【4話】チトナプの営業マン
(さて、どうしよう…)
ティアは木の上で悩んでいた。
パル達に、またあんな思いをさせたくない。
だからティアはひとりで任務にあたるようにしていた。
自分たちが考える『正しい』を、みんなが考える『正しい』にするために誰かと戦う必要があったから。
その戦いでは、必ず誰かが死ぬことになる。
もし、その『誰か』が、何も知らない普通の人だったら…
もし、その『誰か』が子供だったら…
(あの子たちは、きっともう耐えられない)
だからティアは『ひとり』を選んだ。
(でも、今回は『ひとり』は失敗したかも…)
パルやチカムがいれば、ティアがギルエを監視しノブナガに連絡ができた。
しかし、いまはティアひとりしかいない。
連絡しようと目を離した隙に、ギルエを見失う可能性がある。
ティアもある程度は戦えるが、元ロイヤルナイツ『濁流のギルエ』には勝てない。
ロイヤルナイツ相手に戦い、勝てるノブナガやラーヴワスが強すぎるのだ。
ティアはその辺をよく理解していた。
(ノブナガからはギルエを殺せ… とは言われてないし…)
もし、殺せと言われてもティアには難しいだろうことはノブナガも分かっているはず。
(とりあえず、しばらく監視して動向を探ろう)
ティアはフードを被ると、教会から少し離れた林の中に身を隠した。
◇◇◇◇
「ノブナガさま、今回の任務でティア殿はどこに行かれたのしょうか?」
「ここより北へ向かった場所にある小さな村じゃ。 カーテからギルエに似た人物を見かけたと情報があった。ティアはその真相を調べにいっておる」
「承知しました。 では、辺境防衛騎士団を数名送りましょう」
「うむ。お主に任せる」
「御意」
ミツヒデはさっそくアクロの町へ使者を送り、ノブナガの命令をマーナガルムへ伝えることにした。
マーナガルム(元ミナスリート)は、モニカやフレカのリーダー的存在となっており、騎士団全体の指揮命令を任されていたのだ。
「さて、ミツヒデ」
ティアの問題が解決したノブナガは、酒をくいっと一飲みしてミツヒデに声をかけた。
「はっ」
「お主、チトナプの洞窟風呂の話しを覚えておるか?」
以前、獣人開放軍がチトナプを襲ったのを迎撃した際、共に戦った辺境防衛騎士団と洞窟風呂に入ったことがある。
と、いっても洞窟風呂は騎士団員が大勢入っていて、ノブナガは入れなかったのだが…
「もちろんでございます」
「それでの、ワシはチトナプに寺を建立しようと考えておるのじゃ。 もちろん温泉付きでな」
ノブナガは悪い顔で笑う。
「おお! それはよいお考えですな!」
「そうじゃろう! チトナプはメルギドとアクロの中間くらいにあるからの。途中で旅の疲れも癒せるというものじゃ」
「左様でございますなぁ」
ミツヒデも嬉しそうにノブナガの案に賛成していた。
「で、寺の名前はどうなさいますか?」
「うむ。そうじゃのぉ…」
ノブナガは少し考え、ポンっと手を叩いた。
「本能寺! 新しい寺の名前は本能寺としよう」
「本能寺でございますか! まさか、この世界でも本能寺ができるとは」
ノブナガとミツヒデが楽しそうに話していると、アネッサが割って入ってきた。
「ノブナガ」
「なんじゃ?」
「もちろん、女湯も作るのよね?」
アネッサは『No』とは言わせない圧力を滲ませていた。
「も… もちろんじゃ! 本能寺には最初から男湯と女湯を作るつもりじゃったぞ」
ノブナガが少し慌てるように答えると、
「そう。よかった」
アネッサはニコっと笑い立ち上がった。
「それじゃ、わたしは娘たちのところに帰るわ。 ティアさんのこと、頼むわよ」
アネッサはそう言い残して八角堂を出て行った。
「相変わらずアネッサ殿は迫力ありますなぁ」
ミツヒデが軽口をたたく。
