサの魔法なら命さえあれば、どんなケガも病気も完璧に治すことができる。
しかし、ティアを完璧に治してしまうと、また無茶をするかもしれない。
アネッサはそれが怖かった。
だから、日常生活ができる程度までしか治癒しなかったのだ。
「そんな…」
「でも大丈夫。普通に暮らす分には問題ないわ。ただ、以前のような速さで走れないから注意してね」
「…わかりました」
ティアはゆっくりと歩きだし、アネッサの手を借りながら部屋を出て行った。
安土城に着くとティアはゆっくりとノブナガが待つ天主へ向かう。
途中、メルギドの住人や自警団の仲間などを見かけたが、だれもティアに声をかけることはなかった。
ノブナガはいつもの上段に、いつものように片膝を立てて座っていた。
その下にはミツヒデをはじめ、ソレメルやイルージュ、パルやチカムなどの月女族、
そしてホニードやラーヴワス、ミナスリートにリダといったロイヤルナイツの面々がノブナガの両脇を固めるように座っていた。
ティアの手を引いていたアネッサも天主に着くとその手を離し、列に並び座る。
「ティア、そこに座れ」
ノブナガが静かに指示する。
「はい」
ティアは素直に、ノブナガに指示された場所に座った。
その場所はノブナガの真正面で、一番ノブナガから離れた場所だった。
それは誰が見てもティアを裁くための場所であり、なにかひとつでも間違いを起こせば即殺される場所であった。
「ティア、此度の件。なにか申し開きはあるか?」
ノブナガは不機嫌そうに尋ねる。
「…いえ。なにも、ありません」
ティアは俯いたまま、小さな声で答えた。
「ところで、お主。いま、何を咎められておるのか分かっておるのか?」
ノブナガの予想もしなかった問いにティアは少し驚き、少し考えて答える。
「あたしが、ギルエに負けた… こと?」
ノブナガは「はぁ」とため息をつき、「やはりか…」とつぶやきながら頭を押さえていた。
「いつワシがギルエをと殺せ命じたのじゃ。ワシはギルエを探せと命じただけじゃ」
「え?でも…」
「でもじゃない!そもそも、お主がギルエに勝てるわけがなかろう!己の力量も分からんのか!」
ノブナガの大きな声が天主に響く。
ティアは黙って俯いたまま、その声を聞いていた。
「ワシは何度も、お主に仲間を連れて行けと命じたの? じゃが、お主はいつも単独で行動していたのはなぜじゃ?」
ノブナガは諭すように話しかけた。だが、ティアは黙って俯くだけだった。
「お主、聞いておるのか?」
ノブナガは立てた膝を小刻みに動かし、だれもがノブナガがイライラし始めたことを察していた。
「…みんなは町の警備で忙しいし。 …ギルエを探すだけならひとりでできるし」
ティアが小さな声で答える。
「違うじゃろう!! 本当の理由を申せ!!」
ノブナガが怒気を孕んだ大きな声を上げた。
ティアはビクっと体を硬直させ、無意識に少しでも体を小さくしようと震えていた。
「ノブナガさま…」
ミツヒデが冷静な声で声をかける。
「わかっておる」
ノブナガは冷静さを取り戻し、静かに答えた。
「ティア、お主のような者を、ワシは何人も見てきたのじゃ。お主のその目は、死に場所を求め彷徨う者の目じゃ」
ノブナガはティアに近づき、寂しそうにつぶやいていた。