【52話】王都潜入
野営地を出発した翌日の昼頃、ティア達は王都近くに到着した。
カーテが流布したウワサの影響か、王都では警備兵や騎士たちが王都の出入り口や周辺を巡回するなどの厳戒態勢が取られていた。
「やっぱり警備が厳戒になってるわね」
王都から少し離れた場所から様子を伺っていたアネッサはティアに話しかけた。
「そうですね。 それで巫女さま、どうやって潜入しましょうか?」
ティアはフードを外し、長い耳で付近を警戒しながら尋ねた。
「そうね… わたしは顔がバレてるし… 貴女達はフードを剥がされると耳が隠せない… 困ったわね」
アネッサは腕を組んで考えていた。
その時、背後から聞き覚えのある声で呼びかけられた。
「姐さん方、そろそろ来る頃だと思いましたよ」
ティア達が振り返ると、そこには日焼けした顔で白い歯を輝かせている美丈夫カーテが手を振っていた。
「カーテさん!」
ティアが驚いて声を上げる隣で、少し不服そうにアネッサが
「なに?」
と、冷たくカーテを迎えていた。
「あ… あの、みなさん王都に入るのに困ってるだろうなと思ってお迎えに来ました…」
カーテは明らかに不機嫌なアネッサにビビりながら説明する。
「み… 巫女さま。 カーテさんがお手伝いに来てくれたのですから…」
ティアは苦笑いを浮かべながらアネッサの機嫌を取ろうとしていた。
「せっかく月女族と水入らずで、楽しいひとときだったのに… もう少し空気読みなさいよね」
アネッサの身勝手な怒りは、ティアによってモヤモヤしながらも消えていった。
「ところでカーテさん。 どうしてここが?」
ティアは何の打合せも連絡もなく、ピンポイントにティア達の前に現れたカーテが不思議で仕方なかった。
「簡単ですよ。 メルギド方面からで、王都から少し離れつつも王都の様子が見れる場所っていうのは意外と少ないのです。 後は、メルギドからの移動日数を考えると分かるものですよ」
カーテはニコっと笑いながら説明した。
「はぁ… カーテさんって、実はすごい人だったんですねぇ」
ティアは思わず本音を隠す事もなく、思ったままを口に出していた。
「な… なんか、オレの評価低過ぎじゃない?」
カーテは頭をかきながら苦笑いしていた。
「あんたの評価? そんなもの元々ないわよ」
アネッサが冷たく言い放つと、カーテは大袈裟に膝から崩れ落ち地面に両手を付いて項垂れていた。
「ま… まぁ、カーテさん。 とにかく王都に潜入するお手伝いをお願いします」
ティアがカーテを慰めるように背中を摩りながら、話しを本題に戻した。
「あ、あぁ、そうでした。 みなさま、下に準備していますので、こちらへ来てください」
カーテは気を取り直してティア達を街道脇に停めている荷馬車へ案内した。
そこにはカーテの仲間が数人と荷馬車が3台あり、各荷台には10個の大きめのタルが所狭しと並べられていた。
「これは?」
ティアの問い掛けに、カーテはドヤ顔で説明を始める。
「みなさんには、このタルの中に入って頂きます」
カーテはひとつのタルのフタを開けると、そこには薬草が詰め込まれていた。
「この薬草の中に入るの?」
タルのフタを開けたとたんに広がる薬草独特の臭いに、パルが少しイヤそうに尋ねると、カーテは白い歯をキラーンと輝かせてタルに近づいた。
「ご安心ください。 このタルは二重底になっているのです。 薬草はタルの上1/3くらいしかありません。薬草の下に中蓋があり、その下は皆様が隠れるスペースとなっています」
カーテはそう説明しながら薬草を退かし、タルの中蓋を外して見せた。
「ほぇー これならバレずに王都に入れそうですねぇ」
チカムがタルの中を覗き込みながら感嘆の声をあげると
「でしょ? このタルを作るのに苦労したんですから」
カーテは嬉しそうに応えていた。
「まぁ、少し薬草の臭いが気になるけど… これならマシそうね」
パルもタルを覗き込み感想を述べる。
「タルは30個用意しており、みなさまが入るタル以外は本当に薬草を詰めています」
ここにはアネッサと、ティアたち月女族が10名、合わせて11名がいるのでタル全体の1/3が偽物となる計算である。
「本物の薬草のタルの中に、あたしたちが隠れている偽物のタルを混ぜるのね」
ティアがカーテの作戦を理解し、言葉に出すことでカーテに確認していた。
「その通りです。 木を隠すなら森と言うように、本物のタルの中に偽物を混ぜて王都に潜入するのです」
「うん、わかった。 それじゃ、みんなタルに隠れるわよ!」
ティアの指示でパル達は各荷馬車に分かれ、カーテの仲間達に手伝ってもらいながらタルに隠れた。
「カーテ、もし失敗したら… 分かってるでしょうね?」
アネッサはギロっとカーテを睨んでタルに入ると、体を小さくしていた。
「も! もちろんです! オレに任せて下さい!」
カーテは背筋を伸ばし、いつもより大きな声で答えるとアネッサをタルの中に隠した。
「てめえら、用意はいいか?」
カーテは仲間たちの様子を確認しながら声をかける。
「へい!」
「よし! 出発するぞ!」
カーテは先頭の御者台に乗ると荷馬車を動かす。
それに追従して仲間達も荷馬車を動かし始めた。
しばらく荷馬車を走らせると、すぐに王都の入口に到着した。
