【54話】届かない言葉
時は少し戻る。
投獄され叫びも届かず、やる事もないギルエは反芻するように、あの謁見の時を思い出し考えていた。
(分かっていたが、やはり私の言葉は聞き届けられなかったな…)
メルギドからの帰還中、ギルエはドナールたち商人から見た王国を知り、途中の町や村でたくさんの人々の暮らしを見てきた。
メルギドに住むヒトや獣人、半獣人、魔族(元、魔物と呼ばれた者達)はギルエが驚くほど活き活きと生活し、輝いて見えた。
それに影響されるように、メルギドから近い町や村の住人も活き活きと暮らしている。
そんなメルギドは、ドナールに『いずれ王都よりも発展する』と言わせるほどの町だった。
そして、町の人々はノブナガやキシュリ達を慕っていた。
ギルエは子供の頃、父に教わった事を思い出した。
『真の指導者とは、自然と人々が集まるものだ』
当時のギルエは『王都が栄えているのはアクロチェア王が人々に慕われる、真の指導者だからだ』と、父の言葉を理解した。
だが、メルギドから遠ざかり王都に近づくにつれ、その距離に比例するように獣人達の目は曇り、ヒト種族は傲慢になっていった。
今となっては、父がどんな意味であの言葉を教えてくれたのかは分からない。
だが、たくさんの事を知った今のギルエには、なんとなくだか父の考えがわかるような気がした。
(王国に住むヒトは王族を慕っているのだろうか?)
確かにアクロチェア王国は栄え、人々は楽しそうに暮らしているように見える。
だが、それはヒト種族に限っての事。
その影にはたくさんの獣人達が虐げられ、血を流している。
(私はこれまで何を守って戦っていたのだろうか?)
ギルエはガザム帝国やアクスムーン法王国との戦争で戦い、時には魔物を退治し、王国の人々を守る為に戦ってきた… つもりだった。
(私が守ってきたのは、ヒト種族だけだ…)
王国から獣人の村を守る為に、出撃命令が出た事はない。
それどころか、出撃中に見つけた獣人の村を襲う部隊が現れたり、率先して獣人を殺す騎士だっている。
(王国民にとって、獣人はただの『獣』だった…)
ギルエは王との謁見… あの時にもヒシヒシと感じていた。
―――(回想)―――――
ギルエが謁見の間に現れると、ノブナガとの戦いを聞くためにたくさんの貴族が集まりヒソヒソと言葉を交わしていた。
「国王さま、ご到着!」
文官の声が謁見の間に響くと、先ほどまでヒソヒソと話していた貴族達は玉座に向き、静かに国王が現れるのを待った。
玉座の横にある扉が静かに開き、何人かの武官と文官が現れ玉座を守るように並ぶと国王がゆっくりと現れた。
国王は玉座に座ると、鋭い目でギルエを見る。
ギルエは膝をつき、深く頭を下げた。
「ロイヤルナイツ 濁流のギルエ。 ただいま帰還しました」
「うむ、よく帰ってきた。 さっそくだが、先の戦いを報告せよ」
「ははぁ」
あの戦いからかなりの時間が経っており、騎士団からの報告もあるため国王は戦いの内容のほとんどを知っているだろう。
ギルエは、それを承知で包み隠さず報告をした。
「ギルエ、ノブナガ軍には魔法を使う戦士がいる、もしくは戦士のような魔法使いがいるそうだな」
「はい。 ヤールガ団長率いる騎士団や戦士団多くはその魔法使いのような戦士に殺されたと聞いております。 私はその報告を受けた後、突然現れた魔物の群れの対応に向かいましたので、直接は見ておりません」
「ふむ。 ならば、その魔物の群れの中に『赤い猿の獣人』がいたというのは本当か?」
「はい。 そいつは赤い顔と赤い髪の猿の獣人で、赤い棍を武器としておりました」
国王はそれを聞き、「ふむ…」と小さく呟いていた。
「そして私はその獣人と戦闘となり…… 敗北しました」
続けてギルエは、少し顔を伏せ敗北したと報告した。
「では、なぜお前は生きている!!」
突然、玉座を守るように並んだいた武官の1人が叫んだ。
「申し訳ありません」
ギルエは武官に深く頭を下げて謝罪するだけだった。
「貴様! 敵に命乞いし、王国の情報を売ったのか! この恥知らずが!」
