【45話】『徳川家康』
「何が聞きたい?」
ギルエがノブナガに尋ねると、ノブナガは「ふむ…」と、呟きながらギルエを品定めするように見ていた。
(ちっ)
ギルエはロイヤルナイツである。
どちらかと言うと、敵を捕まえ尋問する側の人間だった。
それが今はノブナガに捕まり、尋問されそうになっている。
少しでも優位な立場に立つため「何が聞きたい?」と強がってみたものの、どうやらノブナガにはあまり効果が無いようだった。
この男には敵わない…とは思ったものの、ロイヤルナイツとしてプライドがあるギルエには屈辱的な時間だっただろう。
ノブナガの視線を甘んじて受けながらも、胸を張り自身のプライドを保とうとするギルエ。
ノブナガは、ふと笑いギルエに話しかけはじめた。
尋問ではなく、話しかけたのだ。
「ギルエ、お主、腹は減ってないか?」
「は?」
まったく意図していない質問に、ギルエは呆気に取られ間抜けな返事をしてしまった。
「まぁ、そう固くなるな。 わしはお主と話がしたいだけなのじゃ」
ノブナガはさっきまで敵だったギルエに対して、戦が終わればもう関係ないと言わんばかりの雰囲気だった。
実際、織田信長は今川義元との戦『桶狭間の戦い』で今川氏を破った後、当時、今川氏に仕えていた徳川家康を仲間に引き入れているのだ。
今回の王国との戦で勝利したノブナガはヤールガに仲間になれと言ったように、ギルエを仲間に引き入れようと考えていたのだ。
現在ノブナガにとって必要なモノ2つある。ひとつは、この世界の『情報』… 特にアクロチェア王国の国力をはじめとした各国の国力や情勢、勢力バランス。
ある程度のことはソレメルやホニード達に聞いて知っているが、それは王国民の視点である。
ギルエは王国騎士団、しかもロイヤルナイツの1人であり、かなり高位の貴族なのだ。
ギルエから仕入れる情報は、これまで集めてきた情報に比べると一線を画すものとなるだろう。
ふたつ目に『戦力』だ。
アネッサやラーヴワス、月女族など強力な『戦力』はある。
しかし、アクロチェア王国やガザム帝国などと戦うには戦力不足なのは目に見えている。
あわよくばロイヤルナイツを丸ごと配下に加える事が出来れば、ノブナガ軍は大幅な戦力アップとなるだろうが、それが不可能であることはノブナガも理解していた。
ならば、ロイヤルナイツの一部でも仲間に引き入れる事が出来れば、敵の戦力を落とし、自軍の戦力を上げる事ができる。
その点、ギルエはノブナガにとっては欲しい人材の1人…
つまり、『ギルエ』は『徳川家康』なのだ。
だが、ノブナガはギルエに対して『情報』を取りにいかなかった。
ノブナガは『正確な情報』を手に入れるには、まず相手の『信頼』を得る事が重要であると考えていたのだ。
『誤った情報ひとつで国が滅びる事もある』
ノブナガは『情報』の重要性を十分に理解していた。
その点でいうと、ヤールガはすでに『信頼関係』が構築されていた。
この場にヤールガがいれば、ノブナガの話も早く進んでいただろうが…
すでにこの世に居ない者の話をしても仕方ないというものだ。
そんな事を知るはずもないギルエはノブナガの行動に戸惑いをみせていた。
「ギルエ、お主、腹は減ってないか?」
ノブナガはもう一度同じ質問をした。
ギルエは朝食を取ってから何も食べていなかった。
当然、腹は減っており何でもいいから食べたいという欲求はある。 だが、素直に「腹が減った」とは言えず黙っていると『ぐぅぅぅぅ』と、ギルエの腹が勝手に答えてしまった。
