【2話】大和の国の明るい未来
「ノブナガさま、ミツヒデ参りました」
ミツヒデは安土城の八角堂で事務仕事をしているノブナガの下にやってきた。
「おぉ、ミツヒデ。息災か?」
「はい。おかげさまで」
「うむ、アクロの町はどうじゃ?」
「ヒトだけではなく、獣人や亜人、魔族といった様々な民が暮らしており、さながらメルギドのような賑やかな町でございます」
ミツヒデは嬉しそうに報告していた。
「そうか、それはよいことじゃ」
「ありがとうございます。 メルギドもこの1年でずいぶんと賑やかになりましたな」
「うむ。やはり『楽市楽座』は良い策じゃ。 民が活き活きと商売に励んでおる」
ノブナガはそう言いながら手元にあった書類をミツヒデに渡した。
「これは?」
「ソレメルに作らせた報告書じゃ。 この1年でメルギドの収益が大幅に増えておる」
ミツヒデは渡された書類をパラパラとめくりながら内容を確認した。
「これは素晴らしいですな! しかし、楽市楽座だけでここまでの収益を得られるものでしょうか?」
ノブナガもミツヒデも日本にいた頃に『楽市楽座』の政策を行った経験がある。
ミツヒデはその経験から今回のメルギドの収益は多すぎると感じたのだ。
「さすがミツヒデじゃ。 お主の言う通り楽市楽座だけではここまでの収益はなかったじゃろう。それは安土城を見るという『観光』が大きい。メルギドに遠方から安土城を見に客がくる。 すると、その客はメルギドで宿泊し食事する。そして帰る時は土産を買って帰るのじゃ。 そこに楽市楽座じゃ。メルギドの民は創意工夫しさまざな商売を始めたのじゃ」
ノブナガはそういうと懐から小さな袋を取り出した。
「これは?」
「これは『メルギドのカケラ』。以前、ソレメルが持ってきた菓子じゃ。これを飾りたて売れば、土産として好評なのじゃ。それと黒大蜘蛛の糸で作った衣は皮鎧並みの防御力があると、飛ぶように売れておる」
「なるほど… ただモノを売り買いするだけではないという事ですな」
「うむ。そうじゃ。 例えば『有馬の温泉』のようなものじゃな」
「なるほど! 確かに、かの温泉地ではそれだけで人が集まっておりましたな」
「それとな、もうふたつ理由があるのじゃ」
ノブナガはニヤリと笑い、ミツヒデを手招きして呼ぶ。
「ほほぉ、もうふたつの理由とは?」
「『街道』じゃ。 この世界にはすでに街道が完成しておる。 まぁ、大きな町を結んでおるだけじゃが、それでも街道の効果は大きい。あとは『通貨』じゃ。 ワシは以前、『撰銭令』を発令したが失敗した。じゃが、この世界はすでに『通貨』が出来上がっておる」
「なるほど! 確かに、この世界には金貨が浸透しておりますな。街道も然り。 そこに『楽市楽座』。町が賑わうのも当たり前ということですな」
ミツヒデも納得の顔でノブナガを見ていた。
「そこでじゃ。 ミツヒデ、アクロの町でも楽市楽座を始めよ。冒険者ギルド以外のギルドを廃止するのじゃ」
「ははっ。 承知致しました」
「アクロの町はギルドの元締めが多くおるじゃろう。 初めに何人か殺せば、おとなしくもなるというもの。お主に任せるぞ」
ノブナガは上機嫌でミツヒデに指示を出していた。
「恐れながら。ひとつよろしいでしょうか?」
ミツヒデは深く頭を下げて、進言の許可を求める。
「申してみよ」
ノブナガは一瞬、険しい顔になるがすぐに真顔に戻りミツヒデの進言を許可した。
この時、ミツヒデは頭を下げておりノブナガの変化に気がついていなかった。
「はっ。 アクロの町はようやく民が集まりだしたところでございます。 ギルド撤廃のためとは言え元締めを殺すのは、今は避けた方がよろしいかと存します」
1年前、アクロザホルンはノブナガに攻められ炎に焼かれた。
ミツヒデは、今、政策を実行するために『殺し』を行うのは人心が離れるリスクがあると考えたのだ。
「ふむ。なるほどの… ならば、ミツヒデ。やり方はお主に任せる。アクロの町のギルドを撤廃し、楽市楽座を実行するのじゃ」
「ははぁ! 承知しました!」
ミツヒデは深く頭を下げ、ノブナガの命令を受諾した。
「それはそうと、ミツヒデ。 お主に見せたいものがあるのじゃ」
ノブナガは子供がいたずらを始める時のように、うれしそうにミツヒデを見る。
「見せたいものですか? それはいったい?」
「まぁ、ついて参れ」
ノブナガはすっくと立ちあがると、足取りも軽く八角堂を離れた。
ノブナガとミツヒデは安土城を出ると、元ハーゼ村の奥にある川の近くまで歩いてきた。
そこには真新しいレンガ造りの建物があった。
レンガ造りの建物には煙突があり、煙が立ち上がっている。
建物の中からは鉄を叩くような音が聞こえ、中で作業をしていると容易に判断ができた。
「ノブナガさま、これは?」
「これは、魔道銃の工房じゃ」
「魔道銃の!?」
「うむ、あれから何人かの流れのドワーフがやってきての。 話を聞くとどうやら魔道銃に興味があってメルギドに来たと言うのじゃ」
ノブナガは腕を組んで説明していた。
「これまではゴームひとりで魔道銃を作っておったから、魔道銃の生産数が少なかったのじゃ。 じゃから、流れのドワーフをゴームの下で働かせることにしたのじゃ」
「なるほど! では、この建物の中では…」
「そうじゃ、今は10人のドワーフが魔道銃を生産しておる」
「素晴らしいですな! これで我が大和の国のチカラは更に強大になってまいりますな!」
「そうじゃろう! そうじゃろう!」
ノブナガはますます上機嫌になっていた。
「とりあえず、中を見るがよい」
ノブナガに勧められミツヒデは魔道銃の工房の扉を開いた。
中には3名のドワーフが鋳造で砲身などの部品を作り、2名が細かい部品を作成していた。
それらをゴームがとりまとめチェックし、2名で魔道銃の組み立てを行う。
残りの2名は魔道銃用の鉛玉を作成していた。
ドワーフたちを取り仕切っていたゴームは、ノブナガとミツヒデに気が付き手を止める。
「これはノブナガさま! よくお越しくださいました。 ミツヒデさまもお久しぶりです」
ゴームは汗と煤で汚れた顔を服で拭い、走ってやってくる。
「うむ。ゴーム、作業は順調か?」
ノブナガの問いにゴームは満面の笑みで答える。
「もちろんです! ノブナガさまが連れてきてくださった仲間のおかげで、順調に魔道銃を作成しております」
「うむ。ゴーム、期待しておるぞ」
「ははぁ!」
ゴームとノブナガの会話を待ち、ミツヒデが声をかける。
「ゴーム殿、ご無沙汰しております」
「ミツヒデさま、お元気そうでなによりです」
「それにしても、素晴らしい工房でございますな!」
「ありがとうございます。 これもノブナガさまのおかげ」
ゴームは嬉しそうにノブナガをチラッと見て頭を下げる。
「ゴーム殿の働きが大和の国の未来を作っておられるのですな! 頼もしい限りです」
ミツヒデは笑みを浮かべながら工房の中を見渡していた。
ここにいる者、全員が大和の国の明るい未来を見ずにはいられなかった。