【3話】ギルエの行方
安土城に戻ったノブナガとミツヒデは八角堂で酒を飲みながら近況を話し合っていた。
その時、ドカドカと大きな足音を立てて、アネッサがやって来た。
「ノブナガ!! あんた、またティアさんをひとりで行かせたの!?」
アネッサはすごい剣幕で怒っていた。
「アネッサか。 ティアのやつ、何度言っても月女の者を連れて行こうとせんのじゃ」
ノブナガはため息交じりに答える。
「だからって!! それなら止めなさいよ!!」
「致し方なかろう。 ギルエの消息はあの時から消えたまま… お主の話しじゃ、ギルエは民を必死で救っていた。そのギルエが意味もなく消息を絶つか? あやつが消えたのには理由があるはずなのじゃ。それは、おそらくこの大和の国にとって良くない理由であろう」
「それは何度も聞いたわ! でも、それとティアさんをひとりで行かせるのとは別問題よ!」
アネッサの怒りが収まる気配はなかった。
「アネッサ殿、落ち着いてくだされ。 わたしにも分かるように説明してくれませぬか?」
ミツヒデが声をかけたことで、アネッサはやっとミツヒデが居たことに気が付いた。
「ミツヒデ? いつ来たの?」
「今しがたでございます。 それより、ティア殿はいったい?」
アネッサの話しはこうだった。
王都攻略の後、明るくいつも笑っていたティアから笑顔が消えた。
ティアはあの日の光景を忘れることができずにいたようだった。
しかし、ノブナガの話しを聞いてから、いつか自分たちが信じる『正しい』が真実になることを信じて任務に向かっていた。
だが、これまでと違いティアは単独で任務に向かうようになったのだ。
「パルやチカム達にはメルギドを守る任務があるわ。町も大きくなり守るには人手が必要なの。だから、この任務はあたしひとりで十分。あなた達は力を合わせて町を守っていて」
ティアはいつもこう言って、ひとりで任務に向かっていた。
なんどもパル達がティアについて行こうするが、ティアは月女族の中でも飛びぬけて能力があるため、あっという間に見失ってしまうのだ。
「ティアさんは、パル達にあの時の思いをさせたくないのよ。 だから、全部ひとりで片づけてしまおうとしているの」
アネッサは悲しい目をしながら説明していた。
「ノブナガさま。ティア殿はどのような任務を?」
ミツヒデの質問にノブナガは一度大きく息を吐いてから答えた。
「暗部じゃ」
「暗部…」
「うむ。主にギルエに関する情報収集じゃ。 同時に一揆を起こそうとしている者の情報が入れば、その首謀者を暗殺させておる」
「この前なんて、ティアさんボロボロで帰ってきたのよ。 ひとりで何人も相手にして…」
アネッサは涙を流しながら、小さな声でミツヒデに訴えていた。
「じゃが、あやつはもう月女の者を連れてはいかんじゃろう…」
ノブナガもため息をつく。
「ノブナガさま、それではティア殿以外に任務を言い渡せないのでしょうか?」
「情報を集めるには、月女の耳が重要じゃ。 それに他の者では目立ちすぎてしまうのじゃ」
ミツヒデはラーヴワスやホニード、セミコフを思い出し「確かに…」と納得していた。
「情報を集めるならカーテでもよいのじゃが、あやつが集める情報は表向きの情報やうわさ話が中心となってしまう。 一揆を企てるような輩の情報や隠れ潜むギルエの情報を集めるには月女の者が適任なのじゃ」
「なるほど…」
ミツヒデも腕を組み、深く息を吐きながら思案を巡らせる。
「ノブナガ、お願いだからティアさんに仕事を与えないで」
アネッサが懇願する。
「うむ… しかし…」
ノブナガも腕を組んで、深く息を吐きながら考えていた。
「ならば、その仕事を騎士団にさせてはいかがでしょうか?」
ミツヒデの提案にノブナガが思案を巡らせていた。
「騎士団の者どもは、もともと王国の治安維持のための組織です。それに王国民とも親しい。最近では獣人や魔族とも親しくする者も出てきております。 ティア殿ひとりで大和の国全域を調べるよりは効率的かと…」
ミツヒデの申し出はもっともだった。
そもそもティアひとりで行うには、範囲が広すぎていたことはノブナガも承知していたのだ。
ならば、なぜ最初から騎士団に指示しなかったのか?
