【57話】それぞれの地獄
ギルエは地下牢で爆発音を聞いていた。
「いったい何が起きているんだ?」
鳴り響く爆発音と伝わってくる地響き、天井や壁からはパラパラと小石や砂が落ちてきていた。
「おーい! だれか!だれかいないか?」
地下牢から外の様子を伺うことができないギルエは、牢屋を管理する兵士を呼ぶ。
しかし、兵士からの反応は無かった。
「くそ… なんとか出られないか?」
ギルエは少しでも外の情報を集めようと耳をすませる。
だが、聞こえてくるのは爆発音と瓦礫が崩れるような音だけだった。
「誰か! 誰かいないのか!」
ギルエが何度も叫ぼうとも何の反応もなく、爆発音しかしない。
「くそ… こんな時に…」
ギルエは自分が動けない事に苛立ちを募らせていると、地下牢のすぐ近くで大きな爆発音と共に衝撃を感じ、思わず頭を抱えて床に伏せる。
パラパラパラパラ…
地下牢のあちこちから小石が落ちる音がしていた。
ゆっくりと目を開けると大量の土煙の向こうで、地下牢の天井が崩れ外と繋がっていた。
「な… 何という事だ… だが、これで外を確認できる」
ギルエは崩れた天井の瓦礫をよじ登り外に出る。
「な!! なんだこれは!!」
ギルエの目の前には燃え盛る炎と、焼け崩れた家々。
炎から逃げ惑う王国民たちで溢れていた。
そこは地獄だった。
「お… 王都が… 燃えている…」
ギルエは呆然と燃える王都を見つめていた。
「おい! 兄さん!大丈夫か? ケガはないか?」
突然、後ろから声をかけられた。
ギルエが振り向くと、必死の形相のタヌキの獣人がいた。
「あ… あぁ、わたしは大丈夫」
ギルエが答えると、タヌキの獣人は東の方向を指差し叫ぶように指示する。
「ここはもうダメだ! 動けるなら東の門から逃げろ!」
「もう… ダメ?」
「そうだ! もう王都に逃げる場所なんてないんだ! 早く! 早く逃げろ!」
ギルエはまだ呆然としながら、タヌキの獣人を見る。
獣人の顔は煤だらけになり、着ている服もボロボロであちこちが焼き焦げていた。
だが、よく見るとその服は元々ボロボロの服だったようで、獣人は裸足だった。
よく周りを見ると、そんな獣人や亜人種がたくさんいた。
彼らは必死で逃げ遅れたヒトを救助していたのだ。
(彼らは… 奴隷?)
ギルエはぼんやり獣人達の救助活動を見つめていた。
(なぜ奴隷が?)
奴隷ならヒトなど助けず、このチャンスを活かして逃げるだろう。
そもそも自分たちを苦しめ続けたヒトだ。
見殺しにしても、助ける理由がない。
(なのに…)
彼らは必死にヒトを助けようとしていた。
そんな彼らを見て、軽傷のヒトや使用人として使われていた獣人、物陰に隠れていたであろう獣人達も救助活動を行いはじめている。
それは、ギルエがメルギドで知った『理想の世界』だった。
「わ… わたしも手伝う!」
ギルエはそう叫ぶと獣人たちに混ざり、獣人たちと力を合わせて人々の救助を始めた。
そこにはヒトも獣人も亜人も無かった。
みんな『人間』だった。
(コレは… わたしが理想とした世界…)
ギルエも必死で逃げ遅れたヒトを助けながら、理想的な世界に自分がいる事を嬉しく感じていた。
「だが、こんな状況では…」
思わずギルエは心の声が漏れてしまった。
その時、炎の向こうから大量のスケルトンやゾンビ達が現れた。
「アンデット! くそ!こんな時に!」
ギルエは両手で腰の双剣を握ろうとするが、さっきまで投獄されていたギルエの腰に双剣は無かった。
「くそっ」
ギルエは辺りを見渡し武器になりそうな物を探した。
「兄さん、大丈夫だ! あのアンデットはオレたちを襲わない」
タヌキの獣人がギルエの肩に手を置いて話しかけてきた。
「襲わない?」
「あぁ、それどころかなぜかヒトを助けようとしている」
「ヒトを… 助ける? アンデットが?」
アンデットとは生者を呪う死者。
生者を殺す事はしても、助けるなんてありえない存在なのだ。
