【51話】決戦前夜
三つ目をモチーフとしたステンドグラスから光が差し込むだけで、すこし薄暗い大きな部屋に6人の白いローブを着た男女が丸いテーブルを囲んで座っていた。
「アクロチェア王国が騒がしいようだな」
白い髭を蓄えた老齢の男が、少ししゃがれた声で皆に問いかけた。
「いつもの獣人の反乱ではないのですか?」
老齢の男の右側に座っていた30代くらいの女が答える。
すると、老齢の男を起点に右回りで一言ずつ話し出した。
「今回は獣人だけではないそうですよ?」
初めに話し出した老齢の男より少し若い男が答える。
「どうやら獣人だけではなく、ヒトや亜人までも徒党を組んでいるらしい。 しかも、複数のアンデットが確認されたそうだ」
50代くらいの男が腕を組んで話す。
「アンデットが? それが本当だとすると、我らも動かねばなりませんな…」
老齢の男より少し若いくらいの男が、眉間にシワを寄せながら話していた。
「法皇、どうされますか?」
老齢の左隣に座った40代くらいの女が、1番最初に話し出した白い髭を蓄えた老齢の男に尋ねた。
法皇と呼ばれた老齢の男は少し考え、ゆっくりと口を開く。
「アンデットの件は詳しく調査せよ。 アクロチェア王国及びガザム帝国の動向に注視せよ」
「承知しました」
法皇と両側に座っていた女2人以外の男3人はそう答えると、静かに席を立ち部屋を出て行った。
法皇は男達が出て行くの確認すると、ゆっくりと立ち上がりステンドグラスを眺めていると、残った女2人は法王の一歩後ろで、法王を挟むように静かに立っていた。
「ロアさま。 我らをお導きください…」
法皇はステンドグラスを見ながら、静かに祈りを捧げていた。
その頃、ガザム帝国でもアクロチェア王国の異変について議論されていた。
「皇帝、今こそアクロチェア王国へ攻め入る時ですぞ!」
プレートメイルを着込んだ屈強な男が皇帝に進言すると、周りにいる同じく屈強な男達も同意し皇帝の返事を待っていた。
皇帝と呼ばれた男は、金髪の優男で部屋の中央にあるソファーに寝転び、まるで自室で寛ぐダラけた若い男にしか見えなかった。
「そう、騒ぐな。 なんにでもタイミングというものがあるのだ」
皇帝は手をヒラヒラさせながら屈強な男達の言葉をあしらっていた。
「だから! 今がそのタイミングだと申しておるのです!」
最初に進言したプレートメイルを着た男が皇帝に詰め寄ると、皇帝はギロリと目を開いた。
その目は鋭く、まるで猛禽類のそれを彷彿させる威圧感を放っていた。
男が「ぐ…」と、声を詰まらせ数歩後退りすると、皇帝はまたダラけた表情に戻る。
「今はそのタイミングではない。 確かに王国はノブナガとか言う子供に手を焼いてるようだが、まだ対処できていない訳ではない。 それに法王国の動きも気になる。 帝国が動くのはこれらを見極めてからでいい」
皇帝はそう言うと、目を瞑り手をヒラヒラと振って男達の退室を促していた。
屈強な男達は素直に従い、皇帝の部屋から静かに出て行く。
「ふぅ、脳筋どもが…」
皇帝はボソリと呟くと、ソファーに座り直す。
「情報を集めよ。 ノブナガとその側近、特にネクロマンサーの存在だ。 あとは魔法を使う戦士の存在だ」
皇帝が誰にともなく指示を出すと、
「承知しました」
と、天井付近から静かに声が聞こえ数人の気配が消えた。
「ノブナガか…」
皇帝は手を組んで、中空を睨むように考えていた。
ノブナガ軍が出陣する少し前、カーテら商人達は先行してメルギドを出発していた。
商人達は1人づつ各町や村へ向かい、ノブナガに指示された『ウワサ』を流布していたのだ。
王国軍を退け、メルギドが勝利の美酒に酔いしれた翌日。
ミツヒデら幹部は安土城に集まっていた。
「カーテ、お主ら商人は先行し『ウワサ』を流布するのじゃ」
ノブナガはカーテを指名すると、これから行う『国取り』の準備として指示を出していた。
「ウワサ… ? どんなウワサを広めればいいんだ?」
相変わらず日に焼けた美丈夫のカーテは、白い歯を輝かせながら尋ねた。
「アクロチェア国王は『ヒト至上主義』を謳う事でヒトの意識を獣人に向けさせ、私腹を肥やす事に執着している。 腐敗した王国を正すためメルギドの民は立ち上がった… 間も無く王都アクロザホルンは戦禍に見舞われるじゃろう… じゃ」
ノブナガはニヤニヤしながらカーテに『ウワサ』を伝えた。
「なるほど… それなら『メルギドのノブナガは、正義のために戦う意思を持つ者は名乗り出ろ。我らと共に戦おう。と、言っているらしい』と、付け加えるのはどうだ?」
カーテは腕を組みながら『ウワサ』に脚色を加えた。
「…うむ。兵も増えるやもしれんな。 カーテ、その案でいこう」
ノブナガは満足そうに笑うと、カーテの意見を取り入れた。
