【41話】2つの再会
「チカムちゃんとヒカムちゃんは、わたしの後ろにいてね。 あんな危ない仕事はアンデットにさせればいいのよ」
アネッサは屈んで2人と目線を合わせ、チカムとヒカムの頭を撫でていた。
「は… はい、巫女さま」
チカムは素直にアネッサの背後にまわり、次々と湧き出てくるように現れるスケルトンやゾンビ達を見ていた。
「す… すごい…」
ヒカムはアネッサの後ろで、アネッサの服の裾を摘みながらチカムと同じくアンデット達を見ている。
「ふふ。 あなた達はもう何もしなくていいのよ。 あとはわたしに任せて」
アネッサの慈愛に満ちた笑顔とは裏腹に、戦場では地獄のような悪夢が繰り広げられていた。
アンデット達はその物量に任せて王国軍を攻め続けていた。
王国軍の魔法使い達は支援魔法や、魔法による遠距離攻撃を行なっていたが、突然、背後から現れたアンデットにより前線に立たされてしまっていたのだ。
騎士や戦士たちを治癒するため聖属性魔法を使える者もいたが、目的は治癒であるためその数は少なく、とてもアンデット達を浄化させるほどの力は無かった。
更に、アンデットに殺された仲間たちがアンデッドとして蘇り襲ってくるのだ。
王国軍からすれば悪夢でしかなかった。
「巫女さま、わたし達は巫女さまを守るのが使命なのです! いざという時はわたし達がお守りしますね!」
チカムは短めの刀を抜き、鋭い目で戦場から襲ってくる敵を見ていた… が、視界にはアンデットの背中しかなく、とても敵が飛び出してくるとは思えない状況だった。
「まあ! チカムちゃん、ありがとう! こんなに心強い味方はいないわ! わたし、張り切っちゃう!」
アネッサはメロメロになり、更にアンデットを召喚し始めた。
その中、一際大きなゾンビが姿を見せた。
そのゾンビは約3mほどあり背中から太い腕が生え、頭であろう場所に巨大な目がひとつと、口があった。
その巨大な口は歪にゆがみ、腐った皮膚の隙間からサメのような小さな歯が並んでいるのが見えていた。
「アレは?」
チカムは見た事もない巨大なゾンビを、少し怯えながら見ていた。
「アレはフルークよ。 チトナプで暴れてたのをノブナガが倒したの」
アネッサは優しい笑顔でチカムに説明していた。
「アレがフルーク…」
チカムとヒカムはティアから話は聞いていたが、イメージしていたモノよりも遥かにおそろしい魔物だったんだと怯えていた。
そんな2人を見たアネッサは、
(やっぱり、2人を連れて行かなくて正解だったわね…)
と、少し安堵していた。
そもそもアネッサはアンデットを召喚するための材料を集めるため、以前ザスサール達と戦った戦場に行くのが目的でチトナプへ向かっていたのだ。
本来ならアネッサはひとりでチトナプへ向かうつもりだったが、どうしてもチカムとヒカムを連れて行くようにとティアに言われ、仕方なくふたりを連れて行く事にした経緯があった。
とは言いながら、アネッサ自身はチカムとヒカムと一緒にいられる事を、最愛の娘を独り占めできると嬉しく思ってもいた。が、反面、アネッサには気掛かりもあった。
本当はこの『気がかり』を無くすために、ひとりでチトナプへ向かおうと考えたくらいなのだ。
(この子たちと居られるのは嬉しいけど…)
気がかりとは、フルークの見た目の恐ろしさでチカムとヒカムにトラウマを植え付けないかという不安だった。
しかし、王国軍を相手に戦うのだからフルークのゾンビはぜひ欲しい…
そこで、アネッサは2人が寝静まったのを確認してから『材料』を回収する事にしたのだ。
フルークと戦った場所には、たくさんの『材料』が埋まっている。
それらをアンデット化し今回の戦場であるメルギドへ自力で行かせて、自分で穴を掘り埋まっておくように命令したのだった。
(ふふふ、わたしって天才。 これぞ『自分で墓穴』作戦ね)
深夜、アネッサはメルギドへ向かうアンデット達を見送りながら満足そうに自画自賛していたが、残念ながらネーミングセンスには欠けていた。
こんなアネッサの行動により、チカムとヒカムはアネッサとチトナプを観光して帰ってきただけで、アネッサがチトナプに向かった本当の理由を知らずにいたのだ。
さて、そんなアネッサの努力のかいあって、チカムとヒカムの視界に生者が入り込む隙間は、1ミリも無くなってしまっていた。
「王国軍はここまで来そうもないですね…」
ヒカムはアネッサの背後から、アンデットの背中を見ながらつぶやいていた。
「そうだね…」
チカムも構えた刀を鞘に戻し、壁のようなアンデットの背中を見ている。
「ふふ。 あれだけの数のアンデットだからね。 魔法使いじゃ、あの壁を突破する事はできないでしょうね」
アネッサは、ふふんと鼻で笑いながら戦場を見ていた。
その時、アンデットの一部から雄叫びのような声と共に、スケルトンの骨が砕かれ飛散しているのが見えた。
「え? なに?」
アネッサがその方向を見た時だった、アンデットの壁を突き破り馬に乗った騎士が2人飛び出してきた。
「っ! フルーク!!」
アネッサが叫ぶとフルークが反応し、騎士の1人をその巨大な腕で殴り飛ばした。
「ちっ」
もう1人の騎士は、吹き飛ばされた騎士を盾にしフルークの一撃を躱すと、真っ直ぐアネッサに向かって突撃してくる。
「アネッサ殿ーーー! 覚悟ーー!」
騎士は叫びながら片手で馬を操り、もう片方の手で騎士剣を抜いた。
「巫女さま! 危ない!!」
チカムは刀を抜くとアネッサの前に立ち、騎士の一撃を刀で受ける。
「きゃうっ!」
その瞬間、激しい金属音が響くと同時に体の小さなチカムは簡単に吹き飛ばされてしまった。
「チカムちゃん!!」
アネッサが吹き飛ばされたチカムを目で追いながら、走り出そうとした時、チカムを吹き飛ばし走り去った騎士が馬を反転させて勢いよく戻ってきた。
「巫女さま!! 逃げて!」
ヒカムはチカム同様、刀を抜きアネッサを庇うように飛び出した。
「ヒカムちゃん! ダメっ!!」
アネッサの悲痛な叫びを嘲笑うかのように、騎士の一撃はヒカムを捉えてしまった。
「ぎゃうっ」
激しい金属音と同時にヒカムは短く悲鳴をあげ、吹き飛ばされ地面を2〜3回バウンドして止まった。
「ヒカムちゃん!!」
アネッサはヒカムに駆け寄り抱き起こすと、
「巫女さま… 逃げて…」
と、ヒカムは弱々しくアネッサに訴えていた。
「ヒカムちゃん!!」
アネッサはヒカムの体を確認するが大きな傷はなかった。
しかし、地面に叩きつけられた時に頭を切ったようで、額から血を流している。
(頭をぶつけている。 下手に動かしてはダメ…)
アネッサは、そっとヒカムを地面に下ろすと治癒魔法をかけ応急処置を施した。
(チカムちゃんは!?)