だが、目の前にいるアンデット達は明らかに逃げ遅れた人々を助けていた。
「不思議な話しなんだが、今はとにかく人手が必要だ。使えるならアンデットでさえ使う」
タヌキの獣人は笑いながら話していた。
するとスケルトンが、ワラワラと集まりだし瓦礫に挟まれたヒトを助け出そうとしていた。
「スケルトンさん! その瓦礫は無理だ!オレ達に任せろ!」
タヌキの獣人が叫ぶがスケルトン達は大きな瓦礫を持ち上げようと、瓦礫の下に手を入れて踏ん張った。
『パキパキ! ポキポキ!』
スケルトンは腕を瓦礫の下に残したまま立ち上がってしまった。
「ほら! だから言っただろう! あっちの小さめの瓦礫を頼む!」
スケルトン達は両腕を無くしたまま、指示された小さめの瓦礫に向かって歩いて行った。
その時、炎にまかれた家の2階の窓から助けを求める声が響いた。
近くにいたスケルトンとゾンビ達が、燃え盛る家の中にワラワラと入って行く。
しばらくすると助けを呼んでいたヒトの背後にスケルトンとゾンビが現れた。
何も知らないヒトは炎とアンデットに囲まれパニックになっていた。
その頃、窓の下にはアンデット達が集まっていた。
2階にいたアンデット達は、逃げ遅れたヒトを抱えると窓から放り出した。
窓の下に集まったアンデット達は、放り出されたヒトを受け止める…
が、その衝撃でスケルトンの腕は折れ、ゾンビは変な汁を吹き出して潰れてしまった、
だが、それが緩衝材となり、放り出されたヒトは無傷で助かっていた。
「えぇ?」
何がなにやら分からないまま、助けられたヒトは獣人に導かれて避難を始めた。
その頃、2階に居たアンデット達は炎に巻かれて燃え尽きてしまっていた。
「なぜアンデットが…?」
身を挺してまでヒトを助けるアンデット。
ギルエには全く理解が出来なかった。
「わかりません。 でも、彼らは間違いなくオレたちを助けてくれている」
タヌキの獣人はそう言うと、燃え尽きたアンデットや緩衝材となったアンデットに手を合わせ感謝の意を表していた。
「とにかく!今はヒトを助けなければならない!」
タヌキの獣人はそう叫び、逃げ遅れた人々の救助に走り出した。
「そうだな!」
ギルエも、『今は考えるより動け!』と自分に言い聞かせ走り出していた。
◇◇◇◇
ギルエが獣人達と協力して人命救助しているころ、ティアはアネッサとこの地獄を見ていた。
「巫女さま、あたし…」
ティアは涙を浮かべながらアネッサを見ていた。
「ティアさん…」
アネッサはティアの手を握りしめていた。
「あたし… みんな避難しているって… もう町には誰もいないって…」
「うん…」
「あたし… どうしたら…」
ティアは震えていた。
それは目の前に広がる地獄のせいか、それとも自分に対する怒りや後悔なのか…
ティアにも分からなかった。
「ティアさん、大丈夫よ。この王都の人は誰も死なないし、死なせない。だから、もう自分を責めるのはやめて」
アネッサはその小さく震えるティアの体を抱きしめて、少しでもティアの気持ちを救おうをしていた。
「巫女さま…」
「うん。大丈夫。大丈夫だよ」
「うん…」
その時、パルやチカム達がティアのもとに帰ってきた。
「ティア姉さま!」
「チカム!」
「ティア姉ぇ! どうしよう!」
「パル!」
ティアとともに王都を焼き払う作戦に参加した月女族が、ティアの元に集まっていた。
「みんな…」
ティアもこの後、どうすればいいのか分からず言葉に詰まっていた。
その時アネッサが立ち、月女族全員の注目を集める。
「みんな、大丈夫よ。あなたたちは何も悪くない。この炎では誰も死なない」
アネッサはそう言うと、一度、全員の顔を見た。
ティアをはじめ月女族たちは、皆、憔悴しきった顔でアネッサを見上げているだけだった。
「ただね、これは覚えておきなさい」
アネッサは少しだけ間をおいて、言葉を続けた。
「これが戦争よ」