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Rev.ノブナカ  作者: わたぼうし
【3章】ノブナガと王都騎士団
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【42話】求め続けたモノ

アネッサの見た目は18才くらいの若い娘である。

ブロンドの髪を緩くカールさせ、その青い目は愛する月女族(むすめたち)を写し続けている。


細くしなやかな指と、華奢な身体で妖艶ながらもどこか厳かな雰囲気を纏った神聖な舞を、ロア・マナフに捧げ続けてきた。

そんなアネッサの華奢に見える身体は、無駄なモノを取り除いた強くしなやかな… そう、例えるなら幼少の頃からフィギアスケートを続けてきたアスリートのようなものだった。


アネッサは旅に出る時も、今回のような戦に出る時もローブをまとうだけだった。

ノブナガやミツヒデが着ているような、黒大蜘蛛の糸から作ったアンダーを着る事もしなかったのだ。

それはアネッサなりの拘りなのかもしれないが、本人以外は誰も知らない。


今回もアネッサはいつものようにローブを纏うだけで、革鎧などの防具は着用していなかった。

そんなアネッサの背中に凶刃は振り下ろされてしまったのだ。


騎士が持つ騎士剣は片手で扱える程の長さではあるが、大人の男… しかも長年、騎士として訓練してきた男が振り下ろす騎士剣を、華奢なアネッサが背中で受けて無事でいられるわけはない…… はずだった。


「よくも… わたしの可愛い娘を…」

アネッサは悲鳴をあげる事もなく、地を這うような声で呪いの言葉を吐き続けていた。


「ア…アネッサ殿? あなたは一体?」

騎士はあまりにも異様な状況に後退りし、騎士剣を構えてアネッサの動向を伺っていた。

すると、さっき斬ったアネッサの背中の傷はみるみる塞がり、その切り裂かれたローブだけが『アネッサを斬った』という事実を物語るだけとなった。


「き… 傷が?」

騎士は治癒魔法を使った雰囲気もないのに塞がる傷と、血の一滴も流れないアネッサの背中に戦慄を覚えていた。


「そんな剣で、わたしを殺せるとでも?」

立ち上がったアネッサはゆっくりと振り返った。

その青かった目は赤く怪しく光り、月女族(むすめたち)を見ていた慈愛に満ちた雰囲気はまるでそれがウソだったように消え去り、そこには『死』が具現化したような恐怖が溢れていた。


気がつくと辺りの温度は少し下がり、肌寒さを感じるくらいになっていた。


「いったい… なにが?」

騎士は何が起きているのか理解出来ず、アネッサから放たれる『死』に怯え、小さく手が震えていた。


「お前には『死』すら生ぬるい…」


その時、騎士の背後からさっきフルークに吹き飛ばされた騎士が駆けつけた。


「おお! 生きていたのか!」

騎士は仲間の登場に少し安堵し、嬉しそうに首だけを動かして駆けつけてきた『仲間』を見た。


「っっっ!!!」

その瞬間、騎士の表情は凍りついた。

駆けつけた仲間の首は、向いてはいけない方向に向いていたのだ。

そして騎士の背中から抱きつき、騎士の動きを抑制する。


「は! 放せっ!!」

騎士は力一杯、『元』仲間の騎士を振り解こうとするが、異様な力で締め付けられ振り解くどころか身動きすらできなくなってしまった。


「わたしはアネッサ。 リッチよ。 そしてネクロマンサー。あなたのお仲間はすでにわたしの下僕となったわ」

アネッサはそう言いながらゆっくりと騎士に近づき、その細くしなやかな指を騎士の額に当てた。


「リ… リッチ!? まさか、アネッサ殿がリッチだったなんて…」

騎士は真実を知り、そしてこれから起こるであろう恐怖に身を震わせていた。


「ええ、あなたは決して触れてはいけない、わたしの逆鱗に触れてしまったわ。 あなたには『死』なんて『慈悲』は訪れないでしょう。 永遠の苦痛と恐怖にその身を落としてあげる」