「っ!!」
ギルエは慌てて自分の腹を殴り腹の音を止めようとするが、時はすでに遅くノブナガはニヤリと笑っていた。
「ソレメル、こやつに飯を用意しろ。 あと、酒だ。酒を持ってこい」
ノブナガの指示にソレメルは素直に頭を下げ、その場を離れた。
「いらん! お前の施しは受けん!」
ギルエは叫び食事を拒否しようとするが、すぐにソレメルに連れられた給仕の女がギルエの食事と、2人分の酒を運んできた。
「まぁ、そう言うな。 とりあえず呑め。さっきも言ったが、わしはお主と話がしたいだけなのじゃ」
ノブナガはギルエに盃を渡し、酒を注ぎ笑っていた。
「…っ」
ギルエはしぶしぶ酒を口に運ぶと、少しだけ酒を舐めた。
「どうじゃ? この町の酒は美味いじゃろう?」
ノブナガはそう言いながら、自分の盃にも酒を注ぎ一気に飲み干した。
(確かに、美味い…)
ギルエがもう一口、酒を呑むのを見てノブナガは微笑み、「ほれ、呑め呑め」と更に酒を勧めた。
酒を勧められ、何杯か呑んだギルエは少し低めの声でノブナガに尋ねた。
「君は、何が目的なのだ?」
それはギルエの純粋な疑問だった。
「ん? 目的?」
「ああ、私は君の敵だ。 このまま君に斬りかかる事だって出来る。 なのに、君は私の拘束を解き食事と酒を用意した。 尋問ではなく話しがしたいだと? 一体、何を言っているのだ? 私には理解ができない」
普通、敵の捕虜となれば拷問され、王国の情報を引き出されて最後は殺される。
それが戦争で負け、捕虜となった者の運命だった。
だが、このノブナガという男はソレをしない。
ギルエにはノブナガの意図が全く分からなかった。
「ふむ。 目的か…」
ノブナガは少し考えると、また自分の盃に酒を注ぎ一息で飲み干した。
「のう、ギルエ。お主が持っていたこの双剣は神から授かったと申しておったの?」
ノブナガはホニードから渡されたギルエの双剣をポンポンと叩きながら問いかけた。
急に話が変わり、一瞬戸惑ったがギルエは家宝とも言える双剣を軽く叩かれ不機嫌な顔になっていた。
だが、今は捕虜の身であることもあり黙って頷く。
「お主は、それを信じておるのか?」
「当然だ。 その双剣はご先祖である初代ギルエが神から授かり、家宝として受け継がれた神聖な剣なのだ」
ギルエはノブナガの問いにムッとしながら答えた。
「ふむ。残念じゃがその話はウソじゃ。 この双剣は神から授かった物ではない。王国で作られた魔法の双剣じゃ」
「は? 何を根拠にそんなデマを言うのだ!」
ギルエは興奮し声が大きくなっていた。
「根拠? 根拠ならそこにいるじゃろう。 初代ロイヤルナイツの1人が」
ノブナガはそう言いながら、少し離れた場所で酒を幸せそうに呑んでいるラーヴワスを指した。
「…っ!」
(そ… そうだった… あいつはラーヴワス・リナワルス。初代ロイヤルナイツ… いや、待て。 それこそウソじゃないのか? そんなバカな話かあるか? いや、でも… たしかにロイヤルナイツの家の者だけが知っているはずの6人目のロイヤルナイツを知っていた… それに、初代ギルエを知っている風だった…)
ギルエはあまりにも情報量が多過ぎて混乱していた。
「ならば、お主は6人目のロイヤルナイツがいた事を知っておったが、なぜ王国の民たちには知らされておらんのじゃ? 何か知られてはまずい事でもあるのか?」
「そ… それは…」
それはギルエも考えていた事だった。
なぜロイヤルナイツの家の者だけに伝えてられていたのか?
何かを隠さなければならない事があったのか?