アネッサがチカムの方を見ると、チカムも地面に倒れたまま動く気配がなかった。
「チカムちゃん!!」
アネッサはチカムに駆け寄り状態を確認する。
(…気を失ってるだけね。 傷は… 大丈夫そう…)
チカムにも治癒魔法をかけると、頭を打ち付けている可能性があるのでその場にゆっくりと下ろす。
その時、アネッサを覆い被すような影がさした。
「アネッサ殿、できればもっと違う形で再会したかったです」
騎士は馬から降り、騎士剣を抜いてアネッサの背後に立っていた。
「よくも… わたしの愛する娘たちを…」
アネッサはチカムを下ろした体勢のまま、地を這うような低い声を唸るように絞り出していた。
「アネッサ殿、ご覚悟!!」
騎士はそのまま騎士剣を振り上げ、一気にアネッサの背中を斬り裂いた。
その頃、ギルエは魔物が現れたという場所に到着していた。
そこでは赤い猿の獣人の女が、赤い棍を振り回しながら楽しそうに暴れてまわっていた。
周りにはかなりの数のゴブリンとオークやオーガが戦士達に襲いかかり、少し離れた場所では巨大なトロルがその凶悪な腕を振り回して戦士達を薙ぎ倒していた。
「アレか!」
ギルエはまっすぐ赤い猿女に向かって走ると、双剣を抜いて飛びかかるように斬り込んだ。
『ギャリン!』
パッと見は木製に見えた『赤い棍』だが、双剣と刃を合わせると激しい金属音が響いた。
「なんだ? てめぇは?」
ラーヴワスはギルエの双剣を棍で受けながら、ジロリと睨む。
「オレはギルエ。ロイヤルナイツのひとり、『濁流のギルエ』だ」
棍と双剣がギリギリと音を立てながら、ふたりの息が混じる距離で睨み合っていた。
「ふんっ!」
ラーヴワスは双剣を弾き、一歩下がったところで棍を構え直す。同じようにギルエも一歩下がり双剣を構え直した。
「ギルエだと? お前がか?」
ラーヴワスが不快そうにギルエを睨むと、ギルエは反発するように「そうだ」と答えた。
「オレはラーヴワス。 ラーヴワス・リナワルスだ。ギルエとは知り合いだったが… てめぇのようなヒョロガキじゃなかったぞ?」
ラーヴワスは棍で肩をポンポンと叩きながら悪態をついていた。
「ヒョロガキ…だと?」
「ああ、ギルエはてめぇとは比べものにならないくらいの筋肉バカだったさ。 ん? あいつが生きていたなら今頃はジジィのはずだが?」
ラーヴワスは、ギルエとの記憶が800年くらい前であることを思い出し、不思議そうに『今のギルエ』を見ていた。
「貴様! オレを愚弄するのか!」
ギルエは叫び、ラーヴワスとの距離を一気に詰めて斬りかかった。
ラーヴワスは軽く双剣に棍を合わせると、激しく切り掛かってくるギルエの双剣を難なく捌いていた。
「くそっ」
ギルエの怒涛の攻撃は一向にラーヴワスに届く気配すらなく、悪戯にギルエの体力を奪っていくだけだった。
「おい、てめぇ。 それで本気か?」
ラーヴワスの悪態にギルエは激昂し、更に激しく双剣をラーヴワスに叩き込んだ… が、結果は同じだった。
ラーヴワスはギルエの剣を軽く捌き、ため息をつくほどだった。
「くそっ! くそっ!!」
ギルエは段々と冷静さを無くし、単調な剣筋なってしまった。ラーヴワスはその単調な剣筋を面倒くさそうに捌き、ついにギルエの双剣を弾き飛ばしてしまった。
「おい、ギルエのニセモノ。 なぜ、てめぇがその双剣を持っているのか知らねぇが、『ギルエ』を名乗るならそれなりに力をつけてからにしな。 てめぇのは『濁流』じゃなくてせいぜい『急流』なんだよ」
ラーヴワスは両手を地につけ、頭を項垂れているギルエに吐き捨てるように『ニセモノ』と言い放った。
「くそ! オレは… オレは…」
王国ではかなりの強者であるギルエはあまりの力の差になす術もなく、ただただ自分の弱さにうちひしがれていた。