「うむ。 あやつの迫力は止まることを知らぬようじゃ」
ノブナガも軽くため息をつきながら答えていた。
数日後、ノブナガとミツヒデはソレメルを連れてチトナプに来ていた。
目的はもちろん『本能寺(温泉付き)』を建立するためだ。
「ソレメル、お主は確かこの町のオメニード町長と知り合いじゃったな?」
「はい。 オメニード町長とはよく酒を交わしたものです」
まだノブナガ達がこの世界に来る前、ソレメルやオメニード達、町長を務める者達は定期的に集まり情報交換をしていたのだ。
当時は、プレヤダスのような貴族が突然、町に現れ無理難題を吹っかけては税金と称して金を巻き上げていたのだ。
これに対抗するため、各町の町長はお互いに情報交換することで、極力、貴族の無理難題を回避していたのだった。
もちろん、すべてを回避できることは無かったが、事前に情報を仕入れておくことで被害を抑えることができていた。
そんな時代ソレメルとオメニードは町が近いこともあって、よく酒を交わしていたのだ。
「それに、あの頃は似たような体型をしていましたので… ちょっとした仲間意識というか…」
今は痩せ、どちらかと言うと筋肉質になったソレメルだが、当時は常に汗を流し、少し歩くだけで鼻からプヒープヒーと音が出てしまうほど太っていた。
そして、それはオメニードも同じだった。
そんなこともあって、二人は仲がよかったのだ。
「ノブナガさま、あそこがオメニードがいる役場です」
ソレメルに案内され、ノブナガ達はチトナプの町役場へやって来た。
ここは以前、洞窟の風呂があった迎賓館とは違い、事務的でなんの飾り気もない建物だった。
町役場の3階にオメニードはいた。
オメニードは相変わらず太っており、たいして暑くもないのに窓を全開にし汗を流しながら事務仕事をしていた。
「ノブナガさま、よくおいでくださりました」
オメニードは事務仕事の手を止め、立って挨拶をする。
「うむ。忙しいとこと邪魔する」
「いえいえ、こちらからお伺いするべきところ、わざわざ来て頂けるなんて光栄でございます」
オメニードは汗を拭きながら、時折、鼻から音を出しながらペコペコ頭を下げていた。
「構わぬ。 話はソレメルが聞いておるな?」
「ええ、もちろん。本能寺の建立でございますね。 温泉付きとなると建立できる場所が限られてしまうのですが…」
チトナプのどこにでも温泉が湧き出ておれば問題ないのだが、温泉の湧き出る場所は限られており温泉を町中に引くような設備もないのだ。
「うむ、それはどの辺になるのじゃ?」
「以前、ご案内した迎賓館の近くとなります」
「なるほど…」
「とりあえず、建立予定地を見ていただく方が早いと思います。 どうぞ、こちらへ」
オメニードはそう言うと、ノブナガ達を建立予定地へ案内した。
そこは迎賓館から少し離れ高台になっていた。
「ここからチトナプの町を一望できるのです。 最初はここに迎賓館を建てる予定だったのですが、名物『洞窟の温泉』を作るには今の場所しかなかったのです。 ここでしたら温泉につかりながらチトナプの町を楽しんで頂けるかと思います」
オメニードは手をすりすりしながら、まるで土地を売ろうとする営業マンのような笑顔を浮かべていた。
「ほほぉ、ここはよいな」
ノブナガは満足したように感嘆の声をあげる。
「左様でございますな!」
ミツヒデも満面の笑みを浮かべていた。
「良い場所が見つかってよかったですね」
ソレメルもニコニコしながらノブナガに話かけていた。
「うむ、ここにしよう。 オメニード、ここに本能寺を建立せよ。仔細はミツヒデに確認するのじゃ」
「承知しました」
オメニードは深く頭を下げ、土地売買契約が確定した営業マンのような笑みを浮かべるのだった。