【53話】戦準備
「お主らは、王都を焼き払うのじゃ」
ノブナガはティアとアネッサにそう指示していた。
ノブナガの説明では、王都の中心にある『王宮』を落とすには『王都』が邪魔なのだ。
まずは王都を焼き払い、王宮を孤立させる。
孤立した王宮をノブナガ軍が取り囲んで攻め落とす。
ざっくり言うとこんな作戦だった。
だが、王都を焼き払うのは容易ではなく、火矢を放ったとしても多少の火災は起きても焼き払うほどにはならないだろう。
それにウワサを流布した事もあり、王都には騎士や戦士達が厳戒態勢を組んでいるはず。
そうなると火矢を打ち込むとしても、王都に近づく事も難しい。
そこで、火の魔法が使えるティアたち月女族の出番となるのだ。
隠密行動もできる月女族が王都へ潜入し、ノブナガ軍の到着に合わせて火の魔法で王都に火を付けるのだ。
だが、それだけでは『焼き払う』まではいかないだろう。
なのでノブナガは更なる策を出した。
「アネッサ、お主はティアらと共に王都へ行き、ティアらが付けた火を拡大させるのじゃ」
「は? どうやって拡大させるのよ?」
アネッサはノブナガの意図が分からず少し剣のある尋ね方をするが、ノブナガも慣れてしまい『いつもの事』とスルーして話を続ける。
「うむ、先にカーテらを王都に送り込んでおる。その際、あやつらには『火の魔石』を大量に集めておくように指示しておる。 お主はティアらが付けた火に『火の魔石』を放り込むだけでよい。 さすれば火は瞬く間に広がり王都は火の海に沈む事になるじゃろう」
ノブナガは以前、魔道銃を作ったドワーフ職人のゴームから魔道銃を取り扱う際の注意事項として聞いていた。
『この魔道銃に使っている火の魔石はキチンと使えば便利なのだが、間違って火の中に放り込んだりすると爆発したり、大きな炎となって危険な代物だ。取り扱いには注意してください』
と。
ノブナガはこの性質を利用しようと考えていた。
「なるほど。 分かったわ」
アネッサはそう答えた後、これからティア達と一緒に過ごせる嬉しさを隠せず、ずっとニヤニヤしていた。
(こやつ、分かっておるのか?)
と、ノブナガは若干の不安を感じながらも、この策を遂行できる人物はアネッサと月女族しかいないと考え任せる事にしたのだった。
「さぁ、準備を始めましょう!」
カーテの倉庫で体をほぐしたティア達は、ノブナガに命じられた『自分達の役割り』を果たすため行動を開始した。
「アネッサの姐さん、コレを」
カーテは倉庫の奥から火の魔石を詰めた大きな麻袋を2つ、アネッサの足下に置いた。
「ちゃんと集めてきたわね」
アネッサは満足そうに袋から魔石を出し床にばら撒くと、呪文を唱え大量の『ネズミのゾンビ』を召喚する。
「さぁ、ネズミ達。 そこの魔石を食うのよ!」
ネズミ達は一斉に魔石に群がると、腹一杯、火の魔石を食っていた。
「よし、それじゃ行きなさい」
アネッサの命令でネズミたちは町中に散らばっていった。
「カーテさん達は、これからどうするのですか?」
ティアの質問にカーテはニヤリと笑い答える。
「もちろん商売ですよ! せっかく仕入れた薬草ですからね!捨てるなんてもったいない!」
カーテはそう言うと、仲間たちと共に荷馬車に乗り込み倉庫を出て行ってしまった。
「ふふ。 さすがカーテさんですね」
ティアは笑いながらカーテ達を見送ると、パル達を集めて火を付ける段取りを相談していた。
この時、これから始まる『初めての戦』に緊張し、与えられた『役目』を果たす事に集中していたティアたち月女族は、重大な事に気が付いていなかった。
後日、ティア達はソレに気付かなかった事を後悔する事になるのだが…
今はまだ、ソレが分からなかった。
そして、夜。
薬草を売りつくしてご機嫌なカーテらが用意した食事を取りながら、ティアたちは穏やかな時間を過ごしていた。
「それじゃ、そろそろわたしは次の準備をしてくるわね」
アネッサはおもむろに立ち上がると、ティアたちの頭を撫でてまわっていた。
「巫女さま、次の準備って?」
パルは頭をグリグリと撫でられながら質問した。
「これだけ大きな町だからね、大きな墓地があるばす。 これから墓地に行って死体を集めてくるわ」
アネッサはニコっと笑って答えると、静かに倉庫を出ていった。
「死体ですか…」
パルはボソっと呟きながらアネッサを見送っていた。
「ご遺体を『材料』と呼ぶ巫女さまも巫女だけど、それに慣れてしまっているあたし達もあたし達だね」
ティアは苦笑いしながらアネッサを見送っていた。
次の日。
「さぁ、今夜決行だね」