それは王都陥落からしばらくガザム帝国やアクスムーン法王国からの威力偵察ともとれる攻撃が続いていたからだった。
元王国騎士団を除くと、ノブナガ軍としての戦力はセミコフやホニードの部隊といった者しかおらず、圧倒的に数が少なかったのだ。
そのため、メルギド在住部隊と元王国騎士団の混成部隊を派遣していたのだった。
「ミツヒデ、ギルエの捜索及び一揆の抑制を任せられる騎士団はおるか?」
ノブナガは腕組みしなががら問う。
「はっ。辺境防衛騎士団の者どもが適任かと考えます。やつらは以前から王国の辺境を往来し、魔物討伐や敵国との戦闘を行っておりましたゆえ、辺境に住む民とも信頼関係が出来上がっております。やつらなら必ずやノブナガさまのご期待の応えられるかと存じます」
「ふむ。わかった。ならば、ミツヒデ、ギルエ捜索及び一揆抑制の任を命ずる」
「ははぁ!」
ミツヒデは胡坐のまま両拳を床に付け、深く頭を下げてノブナガの命令を受諾した。
となりでアネッサは、このふたりのやり取りを見てホッとした顔で座り込んでいた。
◇◇◇◇
その頃、ティアはメルギドから遠く離れた村に来ていた。
カーテからの情報では、この村付近でギルエに似たヒトを見たとノブナガから聞き調査に来たのだ。
「この村… とてもさびれた寂しい村ね…」
村には粗末な小屋とも思えるような住居がいくつかあり、辺りの畑は荒れていた。
村人の影はなく、子供の声もしない。
もしかすると、もうこの村には誰も住んでいないのかもしれない。
と考えてしまうような村だった。
(まるで、少し前のハーゼ村ね…)
ティアは、どこか懐かしく思えるこの風景に小さく笑った。
(とりあえず獣人だとバレないようにしなきゃ…)
アクロチェア王国が大和の国となって1年経つが、王都やメルギドから離れた町や村では未だに獣人を差別し迫害するものが多いのだ。
ティアはフードで耳を隠し、村の中に入っていった。
村の奥に進むと小さな教会… と言っても、掘っ立て小屋にロアのシンボルである『三つ目』のマークが書かれているだけのものだが…
この小さな教会から人の声が聞こえてきた。
(お祈りの時間かしら?)
ティアは教会の近くに立っている木の上に移動し、辺りにヒトが居ないことを確認してからフードを外して聞き耳を立てた。
「ロア・マナフさま。 どうかご加護を…」
教会の中から、まだあどけなさの残る少女の声が聞こえてきた。
「ニームさま。そろそろお戻りを…」
今度は男の声だった。
「ハルマー、わたしはいつまで隠れなきゃいけないの?」
ニームと呼ばれた声は、少し悲しそうに… そして、少し怒りを含んた声で尋ねていた。
「ニームさま。もうしばらくのご辛抱でございます」
「もうしばらく? もうしばらくって言い続けて1年が過ぎたわ。貴方の言う『もうしばらく』っていったいどれくらいなの?」
「…申し訳ございません」
会話の感じから、少女のニームの方が立場は上のようだった。
ティアは木の枝に隠れるようにしながら、静かに聞き耳を立てる。
その時、教会に近づく男がひとり現れた。
その男は屈強な体躯をしており、四角い輪郭で髭と髪が伸びまるで山賊のような風貌だった。
(あれは?)
男は付近をキョロキョロと確認すると、だれも居ないと安心したのかそのまま教会に入っていく。
「ニームさま、ただいま戻りました」
「ギルエか。 どうだった?」
ニームが男に声をかけていた。
(やっぱりギルエ!!)
「やはり、この村の住民たちは近くの村や町に移住したようで廃村となっていました」
「それならしばらくはここに隠れ住めそうですね」
ハルマーがギルエに答える。
「ギルエ、わたし達はいったいこれからどうするの? わたしはいつ王都に帰れるの?」
ニームの問いにギルエは少し沈黙してから答えた。
「ニームさま。王都へ帰るのは難しいかと思います。 わたし達は一度、この国を離れチカラを蓄えなければなりません。 まずは仲間を集めましょう。すべてはそこからです」
「そんな! 王都にはわたしのお洋服や靴があるのよ? それにお姉さまやお兄さまもきっとご無事でいらっしゃいますわ! わたしも王都に戻って、お姉さまとお兄さまとお食事しなければならないの! だって、あの日、そう約束したのだもの!」
ティアが聞き耳を立てる必要がないほど、ニームは叫んでいた。
「ニームさま…」
ハルマーは言葉が続かなかった。
「その『お約束』が果たされるその日まで、このギルエ、命を賭して御身をお守りします」
ギルエの声は少し悲しそうだったが、その中に決意が秘められていることをティアは感じていた。