【7話】 ティアVSギルエ
「お前を殺し姫の仇を… ノブナガを討つ!」
ギルエの叫びは教会のステンドグラスを震わせるほどのものだった。
ティアは深く息を吸うと、まるで一切の感情を無くしたように冷たい目でギルエを見ている。
「いくぞ!!」
ギルエは一気に踏み込みティアに斬りかかった。
ティアは短刀を逆手に持ち、まるでネコ科の動物のようなしなやかで、そして素早い動きでギルエを迎え撃つ。
ティアは短刀と炎の魔法、それにスピードという戦闘に特化した強力な力を備えているのだ。
この力を使い、これまでノブナガの命によりさまざまな不穏分子の調査と排除を行ってきたのだ。
だが、結果から言おう。
ティアはギルエには勝てない。
例えギルエが魔法の武器である双剣を失い、一般的に売られているショートソードを双剣として使っていても、幼少から訓練し騎士として戦い続けてきたギルエにティアは遠く及ばないのだ。
それは経験、それは知識、それは精神力。
ノブナガと出会う前までヒトに虐げられ、怯え、逃げ続けてきたティアが、この3つについてロイヤルナイツだったギルエに勝てるはずがないのだ。
そして、ティアはそれを十分に理解していた。
(でも、あたしは許せない)
表情とは裏腹に、短刀を握る手に力が入る。
剣を切り結ぶ度に火花が飛ぶ。
ティアの戦闘スタイルはそのしなやかな体と、スピードを活かした一撃離脱。
さまざまな角度からティアの体重を乗せた一撃が繰り広げられ、その度に弾かれるように飛び距離を開ける。
次の瞬間、次の一撃がギルエを襲う。
ギルエは両手のショートソードを駆使してティアの一撃を防ぐことに集中していた。
(この女、まるで野生動物と戦っているようだ…)
これまでギルエが戦ってきた相手は、騎士や兵士、戦士など技の熟練度が違うがある程度戦う技術を持った者だった。
ロイヤルナイツが派遣される戦場は、基本的に敵国との重要な戦い。
このような動物を相手にする戦いは初めてだった。
(だが…)
不規則に見えるティアの攻撃だが、ギルエから見ればこれも『戦うための技術』。
『技術』なら何度も剣を切り結ぶうちに対応できるようになるというものだ。
だんだんとギルエの反応速度が上がり、ティアの攻撃は『防御』から『捌く』に変わってきた。
ティアの攻撃に合わせてギルエが反撃を入れるようになる。
ティアは一撃を中断し、ギルエの攻撃の回避するようになっていた。
(それなら!)
ティアはギルエの攻撃を回避するタイミングで、炎の矢の魔法を放つ。
炎の矢はギルエの肩に命中する。
しかし、これくらいダメージでギルエの攻撃は弱まることはなかった。
だんだんとギルエの剣速が上がる。
ティアは一撃離脱に魔法を加え猛攻をかける。
凄まじい音と衝撃が教会で響き、ステンドグラスが空気の振動に耐え切れず割れてしまった。
「ぬぅらぁぁぁぁぁぁ!!」
ギルエが叫ぶと一気に剣速が上がり、両手に持ったショートソードがティアを捕らえた。
「きゃぁぁ!!」
ギルエの剣に捕らえられたティアは、まるで濁流に飲まれた子ウサギのように成す術もなくその剣舞に翻弄される。
ティアの体は切り刻まれ全身から血を噴き出し、空中で踊らされるように血を撒き散らしていた。
(あぁ… あたしも終わりね…)
成す術もなく踊らされているティアは、どこか冷静だった。
ふと、ティアが辺りを見渡すと、そこは真っ白な世界だった。
(あれ? ここは?)
色も、音も、匂いもなにもない白い世界。
上も下も、右も左もわからない。
さっきまで感じていた全身の激痛でさえ感じない。
(あぁ、あたしは終わったのか… そうか…)
ただ何も感じず、ただ浮遊… いや、浮遊しているのかも分からず
ティアの意識だけがそこにある。
そんな感覚に陥っていた。
(ノブナガもギルエも自分の『正しい』を押し付けてくる… でも、あたしも同じ…)
(あたしの『正しい』をみんなに押し付けていた…)
(あたしの『正しい』は本当に『正しい』だったのかしら?)
(わからない… もう、なにもわからない…)
ティアの目から涙が零れていた。
『ギルエ!!! やめなさい!!!!』
その時、真っ白な世界に強い声が響いた。
その瞬間、真っ白な世界が消え、さっきまで戦っていた教会の中に戻った。
「ぐぁぁぁぁ!!」
さっきまで消えていた全身の激痛がティアを襲う。
あの強い声の主はニームだった。
ニームは掛けられた白い布を自分で取り、必死の形相でギルエに叫んでいた。
「ニームさま…?」
ギルエの剣は止まると同時にティアが床に落ちる。
「ティアさん!! ティアさん!! しっかしして!」
ニームはティアに駆け寄りティアを抱きかかえ叫んでいた。
「え? ニームさま? これは… え?」
ギルエは力なく両手を下げ、ティアを抱きかかえるニームを見つめるしかできなかった。
「ハルマー! ハルマー! 早く治療を!!」
ニームに遅れ、目を覚ましたハルマーが慌ててティアに駆け寄り治癒魔法をかける。
「ニームさま… これはいったい?」
「ギルエ! あなたはなんてことを!!」
ニームは涙を浮かべた目でギルエを睨みつけ叫ぶ。
横ではハルマーが汗を流しながら治癒魔法を唱え続けていた。
ギルエは何が何やら分からないまま、ただ、目の前の光景を見続けていた。