ティアは緊張した面持ちでパル達に話しかける。
「はい。 うまくできるでしょうか…?」
パルやチカム達は不安そうな顔でティアを見ていた。
「大丈夫。 あたし達なら出来るわ」
ティアは精一杯の笑顔を作り、仲間たちの不安を取り除こうとしていた。
「ところで、ティア姉さま。 巫女さま、結局帰ってこなかったね」
昨夜出て行ったきり帰ってこないアネッサを心配して、チカムは倉庫の入口を見ながら話していた。
「そうね。 まあ、巫女さまなら大丈夫よ。 だって、巫女さまなんだから」
ティアの答えにチカムも、そして他の仲間達も納得し「そうだね」と笑っていた。
「カーテさんは、今日どうするのですか?」
ティアの質問にカーテはニヤリと笑い答えた。
「もちろん商売ですよ! と、言っても今回の商売はノブナガの兄貴の指示ですけどね」
「ノブナガの?」
ティアは不思議そうにカーテを見ながら尋ねた。
「はい。 今日は王都にある食料を買えるだけ買います。 買い集めたら夕方には王都を出ます」
「食料?」
「ええ、王都の食料を持ってノブナガ軍に戻るのですよ。 セミコフら仲間達の兵站を確保すると同時に、王国軍の兵站を減らす。 ノブナガの兄貴の考える事はスゴいですよね。 まるで何年も兵を率いて戦ってきた大将のようですよ」
カーテは腕を組みうんうんと頷きながら、自慢するように話していた。
「へぇ。 ノブナガってそこまで考えているんだねぇ」
ティアも関心しながらカーテの話を聞いていた。
「それじゃ、ティアの姉さん。 オレたちは出発するよ。 みなさん、ご武運を!」
「カーテさんもご無事で!」
カーテ達は荷馬車に乗り込むと、倉庫を出て行った。
「あたし達は、このまま夜まで隠れていましょう」
「はい!」
ティア達、月女族は静かに倉庫の中で『その時』を待っていた。
その頃、ノブナガ軍は予定通り行軍を進めていた。
「ノブナガさま、ティア殿達は手筈通り出来ておるでしょうか?」
ミツヒデは初めての戦で緊張しているであろうティア達を心配していたのだ。
心配とはティア達の行動如何でノブナガの策が成功するかどうかもあるが、どちらかと言うとミツヒデは自分の息子を初陣に送り出す父親のような気持ちの方が強かった。
「うむ。あやつらなら大丈夫じゃろう。 なにせ、バカが着くほど愚直な奴らじゃからな」
ノブナガは初めてティア達の村『ハーゼ村』でホニード達を迎え撃った時の事を思い出し、笑いながら答えた。
「左様でございますな。 ティア殿達なら、きっと役目を果たしてくれるでしょう」
ミツヒデも軽く笑いながら答える。
「それにの、アネッサがおる。 あやつはこの戦で負けたらどうなるのかよく理解しておる。 そして、それはアネッサにとって絶対に避けなければならない事じゃ。 あやつはどんな事をしても王都を焼き払うじゃろう」
「確かに… この戦、負ければティア殿たち獣人は殲滅されるやも… 例え殲滅は免れてたとしても、獣人たちはこれまでよりも酷い扱いを受けるのは必至ですからな」
「うむ。 ワシらは必ず勝たねばならんのじゃ」
ノブナガは真剣な目で前を見据え、決意を固めていた。
そして夕方、ノブナガ軍は予定通り王都付近に到着した。
ノブナガは少し高い場所に登ると、王都全体を見渡していた。
「これが『王都』ですか…」
ミツヒデはノブナガの隣に並ぶと、メルギドとは段違いに栄えた王都を眺めていた。
「うむ。 これが王都アクロザホルンじゃ。 そして、町の中央に見えるのが王宮。 ワシらはアレを落とす」
ノブナガはニヤリと笑いながら王都の中央に聳え立つ王宮を睨むように見ると、着流しのように着ていた和服の襟をただし謡いだした。
「思へばこの世は常の住み家にあらず
草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし
金谷に花を詠じ、榮花は先立つて無常の風に誘はるる
南楼の月を弄ぶ輩も 月に先立つて有為の雲にかくれり
人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり
一度生を享け、滅せぬもののあるべきか
これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ」
ノブナガが『敦盛』を謡う間、ミツヒデは黙って膝をつき頭を下げていた。
「よし、行くか」
ノブナガは颯爽と踵を返すと、大将を待つノブナガ軍のもとに歩き始めた。
「はっ」
ミツヒデも武将の顔となり、ノブナガについて歩いていた。