だが、ギルエが伝え聞いた話しの中に『隠さなければならないような話』はなかった。
ただ、まるでお伽噺のような話しだったが…
「もうひとつ質問じゃ。 ラーヴワスは初代ロイヤルナイツが結成された頃から生きておる。 それは、生きる方法がある…と、言う事じゃろ? なら、なぜお主ら今のロイヤルナイツの者は世代が代わってしまったのじゃ? ラーヴワスが言っていたように初代の者共の力は、今のお主らと比べ物にならんくらい強かったとするなら、世代交代せずにロイヤルナイツを続けておればよかろう」
ノブナガの質問は『結果論』でしかない事だったが、今のギルエはそこまで理解できるほど冷静では無かった。
「そ… そんな事、私が知るわけないだろう! 確かに私は初代と比べると弱かったらしい。 だが!これから私は強くなる!」
「うむ。 そうじゃな。お主はまだまだ強くなるじゃろう」
ノブナガはギルエに酒を注ぎながら笑っていた。
「まぁ、つまりじゃ。 王国はお主を… いや、王国に住む全ての民を騙しておるのじゃ。 そして、獣人達を利用して自分達の利しか考えておらん」
「王国が? どいうことだ? 君は何を知っているんだ?」
「まず、お主らが信じて疑わない獣人ラーヴワスによる王都襲撃事件。 これは王国に騙され王都の地下に魔物共と監禁されたラーヴワスが王都から逃げ出したのが真相じゃ。 お主はおかしいと思わなんだか? なぜ突然、王都の真ん中に魔物共が現れたのじゃ? 外から襲撃するわけでもなく、突然、王都の真ん中に現れ… 逃げ出した」
「確かに… そこは私も分からなかったんだ…」
ギルエは腕を組み、頭を捻っていた。
「次に、お主らが言う『神から授かった武器』。 どこでどうやって授かったのじゃ? 誰か知っておるのか?」
「そ… それは…」
ギルエは先祖代々、受け継がれてきた神聖な武器というだけでそれ以上は知らなかった事に気がついた。
「その武器は、アクロチェア王国が獣王ザザンを倒す為に作った武器じゃ。 その時、お主らの先祖達の魔力を基にして作られ、強制的にお主の魔力と繋がる事で強い武器となるそうじゃ。 だから、お主以外の者がこの武器を使っても、本来の力を発揮出来んらしい」
ノブナガの説明にギルエは過去の経験を思い出し納得していた。
「なぜ初代ロイヤルナイツは世代交代したのか? ここからはわしの推測じゃ。 アネッサに聞くと魔法を使えば何百年も生きる事はできるそうじゃ。 じゃが、お主らの先祖たちはそれをしなかった… いや、出来なかった… と、言う方が正解じゃろう」
ノブナガは神妙な顔で酒で喉を潤していた。
「出来なかった…?」
「うむ。 王国は魔法を使ってロイヤルナイツの者共を生かし続けたかったはずじゃ。なぜなら、お主らが持つ武器は、お主らにしか使えないのじゃからな。 じゃがな、お主らの先祖達はラーヴワスと共に戦い、生きてきた。つまり、さっきわしが話した事は全て知っていたはずじゃ。それは王国にとっては都合の悪い話も知っていると言う事になる」
ノブナガは少し酒を口に含んで、舌の上で酒を転がすと喉の奥に流し込んだ。
「おそらく王国は『賭け』にでたのじゃろう。 初代ロイヤルナイツの子供が魔法の武器を使える可能性という賭けにな。 そして、王国はその『賭け』に勝った。 そうなれば都合の悪い事実を知る初代ロイヤルナイツは邪魔でしかない。 恐らく王国に殺されたのじゃろうな」
「そ… そんな…」
ギルエは王国がそんな事をするはずがないと思いながら、頭の何処かでノブナガの話を否定しきれずにいた。
「じゃから、ロイヤルナイツの者だけが6人目のロイヤルナイツ『ラーヴワス・リナワルス』を知っていたのじゃろう。 お主らの先祖達が後世に真実を伝える為に、お伽噺として残したのじゃろうな」
そこまで話すとノブナガは、盃を煽り酒を飲み干した。
「そ… そんな… いや… でも…」
「直接聞いてみるがいい。 初代ロイヤルナイツ… ラーヴワス本人にな」
混乱するギルエに、ノブナガはイタズラっぽく囁いた。
「ラーヴワス本人に…」
「うむ。 ただし、あやつの話しは長い。気をつけるのじゃぞ」
ノブナガは少し疲れた顔で笑った。
「ん?」
ノブナガとギルエに見られていたと気がついたラーヴワスは、キョトンとした顔で2人を見つめ返していた。