【14話】試し斬り
「ティア姉さま! 早く逃げて!!」
息を切らしながら子供が飛び込んで来た。
「チカム!? どうしたの?」
ティアはチカムを抱きとめると、チカムの両頬を抑えて顔を見ながら問いただすと、
チカムは村の入り口の方を指差しながら
「アイツが! アイツが来たの!」
「アイツ… まさか、ホニード!?」
ティアは目を見開き、顔を強張らせていた。
チカムは泣きながら
「そう! ホニードが来た! メルギドの町で魚を食べたウサギ女がいるだろう! 連れてこい!って叫んでる。 今はイルージュさまがなんとかホニードを落ち着かせようとしてるけど… 全然、聞いてくれないの…」
「くっ…」
ティアは村の入り口の方を睨み、今にも駆け出しそうになっている。
「ティア姉さま!ダメ!! ホニードは新しい武器を持っていたわ! きっと、また試し斬りに来たのよ… ティア姉さま、行ったら殺されるわ!」
チカムはティアの腰にしがみついて叫ぶ。
「チカム! 離して! あたしが行かなきゃ、他の誰かが試し斬りされてしまう!」
ティアは必死の形相でチカムを振り解き、ものすごい速さで駆け出してしまった。
「ティア姉さま!!!」
チカムは膝から転び、必死に手を伸ばしてティアを止めようとするが、すでにティアの姿は見えなくなっていた。
「ふむ、ミツヒデ、参るぞ」
ノブナガはゆっくりと立ち上がり、刀と脇差しを腰に携える。ミツヒデも「はっ」と頭を下げてから立ち上がり、刀と脇差しを携えた。
「ノブナガ! ミツヒデ!ダメ! ホニードはメルギドの自警団の団長で、一番強いの! 誰もホニードには勝てないわ!」
チカムが必死でノブナガとミツヒデを静止しようするが
「ティアがメルギドの町で魚を食ったのは、ワシが無理矢理食わせたからじゃ。 なれば、ワシがホニードとやらに話しをつけねばならぬ」
ノブナガが刀に右腕を乗せると、刀はカチャと音を立てていた。
「ノブナガさま、わたしが話しをつけて参ります」
ミツヒデが膝を着き、頭を下げると
「ならん。 これはワシのケンカじゃ」
ノブナガはニヤリと笑っていた。
「……ノブナガさま。 刃傷沙汰はお控え下さい」
ミツヒデがチクッと釘を刺すと
「わ… 分かっておる! ワシは話し合いに行くだけじゃ…」
ノブナガは少し残念そうな顔になりながら言い訳していた。
「ノ… ノブナガ…」
チカムは泣きながらノブナガを見上げていた。
「チカムとやら、ワシがティアを… いや、この村の者、誰も殺させはせん」
ノブナガはチカムに微笑むと、家の外に出て腰を落とし大地を蹴って走り出した。
ノブナガを追うようにミツヒデも走りだすと、二人はあっという間にチカムから見えなくなってしまった。
村の入り口では、屈強な男が数名の男を連れて
「魚を食ったウサギ女を連れてこい!」
と叫んでいた。
男の足下でイルージュが必死に場を収めようと頭を下げ、イルージュの後ろには数人の村人が正座で額を地面に擦りつけていた。
「ホニード!! 魚を食べたのはあたしよ!」
ティアはホニード達が見えたところで立ち止まり叫ぶと
「ティア! ここに来てはダメ!!」
イルージュがティアに気がつき叫ぶ。
「ほぉ、自ら名乗り出てきたか。 なかなかいい度胸をしている」
ホニードはニヤニヤしながらティアを見ていると
「ホニードさま!! お願いです! この子を殺さないでください! お願いします!!」
イルージュがホニードの足にしがみついて命乞いをしていた。
「ダメだ! 魚は『ヒト様』が食べるものだ。お前たちウサギ如きが口にしていい物ではない! それを食べたあの女は万死に値する!」
ホニードがイルージュを蹴り飛ばし、ティアに歩み寄ってきた。
「さ… 魚を食べたのはあたしよ。 あたしを殺したら村から出て行って!」
ティアはガタガタと震えながらホニードを睨みつける。
「生意気なウサギ女だな… 殺されるだけで済むと思うなよ!」
ホニードがティアの右腕を捻り上げ、ニヤニヤとティアの体を舐め回すように見ていた。
「くそっ! 殺せ!」
ティアが叫び、ジタバタと対抗しているとき
「ホニードとやらはお主か?」
いつの間にかノブナガが、ホニードの横に立っておりティアを捻り上げている腕を掴んでいた。
「いててててて!!」
ホニードはティアを離して、ノブナガに握られていた腕をさすりながらノブナガを睨みつけた。
「…ノブナガ?」
ティアが涙目でノブナガを見ていると
「なんだ貴様、見ない顔だな」
ホニードがティアを押しのけてノブナガの前に立った。
12歳くらいのノブナガに比べると、ホニードは鍛え上げられた屈強な男。まるでプロレスラーと子供くらいの体格差があった。
「ワシはノブナガ。 嫌がるティアに無理矢理魚を食わせたのはワシじゃ」
「なに?貴様、ヒトでありながらウサギ女に魚を食わせたのか?」
ホニードがギロリとノブナガを睨む。
「ワシはティアに、そしてこの村の者達に恩義がある。 もし、この村の者に手を出すと言うなら… ワシが相手じゃ」
ノブナガがギンっと睨むと、辺りの空気がピリピリと突き刺さるような感覚になり、ホニードの背後にいた男達は一歩後退っていた。
「き… 貴様! このオレをホニード様だと知っての事か!」
「あぁ、それはさっき確認したであろう? もう忘れたのか? お主の頭はニワトリか?」
ノブナガは、はぁとため息をついて悪態をつくと
「き!き!貴様!! ぶっ殺してやる!!」
ホニードは激昂し、新しく手に入れたのであろう両手剣をノブナガの頭上に振り下ろした。
『ガギン!!』
激しい金属音が響いた瞬間、ホニードか持っていた両手剣の刃部分はノブナガの刀に切り飛ばされ、クルクルと宙を飛ぶとホニードが連れていた男の足下に突き刺さった。
「なっ…?」
ノブナガは呆気に取られたホニードの首元に刀を突きつけ、
「このままその首を飛ばす事も出来るが… どうする?」
ノブナガはニヤリと笑いながらホニードを睨みつけていた。
「くっ… くそっ 手前ら、引き上げるぞ!」
ホニードは連れの男達を連れて村から出て行った。
イルージュやティアは腰が抜けてその場に座り込み、集まっていた村人達も深いため息をつきながらへたり込んでしまっていた。
「ノブナガさま、お疲れ様でございました」
ミツヒデだけはノブナガの隣で膝をつき、頭を下げていた。