騎士の額に当てたアネッサの指先がぼんやりと光り… 消えた。

次の瞬間、騎士は激しく全身を痙攣させ、口から泡を吐き、目や鼻、耳など、全身の穴という穴から血が流れて出した。


「ゔぁぁぁ  ぁ  ぁぁ」


騎士はその場に倒れ込むと爪が剥がれるほど頬の皮膚を掻きむしり、大量の血の涙を流しながら転げ回り始めた。


「わたしの大切な娘に手を出した事を、永遠に後悔しなさい」

アネッサは冷酷な目で騎士を見下し冷たく言い放つと、もう騎士には一切の興味を失ったようにチカムとヒカムの下へ向かった。



「チカムちゃん、ヒカムちゃん… こんな目に合わせてしまってごめんなさい…」

アネッサは元の青い目に戻ると、チカムとヒカムに治癒魔法をかけ傷を癒やした。


「…巫女さま」

先に目を開けたのはチカムだった。


「チカムちゃん! よかった!」

アネッサはチカムを抱きしめ、頬ずりしながらチカムの無事を大袈裟なくらい喜んでいた。


「み… 巫女さま… 苦しい…」

チカムの声に我に戻ったアネッサは、慌ててチカムを解放し涙を流しながらチカムの顔を両手で包み込んで傷がないか確認していた。


「チカムちゃん、大丈夫? どこか痛くない?」


「は… はい、大丈夫です」

アネッサはチカムの返事を聞いても、自分の目で確認しようとチカムを立たせて全身をチェックし続けていた。


「うん、大丈夫そうね… よかった」

アネッサがチカムの状態を確認し、満足した頃、ヒカムも目を覚ました。


「巫女さま… お姉ちゃん…」


「ヒカムちゃん!!」

アネッサはチカムにしたように、ヒカムの傷を確認していた。


「み… 巫女さま… あ、あの…」

ヒカムはアネッサに成されるがままになりながら、辺りをチラチラと確認していた。


「なぁに? ヒカムちゃん」


「巫女さまは大丈夫ですか? あの騎士は…」

ヒカムがアネッサの無事を聞こうとした時、ヒカムの視界にもがき苦しむ騎士を見つけた。


「っ!?」

ヒカムが言葉を詰まらせていると、アネッサはニコっと笑いヒカムの顔を両手で包み自分に向ける事でヒカムの視界から騎士を排除した。


「ヒカムちゃん、ありがとう。 わたしは大丈夫。チカムちゃんとヒカムちゃんが守ってくれたから、わたしには傷ひとつもないわ」

アネッサは満面の笑みでチカムとヒカムを抱きしめて、感謝の意を表していた。



「ぅゔゔぁぁ  ぁぁ  ぅぁ」

少し離れた場所で騎士はもがき苦しみ、のたうち回り続けていた。


「ちっ うるさいわね」

アネッサは冷たい目で騎士を見ると、


「フルーク! その五月蝿いゴミを捨ててきて」

と、フルークに命令した。

フルークは騎士を小脇に抱えると、アネッサの目の届かない場所へ歩いて行ってしまった。



「あ… あの… 巫女さま?」

チカムはいつか見た記憶と同じような光景を思い出して、答えは分かっているが聞いてしまっていた。


「なぁに? チカムちゃん」

アネッサのいつもと変わらない慈愛に満ちた笑顔を見ながら、チカムは()()()()()()()()質問をした。


「あの騎士さんは、どうなるのですか?」


「え? あぁ、あのゴミね。 アレはこれから永遠に苦痛と恐怖を味わいながらチカムちゃんとヒカムちゃんに傷を与えた事を後悔し続けるのよ」

アネッサはニコニコしながら答える。


(…やっぱり)

チカムは以前、メルギドが盗賊団に襲撃された時、ふたりの盗賊に乱暴されそうになった事があった。

その時のアネッサが盗賊にかけた魔法を思い出していたのだ。


「あ… あの、巫女さま」

チカムは少し上目遣いでアネッサを見ていた。


「どうしたの?」

アネッサはチカムの少し困ったような顔を、不思議そうに見ていた。


「はい、あの… あの、騎士さまは()()に苦しみ続けるのですよね?」


「もちろんよ。 それでもまだ足りないくらいだわ」

アネッサはフンっと鼻から息を吐いて不満を表していた。


「あの… 出来れば、あの騎士さまを赦してあげて欲しいのです」

チカムは少し小さな声で、目を伏せながら訴えていた。


「赦す? なぜ? あいつはあなた達に刃を向けたのよ? そんなヤツ、赦す必要なんてないと思うけど…」

アネッサの怒りはもっともだった。そして、それはチカム自身もよく理解していた。


(それでも…)

チカムは少しだけ間を開けて、話し出した。


「あの、騎士さまも本当は私達を殺したくて来たのではないと思うのです。 ここは戦場だから… あの騎士さまも命令されて… 仕方なく…」


チカムの言葉にアネッサは少しだけ考えて… 微笑んでいた。


「巫女さま?」

チカムがなぜアネッサが微笑んでいるのか分からず戸惑っていると


「チカムちゃん、あなたって子は本当に優しい。 ううん、あなただけじゃない。月女族の子達はみんな優し過ぎるくらい優しいわ。 わかった。あの騎士には慈悲を与えましょう」