武官は更に声を大きくしてギルエを責め、謁見の間に集まった貴族達は、ただそれを黙って見ているだけだった。
そして、それは当然の事だとギルエも分かっており、責められる事を承知の上でここに来ていた。
「恐れながら、私は命乞いも情報を売ることもしておりません」
ギルエは、静かに答えた。
誰も信じないだろう… そう思いながら。
その時、国王が静かに言葉を発した。
「今更、知られて困る情報などないだろう」
国王の言葉に、文官や武官、貴族達は驚き騒めきが広がり始めていた。
更に国王は言葉を続ける。
「我らには神から授かった5つの武器と、それを扱うロイヤルナイツがいる。 例えどんな情報がノブナガに流れようと、我らの勝利が変わる事はない」
国王の言葉は静かだが力強く、そこに居る者達の士気を高める不思議な力があった。
「国王さまのおっしゃる通りだ!」
貴族の1人が叫ぶと、次々と声は広がり
「アクロチェア王国ばんざい! 国王さまばんざい!」
と、貴族達が声高々に叫び始めた。
貴族達の声をしばらく聞いていた国王は静かに手を前に出し、貴族達に静まるように促す。
「さて、ギルエ。 先ほどの赤い猿の獣人について、他に報告すべき事はないか?」
国王が赤い猿の獣人に話を戻すと、文官達はギルエの言葉を聞き逃さないよう耳に集中した。
「はっ。戦いの後、その獣人と話をしました」
ギルエの言葉に貴族達が、またザワザワと騒めきだした。
「静かにしろ。 ギルエ、どんな話をしたのだ?」
国王の一言に貴族達は、シンっと静まり返りギルエの言葉を待った。
「その獣人の名は『ラーヴワス・リナワルス』。あの、伝説の極悪人と同じ名を名乗っていました」
「ラーヴワスだと?」
国王は確認するように聞き直した。
「はっ。獣人は自分がラーヴワス本人だと言っておりました」
「本人だと? 名を継いでいるのではなく?」
ギルエの報告は国王や文官、武官、貴族達に大きな衝撃を与えていた。
「はっ。ラーヴワスは800年以上も生き続けていたという事になります」
その時、貴族の1人が叫んだ。
「バカな!? 獣人の寿命はヒトより長いとはいえ、800年以上生きられるばすがありません! ギルエ殿、それは本当の話しなのですか?」
「はい。わたしも最初は信じられませんでした。ですが、ラーヴワスが話す内容は辻褄が合っており、とても作り話とは思えない内容でした。 それに…」
「それに?」
ギルエが言い淀んだ言葉を貴族が聞き直すと、ギルエは国王の方を向き真剣な目で訴えるように話した。
「国王さま、ロイヤルナイツの家系では共通の昔話があります。 それは我らロイヤルナイツの者にしか伝えられておらず、ここにいる貴族さまたちもご存じでないものと思われます」
「ギルエ殿、何が仰りたいのですか?」
ギルエの言葉に文官のひとりが答えた。
「はい。 その昔話とラーヴワスの話しが合致したのです」
「合致した?」
「はい。 元々、ロイヤルナイツは6人居た… と。」
ギルエの発言に貴族たちが騒めきだした。
「6人… ですか? ギルエ殿、ロイヤルナイツ創設時の話はご存知ないのですか? 昔、獣人ザザンが世界を混沌に陥れている時、アクロチェア王国に神から5つの武器が授けられ、時の王は5人の勇者を集めるよう啓示を受けたのです。 それがロイヤルナイツの始まりなのですよ?」
文官は溜息を交えながら説明していた。
「はい、その話しは知っています。ですが、我らロイヤルナイツの家系に伝わる昔話では、6人目のロイヤルナイツが存在しています。 その6人目は赤い棍を持って暴れてまわる赤い猿の獣人だった… と。 その赤い獣人は獣王ザザンを倒した後、突然、王国を裏切りロイヤルナイツの5人に討ち取られた… そして、今回現れた『赤い猿の獣人ラーヴワス』は、その6人目のロイヤルナイツだったと言っていたのです。 昔話と違うのは『6人目』は『討ち取られた』のではなく、『逃げられた』事だけでした」