その時、ティアは不安そうな顔でノブナガに尋ねた。
「あのさ、王都が戦禍に見舞われるって事は、王都を攻め入るって事よね?」
「うむ。 その通りじゃ」
「王都に住んでいるヒトや獣人達はどうなるの?」
ティアは不安を抑えるように、手をキュっと握りながら尋ねていた。
「その為の『ウワサ』じゃ」
ノブナガはニヤリと笑いながら答えた。
「その為のウワサ?」
「うむ。 前回の戦で我らのチカラは世に知れ渡った。 その我らが王国の城を落とすと言っているわけじゃ。 ならば、その戦に巻き込まれないよう王都の人間は避難を始めるじゃろう。 つまり、我らが王都に着く頃は、王都には王国の為に戦う兵しかおらん… と、いう事になるのじゃ」
「そうか! 今から戦争が始まると分かっているのに避難しないヒトなんていないよね」
ノブナガは一部分を伏せてティアに説明していたのだが、戦を知らないティアはノブナガの言葉を素直に受け取り、安心したように笑みを浮かべていた。
その『一部分』について、ミツヒデを始めホニードやカーテ、セミコフ達は理解していたが、口を開けることは無かった。
なぜなら、ソレを口にすると自分達も戦えなくなってしまうからだった。
その『一部分』とは、いつの時代においても、そしてどんな戦争においても起こりえる事であり、全ての兵士が目を背け続ける事象… 『民兵と一般市民の区別はつかない』ということだ。
戦争が起これば少なからず民兵が現れる。
彼らは軍隊のように訓練されていない事もあり、統制が取れず一部で暴走し過剰に敵兵を攻撃する事がある。
一方、一般市民の中には戦闘には参加しないが、自分達の町を離れる事を拒む者や、何らかの理由で避難できない者が出てくる。
町を制圧しようとする兵士から見れば『見た目は同じ市民』でありながら、一般市民の中に『自分の命を脅かそうとする民兵』が隠れ潜み、銃口をこちらに向け、今にも引金を引こうとしている状況となるのだ。
だから、兵士達は一般市民へ避難勧告した後も残り続ける者は『民兵』として戦うしかなかった。
それが自分の命を守る事になるのだから…
そして、これは例外なくこれからノブナガが攻め入る王都でも起こるだろう。
だから、ミツヒデやホニード、セミコフらは口を閉ざすしかなかった。
「うむ。だから、安心せい。町の者は戦が始まる前に王都を離れるじゃろう。 逆に言うと、王都には敵しかおらん。ティアよ、『敵』を見つければ躊躇なく殺せ。 それが例え女子供であろうと…じゃ。 もし、躊躇すれば死ぬのはお主なのじゃからな」
ノブナガが真剣な顔でティアに言い聞かせると、ティアもまた真剣な顔で黙って頷いて応えていた。
「うむ」
ノブナガは満足そうに笑っていた。
そして、現在。
ノブナガ軍はメルギドから行軍を進めていた。
メルギド近くの町や村では、カーテの『ウワサ』が効いたのか志願兵も集まり、食事を用意してくれる町もあった。
だが、王都に近づくにつれカーテのウワサ効果は薄れていた。
そんな中、ノブナガ軍は変わらず行軍し王都まであと3日という場所まで着いていた。
「皆のもの! 王都まであと少しだ! 今日はここで野営をする」
ミツヒデの指示で兵士達は手慣れた手つきでテントを張り、あっという間に野営地を設営していた。
兵士達は歩き疲れた体を癒しながら、食事をとり焚き火を囲んでこれからの戦いに向け英気を養っていた。
野営地の中心にはノブナガと幹部達が集まる大きめのテントがあった。
そのテントの中では王都攻略に向けた作戦会議が開かれていた。
「ノブナガさま、間も無く王都… 戦が始まりますな」
ミツヒデは王都の地図を広げたテーブルを見ながら話しかけていた。
「うむ。 お主ら、準備は出来ておるか?」
ノブナガの問いにミツヒデやホニード、セミコフらは黙って頷く。
「うむ。ならば、これより策を伝える」
ノブナガは王都の地図を指差しながら、各隊へ役割りと指示を行った。
「説明は以上じゃ」
「承知!」
ノブナガの策を聞いたミツヒデらは、ついに始まる戦を前に少し興奮しているようだった。
「では、アネッサ、そしてティアら月女族は、今夜、先行して王都に潜入し戦の準備を進めよ」
「ノブナガ、わたしを月女族と一緒に行動させるって… 分かってるわね」
アネッサは嬉しそうにそう言うとテントを出て、オオカミゾンビを召喚していた。
「ノブナガ、あたし達の役割りは必ず果たしてくるわ」
「うむ、ティア。 任せたぞ」
ノブナガの言葉を聞いたティアは、月女族を集め黒大蜘蛛の糸で作ったお揃いの装備を纏いアネッサと共に王都へ出発し、闇夜に紛れるように姿を消した。
「頼んだぞ」
ノブナガはティア達が姿を消した闇夜をしばらく見つめると、テントの中に戻っていった。