アネッサはチカムの頭を撫でると、立ち上がりフルークが歩いたて行った方向に叫んだ。


「フルーク! その騎士を連れて帰ってきなさい!」


アネッサの叫びが響いてしばらくすると、騎士を小脇に抱えたフルークが姿を現した。


「そこに置きなさい」

アネッサの命令でフルークが騎士をアネッサの足元に転がす。

相変わらず騎士はもがき苦しみ、血の涙と全身から血を流していた。


「……」

ヒカムは騎士を見て言葉を失い、チカムは悲痛な表情を浮かべていた。


「あなた、感謝しなさい。 チカムちゃんとヒカムちゃんに免じて慈悲を与えあげる」

アネッサは冷たい目で騎士を見ながら声をかけた。


「…っ  ぁ… ありがとう  ござい ます…」

騎士は地獄で神に出会ったかのような救われた表情を浮かべていた。


「あ! あの!」

その時、ヒカムが声をあげた。


「どうしたの? やっぱりこのままにしとく?」

アネッサは微笑みを浮かべながらヒカムの方を向いた。


「え? あ、いや、それは…」

アネッサの返答にヒカムは言葉を詰まらせるが、小さく頭を振ってアネッサの提案を拒否した。


「あの、巫女さま。 『慈悲』っていったい?」

ヒカムはなんとなく感じていたのだろう。

チカムやヒカムが考える『慈悲』と、アネッサが言う『慈悲』には大きな違いがあると。


「ん? この騎士には『死』を与えてあげるのよ。もうこれ以上苦しまなくていいようにね」

アネッサはニコっと笑いながら答えた。


「え? 死… ですか?」

ヒカムとチカムは驚きながらも、どこかそんな答えが返ってくるとも分かっていた。


「ええ、この騎士には安らかな死を与えてあげるの。 これ以上、慈悲深い事はないでしょ?」

アネッサは少し不思議そうにヒカムを見ていた。


「あの、巫女さま。 騎士さまを助けてあげる事はできませんか? きっと、家では騎士さまを待つご家族がいると思うのです。 戦争に出たのだから、そのご家族も騎士さまが死ぬかもしれないとわかっていると思います。 でも、それでも生きて帰ってくると信じているはずなのです。 だから、もし出来るのなら、この騎士さまには生きてご家族の下に帰って欲しい…」

ヒカムは涙を浮かべながら訴えていた。


「巫女さま! わたしからもお願いします! わたしたちもこの戦いで死ぬかもしれないと分かっています。でも、ティアねぇさまや、キカム、パル姉… 本当は誰にも死んで欲しくない。 また、みんなで笑ってごはん食べたり、魚をとって焼き魚にして食べたり、ソテの実のパンを食べたいのです…」

チカムも涙を浮かべながら訴えていた。


「…………わかったわ。 あなた達は、本当に優し過ぎるわね」

アネッサは少しだけ考えると、ニコっと微笑んでヒカムとチカムの願いを受け入れた。


「それにしても、チカムちゃん。 あなた、食べる事ばかりね」

アネッサはチカムの頭を撫でながら、クスクスと笑いを堪えていた。


「え? あ!」

チカムは真っ赤な顔で恥ずかしそうに俯き、ヒカムは横でそれを見て笑っていた。


「ふふ。 それじゃ」

アネッサは騎士の下に行くと、手の平を騎士の頭に当て魔法を唱えた。

アネッサの手から暖かな光が溢れ、やがてその光は騎士を包み込むと騎士の身体に吸い込まれるように消えてしまった。


すると、さっきまでもがき苦しんでいた騎士の身体の傷が消え、安らかな表情を浮かべていた。 そして頬には頬紅をさしたかのように穏やかな温かみが戻ってきていた。

騎士はそのまま幸せそうに眠りに落ちていた。


「これで大丈夫よ。 この騎士はこの戦いに来る前よりも健康な体になっているわ」

アネッサはそう言ってチカム達の方に向いた。


「ありがとうございました」

チカムとヒカムは深く頭を下げた後、優しい笑顔を浮かべてアネッサを見ていた。


「ふふ。 どういたしまて」

アネッサも優しい笑顔を返していた。

この場所、この瞬間だけは誰も傷つかない、誰もが幸せそうに笑う… そんな理想的な場所になっていた。



そしてそれは、ノブナガが求め続けたモノだったのだが…

まだ、ソレは小さく儚いモノだった。

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