ギルエの話しに国王は「ふむ」と聞こえないくらいの声を漏らしながら、黙って聞いているだけだった。
「わたしも家に伝わる昔話は信じていませんでした。ですが、今回の事で、それは真実だったのではないか?と考えるようになったのです」
ギルエは真実かどうか分からない『獣人へ行った王国の仕打ち』や『魔法武器』の事は言わず、『6人目のロイヤルナイツ』の事だけを話していた。
「ギルエ殿、申し訳ありませんが、貴方の言う『6人目』がいたという記録は残っておりません。 恐らくは違う話しが伝えられていくうちに、面白い話しとなるよう脚色されてしまったのでしょう。 そして、そのラーヴワスと名乗る者は、何らかの方法でその昔話を知っていたのでしょう」
文官はそう説明し、ギルエの話を打ち切ってしまった。
ギルエもその話を追求する必要も無いため、黙って引き下がった。
それを見ていた国王は静かに立ち、口を開いた。
「そのラーヴワスを名乗る者が何者かは分からん。だが、悪党である事は間違いない。 我らが成すべき事はアクロチェア王国を守り、王国民を守る事だ。 件のノブナガも、ラーヴワスとかいう悪党も正義の剣で打ち滅ぼすのだ」
「ははぁ!!」
貴族達は膝を着き、王の命令を受理した事を示した。
その時、ギルエが声を上げた。
「恐れながら申し上げます! 国王さま! この戦い、止める事はできないでしょうか!」
ギルエの言葉に貴族達は一瞬言葉を失うが、一斉にギルエを罵倒とも言える言葉で批難し始めた。
「それはどう言う意味だ?」
武官のひとりがギルエに問いかけると、貴族達は批難の声を止める。
「はい、わたしはメルギドの町を見てきました。 あの町ではヒトも獣人も魔物でさえ互いに協力し生きておりました。 今回の戦いのキッカケもキシュリという獣人の娘が、プレヤダス一行に殺された事が始まりです。 これまでなら獣人が殺されたところで何の問題も無かったでしょう。しかし、メルギドでは獣人が殺されただけで、獣人だけでなくヒトも魔物も、そして付近の町や村の者までもが武器をとりました」
ギルエは頭を下げながら言葉を続けた。
「もし、王都で同じように獣人が殺されても、誰も気にもしないでしょう… 以前のわたしも気にしていなかったでしょう。 ですが、気にしないのは『ヒト』だけなのです。 この王国には様々な種族が生きています。 獣人も魔物も、ヒトもみんな『ニンゲン』であり、『王国民』なのです。 わたし達、ロイヤルナイツは『王国民』を守る為に存在しています。 なのに、今、わたし達が守っているのは『ヒト』だけなのです。 そして、今回戦う相手は『王国民』なのです! どうか! 一度、ノブナガと対話を… できる事なら戦いの回避をお願いします!」
ギルエは深く頭を下げ懇願した。
謁見の間にいた貴族達は思いがけないギルエの申し出に言葉を失い、シンと静まり返っていた。
「ならん。 ノブナガは国家転覆を企てる犯罪者だ。 それに獣人など、ヒトに近い姿をした『ケモノ』であり、魔物など論外。 獣人や魔物がなまじ言葉を話すから惑わされておるだけだ。 アクロチェア王国は『王国民』の安全と平和を守るため、ノブナガとそれに与する者を滅せなければならない。 分かったらお前もロイヤルナイツの使命を果たせ」
国王は鋭い目でギルエを睨み、戦う事を強制した。
「国王さま! どうか! どうか、今一度、お考え直しを!」
ギルエは必死に懇願した。
が、ギルエの声はもう何処にも届くことは無かった。
「連れて行け」
武官のひとりが、謁見の間に配置された兵士に指示を出した。
ギルエは複数の兵士に取り囲まれ、引きずられるように謁見の間から連れ出され地下牢に閉じ込められてしまったのだった。
――――――――――――
ギルエは地下牢の壁を見ながら深くため息を吐き出し、ふと目線を下に向けた。
そこには数匹のネズミがいた。
そのネズミは腹がパンパンに膨れ、腹の肉の間から赤いモノが見えていた。
「ん? なんだ?」
ギルエは不思議そうにネズミを見ていた。
その時、突然、外で複数の爆発音が響いた。