王都を囲むように作られた城壁には、町に入る為の門が設置してあり、そこにはいつもよりも多い門兵たちが町に入る者をチェックしていた。
「おい、そこの荷馬車止まれ!」
門兵のひとりがカーテに声をかける。
「こんにちは! ダンナ、今日はいつもより厳重ですね」
カーテは慣れた感じで門兵に話しかけた。
「おお、カーテか。 相変わらず元気そうだな」
カーテは以前から商売で王都に来ていたため、門兵達とは顔見知りだった。
「へへ、オレら商人は体が資本ですからね! 病気なんてしているヒマありませんよ」
カーテは力こぶを作り、力こぶを叩きながら爽やかに笑う。
「それもそうだな。 まぁ、お前の事は信用しているが、決まりだからな。 荷物を確認させてもらうぞ」
門兵はそう言いながら荷台に近づいてきた。
「ええ、どうぞどうぞ。 ダンナも大変ですね」
カーテも御者台を降りて荷台に向かう。
「これはなんだ?」
門兵はタルを手で叩きながら質問した。
「薬草です。 最近、何やらきな臭い話があるでしょ? と、言う事は薬草が売れる! と、思いましてね」
カーテは笑いながらタルのフタを開けて、門兵にタルの中身を見せた。
「お前のその金に対する嗅覚はスゴいな」
門兵は笑いながら荷台に上がると、タルの横で剣を抜いた。
「いやぁ、それほどでも… って、ダンナ何してるんですか?」
「ん? 薬草の中に何か隠れてないか確かめるんだよ」
門兵はそう言いながら剣を薬草の中に突き立てた。
「ちょっ! 何するんですか!」
慌ててカーテが叫ぶが、剣はタルの中央に突き刺され薬草の中に埋もれてしまった。
「なんだ、そんな大きな声を出して」
門兵は剣をグリグリと薬草をかき回すように動かしながらカーテを見ていた。
「ダンナ、勘弁して下さいよ! その薬草に傷が付いたら売れなくなるんですよ! これは希少な薬草で、薬草から出る汁が他の薬草に付くと薬効が低下するんですよ」
カーテが抗議すると、門兵は剣を持つ手を止めた。
「え? そうなのか? それじゃこのタルの薬草は…」
「はぁ、それはもうダメでしょうね。 それだけグリグリされちゃ売り物になりませんよ…」
カーテは大きくため息を吐きながら答える。
「あちゃー それは悪い事したな」
門兵は申し訳なさそうに剣をタルから抜き、荷台から降りてきた。
「まぁ、ダンナですし… タル1個だけなので、いいですよ…」
「そ… そうか? すまんすまん。 知らなかったんだ」
門兵は愛想笑いを作りながら、軽く謝っていた。
「ダンナだからですからね? 他の人だったら弁償してもらうところですよ?」
カーテの言葉に門兵はホッとした顔になり笑いだす。
「いやぁ、ホント悪かったな」
「それじゃ、ダンナ。 通っていいですか?」
「あ! ああ! 構わないとも」
門兵は荷台から離れ、カーテ達を町に迎え入れていた。
カーテはそのまま町の大通りをしばらく進むと路地に入り、そこらかもう少し進んだ所にある窓が無い建物の前で止まった。
建物には荷馬車がそのまま入れる大きさの両開きの扉があり、カーテと仲間達は力を込めて扉を押した。
両開きの扉の蝶番がギーと音を立てながらゆっくりと開くと、そこは何も無い広い空間だった。
カーテ達は荷馬車に乗り込みそのまま建物の中に入ると、またみんなで力を合わせて扉を閉める。
建物には窓が無いため扉を閉めると暗く、目が慣れるまで何も見えない状態となる。
そんな中、カーテ達は手慣れた手つきで壁に設置しているランプに火を灯した。
ランプは空間全てを照らす程の光量はないが、そこで作業をしたり寛いだりするには問題のない明るさだった。
「姐さん、お待たせしました」
カーテと仲間達はタルのフタを開け、アネッサやティア達をタルから出す。
「んーっ 体が固まるかと思ったよ」
ティア達は解放された体を伸ばし、筋肉をほぐすようにストレッチをすると薄暗い空間を見渡していた。
「ここはオレたちがいつも使う倉庫兼、住居ですよ。 王都で商売する時はいつもここに商品を保管しているのです」
カーテの説明に、パルやチカムたちは「へー」と物珍しいそうに建物の内部を見渡していた。
「ところで、あんた。 門のところでいきなりタルに剣を突き刺されてたじゃないの! もし、あのタルに月女族が入っていたらどうするつもりだったのよ!」
アネッサがカーテにくってかかると、カーテは両手を前に出してアネッサを宥めながら言い訳を始める。
「オレだって、突然、剣を突き刺すなんて思いもしなかっですよ。 まあ、でも手は突っ込まれると思っていたので本物のタルを見せていたのですけどね」
「でも、ほんとビックリしたよ。 音だけ聞いてたから、思わず体がビクッてなっちゃった」
パルが笑いながら話していると、ティアがカーテに尋ねた。
「ねぇ、この薬草って傷がついたらダメになるの?」
ティアは真面目な顔でカーテを見つめる。
「え? そんな訳ないじゃないですか。 薬草はすり潰して使うのですよ? 汁が薬草に付いて薬効が無くなったら薬草として使えないじゃないですか」
カーテは笑いながら答えていた。
「はぁ… カーテさんって、実はすごい人だったんですねぇ」
ティアは全く違う意味で、同じセリフを思ったままを口に出していた。